375 白狼獣人の戦い方




 先生の眉間がプルプル震えだすのを見て、気遣いの生徒ウベルトやラニエロ達がストレッチを終えましたーと手を挙げた。

 サリオもやってきて、先生に今日は何をしましょうかと声を掛けている。連携が素晴らしい。

 シウも柔軟体操を切り上げて立ち上がった。

 クラリーサも空気を読んだのか、まだ終わっていないようだったが軽く体を動かしながら先生の元へと駆け寄った。

 レイナルドもそこまでされては仕方ない。

 何かを飲み込むようにして、一呼吸入れてから授業内容を話した。

「1時限目では、休暇中、体が鈍っていないかどうかそれぞれ様子を見よう。手の空いた者は組手をして体を温めておくように。2時限目はいつもの対人別対策だ。役柄を決めて乱取りをやるぞ」

「「「はい!」」」

 レイナルドは、シルト達に体を温めておけと言い渡すと、先に生徒達の様子を見て回った。どういうわけかシウのところは素通りだったけれど。

 その後、シルトの身体能力などを確認したりと、他の生徒よりも入念にチェックしていた。ついでなのか、従者の2人にも組手をさせており、それを眺めて何度も頷いていた。先生的に満足のいくものだったらしい。


 2時限目に入ると、パターン別に役が割り振られた。

 細かい設定が面白くて、意外とレイナルドが大衆小説を好んでいるのが分かった。

 なにしろ、パレード中に暴漢に襲われる貴族と護衛達だとか、王族の間に忍び込んだ敵と対峙するなど、不必要な情報が多い。

 生徒達は慣れているが、新たに入ったシルト達は怪訝そうな顔をしていた。

「よし、じゃあ、こっちの班は王族の間に忍び込まれた場合の対策だ。シウ、適当に間取りを作ってくれ」

「はーい」

 屋内に、大量に運び込まれた土があるのにも彼等は訝しんでいたが、ここでシウの魔法が使われる。

 シウが土属性で建物を作れることを知ったレイナルドの要請は、留まることを知らなかった。最近では体育館の中にあらゆる建材が揃っている。

 適当に大広間らしきものを作り、建材の中からガラス窓を持ってきてはめ込む。あっという間に出来上がったそれをみて、シルトは「ああ、それで」と頷いた。

 てっきり土や建材が置いてあることへの納得顔なのだと思ったが、彼の次の言葉に皆が動きを止めた。

「こんなチビがどうして戦術戦士科にいるのかと思ったが、補佐要員だったんだな」

「これほどの魔法を使えるなら、便利ですね」

 クライゼンも同調している。

 黙っていれば良いのに、口に出すから皆が見るのだ。

 シウは苦笑しつつレイナルドに報告した。

「できましたよ。あと、室内ってことで滑りやすいだろうから、絨毯あたりも敷いておきましょうか」

「おおっ、そうだな! 現実に沿わないと」

 魔法袋から取り出すフリで、絨毯を取り出して敷いた。これは盗賊が溜め込んでいた財宝の中にあったもので、大きすぎて使い勝手が悪く空間庫のゴミとなっていた。

「ついでに床も、ツルツルのはずだから大理石っぽくしておきます」

 魔法で、床の土に硅砂などを撒いてから≪混合≫≪反応≫≪研磨≫などを行う。表面が輝きを増してきたので、その上に絨毯を敷いた。

「相変わらず、面白い魔法を使うなあ」

「最終的にこれを壊すのが勿体ないよね」

 サリオとヴェネリオが覗き込んできていた。

「あの絨毯も高そう」

「念のため、保護してるよ。あと、討伐して奪ったものだから、別に汚れても良いし」

「それを売ったりしないのがシウらしいな」

 細かなところをチェックしていると、レイナルドからもOKを貰った。

「よし、じゃあ、クラリーサ達はパレードの対策、ラニエロ達はこっちだ」

 フェレスはパレードの際の馬役だそうで、今回は分かれて授業を受けて(?)いる。

 馬役の時のフェレスは何故かお尻がくねくねしていて、相変わらず馬をどう思っているのか不思議だ。

「シウは、お姫様役にするか。お前を動かすと練習にならん」

「はあ。あの、だったらせめて、王子様とか」

「お、お前でも王子様になりたいか?」

 にやにや笑うが、そういう問題ではない。半眼になっていたら、もっと鋭い視線で睨んでいる者がいた。シルトだ。

 怖いのでそちらは見ないが、レイナルドははっきりと分かっていて無視だ。

 挑発しているのかもしれないが大人げない人である。


 各人に役を割り振ったが、シルトとヴェネリオが賊役で、ラニエロ、サリオ、クライゼンが護衛、シウが王族の武器が使えない子供役、コイレが従者ということになった。

 賊役ではシルトが勝手に動き話し合いをしないため、別々の行動になっていたが、素早い動きでヴェネリオよりも早い時間でシウの座る椅子まで辿り着いた。

 そこで終了となるのだが、何故か首元にナイフを当てるところまでやったので、レイナルドの視線が厳しくなった。

 護衛役の者への対応もひどく、寸止めをするつもりがなかったのか、ラニエロが避けるのに失敗して血を流す一幕もあった。

 すぐさま怪我の手当てをし、終了してからポーションを飲ませたので大事なかったが謝りもしないのでレイナルドの顔が冷たくなっていった。

 怒らせると怖いと聞いているので嫌な予感を覚えつつ、今度はシルトとクライゼンを護衛役にしてヴェネリオとサリオ、コイレが賊役になった。ラニエロは念のため見学という名の従者役だ。

 ヴェネリオは事前に打ち合わせをしてから、3人が協力し合って室内に入っていた。その際の彼のクナイの使い方は忍者そのもので、よく練習して使いこなしていたのだということが分かった。

 シルトも目を見開いていた。尻尾が微かに動いたので、気になっているのがよく分かる。獣人族は表情に出にくい人が多いけれど、耳や尻尾があるので分かり易い。

 可愛いなあと尻尾を見ていたら、シルトが振り返って睨んできた。

「触らないよ?」

 念のため、そう答えたのだが、ふんっと鼻息で返された。

 触ったらどういう目に遭わせるか分かっているだろうな、といった感じだろうか。

 そうこうしているうちに賊と護衛が戦い始めた。

 今回はシルトのやり口が分かっているためか、皆、慎重だ。間合いを取ってシルトの剣が届かないところで陽動を繰り返す。

 すると、じれたのか、シルトが魔法を使おうとした。

「≪天からの光を地に落とせ、雷――」

(≪取消≫)

 慌ててキャンセルした。

 レイナルドは魔法を使うなとは言っていないが、どう考えても室内で使うには不向きな強力魔法を使おうとした。その結果がどうなるのか分かっているのだろうか。

「あっ、くそっ!」

 キャンセルされたことに驚いて一瞬の間ができたところに、ヴェネリオが飛び込んできて、その隙にサリオがシウを捕まえた。これで、賊の勝ちとなる。

「おい、待てっ、ずるいぞ!」

 シルトが剣を床に叩きつけるように投げて、怒鳴った。

「誰だ、俺の魔法を妨害したのは!!」

「……妨害されたのですか? でも誰も何も、あ」

 クライゼンがシウを見た。

「無詠唱で、魔法を使うのはあなた――」

「俺も無詠唱だぞ」

 レイナルドが悠然と歩いてきた。

「お前、さっき雷撃魔法を使おうとしたな?」

「戦いで使うのは当然だからな」

「状況を分かっていないようだ。俺は、王族の間と言ったはずだ。その室内で雷撃魔法の、しかもレベルの高い攻撃を撃とうとした。それは過剰攻撃だ」

「相手は賊だ。殺しても構わないはずだ」

「俺は『王族の間』だと言った。それが理解できないのなら、このクラスで学べることはない」

「はっ!?」

「そもそも、訓練で高レベルの攻撃を使うというのが、頭のいかれた証拠だ。反省できないのなら、もうここへは来るな」

 そう言うと、手でしっしと追い払うような仕草をした。

 それがシルトの癇に障ったようで、顔を顰めた。

「なんだ、それは。俺を犬のように扱うのか」

 レイナルドは普段からそうした大雑把なことをするのだが、どうもシルトは悪い方に取ったようだ。ギラギラとした怒りを目に溜めて、先生を睨みつけている。

「こんな簡単なことにも気付かないアホウなら、犬以下だな。言っておくが、俺は誰も差別したりしない。思い込みの激しい坊主にゃ分からんだろうが、そのままだとお前は独りぼっちの王様だ。せいぜい、優しい従者に諭してもらうんだな。まあ、甘言ばかりの従者じゃあ、無理か」

「……なんだと!?」

 あー、と生徒達が後ろで頭を抱えている。火に油を注ぐとはこのことだなあと、唖然としていたら、クラリーサから合図が届いた。

 精神魔法で気を引いて来たのだ。

 そちらを見ると、念のようなものを送ってくる。通信魔法とは違って、傍受されない便利なものだ。

「(先生がやりすぎないうちに止めてください!)」

「えー」

「(えー、じゃありませんよ! 早く!)」

 一触即発といった2人がゆっくり近付いて、まるで猫同士のにらみ合いだ。レイナルドの方が冷静なので、相手を怒らせて動いたところを捕獲して説教、というパターンだろうと思うが、確かにクラリーサ達が心配するようにシルトの能力は高い。最終的に捕獲できたとしても損害は計り知れない気がした。

 仕方なく、シウは2人に結界を張った。その中にはシウもいるので、結界の中は3人だけとなった。

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