374 特許了承、新素材の紙、新入生




 午後からは複数属性術式開発の授業があったが、特に何もなく終わった。

 授業終わりに、アロンドラと少しだけ普通に世間話をしたぐらいだ。

 彼女は休暇中に、父親からいろいろとダメだしされつつ「常識」を覚えるために社交界へ出ていたそうで、従者のユリが褒めていた。これまでは行きたくない出たくない帰りたいの三拍子だったが、最後まで頑張って出席していたと胸を張っていた。

 しかもいつもはユリに沢山の本を持たせていたのだが、この日は一冊も持たせていなかった。活字中毒の気があるシウとしては、反動が怖いよとユリに囁く。彼女も分かっているらしく、飴と鞭で頑張ります! と元気に応えていた。



 授業が終わると、この日も図書館へは寄らずに帰った。

 商人ギルドへ行きたかったのだ。

 後回しにするのもなんだから、先に処理してしまおうと向かったのだが、やっぱりというのか、すぐさまシェイラの執務室へ連行された。

「飛行板、量産体制に入るまではまだ時間がかかるけれど、先行販売したところとても好調よ。冒険者が喜んで買っていってるわ」

「そうなんだ」

「早く、冒険者仕様が欲しいって声もあるの」

「そっちは冒険者ギルドと話をするね。ところで、ルールは守られそう?」

「ええ、契約時に織り込むことにしたの。誓言魔法とまでいくと、お互い大変だからこのへんが妥当ね」

「そうだね」

「それと、こちらが本題なのだけれど」

 にまにまと嬉しそうに口角を上げる。シェイラはタイプライターを指差して、興奮気味に語った。

「これ、もう出しちゃいましょう」

「……はあ。でも、修正箇所ないですか?」

「ないわ! 低質紙でも使えるし、全く問題なしよ。版画用のものは更に良いわ。印刷機まで作ってくれて、申し訳ないと思ったけれどギルド内の書類もこれで作りました」

 ぴらぴらと紙を見せてきた。

「おかげで、需要が増えるわ。インク屋、その生産、紙もね。あなたが紙の元となる資源を教えてくれたのも良かったわ。なんといったからしら、限りある資源を上手に、ね?」

 資源は使えばなくなる。地球と同じことをしていてはダメなので、紙の原料も幾つか話していたのだ。この国は木材が豊富なだけに、湯水のように使う傾向がある。そのため、植林の重要性についても熱く語ったことがあった。

 というわけで、木に頼らず増えてばかりで迷惑がられていた葦科のアルンドと呼ばれる雑草を原料に作ることを思いついた。抽出方法など、紙にする工程は特許申請したものの、紙を作成する業者に限っては使用料ゼロとした。

「アルンド紙も量産まではまだ時間がかかるけれど、少しずつ職人も育ってきているそうだから楽しみね」

 言い終えると、彼女は背筋を伸ばした。

「さて、報告はこんなところかしら。ところで、本日はどのような案件を持ってきていただいたのかしら?」

 にこにこと笑ってはいるが、目は真剣だ。

 シウは苦笑しつつ、ゴム手袋関連のことを話した。

 細々したものもあったが、どれも全て、彼女の了承を得たのだった。



 翌日は課題だけなので、学校へは行かずに屋敷で過ごした。

 新しいレシピを試したくて料理三昧の1日にしようと張り切ったが、午前中のうちにロワルで手に入れた食材のほとんどを調理してしまった。

 材料がなくなるとなんとなく寂しくなり、午後からは転移して爺様の家まで戻った。ちょうどメープルの採取時期でもあったので確認して回る。

 自動化しているものの上手く出来ているか不安だったが、良い感じだった。

 家の周りの畑も綺麗にして、中へ入ると狩人達が来た時のためにあれこれ準備した。ついでに、今度お邪魔していいかというメモも付けておく。一度遊びに行ってみたいものだ。

 夕方、転移で屋敷へ戻ると、そこからは新作のおやつ作りに精を出した。

 リュカも一緒になってメープルクリームを作ってくれた。

 その日はもう遅かったので味見だけにして、翌日作ったものを食べようねと約束して終わった。




 金の日は戦術戦士科の授業だ。

 いつものように直接向かおうとして、慌ててロッカーへ寄って、更にミーティングルームへ顔を出してからドーム体育館へ行った。

 大きなお知らせはなかったものの、細々とした連絡が入っており胸を撫で下ろした。

 その細々としたお知らせの中には戦術戦士科の生徒が増えるという内容のものもあった。事前に知っておくべきことでもなさそうだが、律儀なことだ。

 というより、レイナルドが生徒が増えて嬉しかったから連絡網に入れた、というのが正しいような気がしてきた。

 実際、朝一番に向かったのに、もうレイナルドはスタンバイしていた。

「おう! 早いな、シウ」

「先生も」

 おはようございますの挨拶もなし崩しに消えていた。

「今日から増えるんですね」

「そうだ。楽しみだろう!?」

 え? と思ったものの、曖昧に頷く。楽しみなのはレイナルド本人で、ウキウキしているのが傍目にも分かる。何故かフェレスがつられて、尻尾を振り振り楽しそうだ。この2人(1人と1頭)は、シンクロ率が高いので精神構造が似ているのかもしれない。


 そのうちに生徒達が1人2人と増えてきた。

 エドガールも来て、挨拶していると新しい生徒がやってきた。

「あ」

 シウが顔を見て声を上げると、エドガールも振り返ってその人物に気付いた。

「やあ、君か」

 初年度生で同じクラスの獣人族だった。

 エドガールは必須科目で一緒のものがあるらしく、気さくに声を掛けていた。

 出身学校が同じらしいが、口を利いたのはシーカーに来てからだそうだ。

 そうしたことを小声で教えてくれてる間に、レイナルドが皆に紹介していた。

「ブリッツのシルト君だ。基礎体育学では上級まで進み、戦術戦士科への転科を勧められて来た。皆、新しい仲間に拍手」

 獣人族が相手だと新しい組手も考えられるからか張り切っている。シウの時とは喜びようが違う。苦笑しつつ合わせて拍手すると、シルトが手で制した。

「仲間と言うよりはライバルだ。拍手など要らん。俺はブリッツのシルト、見た通り獣人族だ。ここでは人が少ないので護衛も参加すると聞いた。念のため、従者達も名乗らせておく」

 目で左右の獣人族達に合図すると、それぞれが挨拶した。

「ネーベルのコイレです」

「ヴィントのクライゼンだ」

 言葉少なに言うと、一歩下がった。

「俺はすでに戦士という職を得ている。ここには戦術を学びに来た。人族の戦い方も学べると聞いたので楽しみにしている。よろしく」

 少々偉そうな物言いだが、シウからすればどことなく子供の背伸びのようにも見える。本物の冒険者や狩人達を見てきているので、18歳や19歳という彼等の顔を見れば微笑ましい気にさえなるのだ。

 もっとも、体だけは大きくて、この部屋の中の人族の護衛達よりもがっしりとしていた。

「うむ。良い心掛けだな! じゃあ、皆でいつものストレッチを始めるか!」

 そしてレイナルドはそうしたことを全く気にしない人だった。

 平然と、にこやかに授業の始まりを合図していた。


 ストレッチとはなんぞや、という顔をするシルト達にはレイナルドが直々に説明しており、シウはいつも通り体を緩め始めた。

 クラリーサも休暇中に毎日やっていたのか、かなり柔らかくなっている。

 直接見るとセクハラになると思って、八方目で見ただけだがクラスの誰よりも柔らかかった。女性は特に柔軟性があるからだろう。ダリラやジェンマ、イゾッタも次いで柔軟性がアップしていた。

 皆の出来上がり具合を確認しつつ、シウが180度開脚をしていると、声が上がった。

「そんなバカみたいなことができるか!」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」

 シルトは柔軟体操がお気に召さなかったようだ。

 強制ではない事前運動だったのだが、レイナルドの中ではもう授業の一環になっており、やりたくないと言われて少々機嫌が悪くなっていた。

 何故かその横で、フェレスも尻尾を立てている。先生のつもりになっているようだ。面白可愛くて見ていたかったが、相手を挑発しているようなので声を掛けた。

「フェレス、こっちおいで」

「にゃ」

 はーいと戻ってきた。素直に来たところを見ると、単に先生の真似をしていただけなのかもしれない。

「先生の邪魔しちゃダメだよ」

「にゃーん」

 してないもーんと呑気な返事だ。

「じゃあ、一緒にストレッチしようか」

「にゃにゃ!」

 猫型騎獣相手にストレッチもないのだが、なにしろ相手は軟体動物のようなものだ。けれど、一緒になってやると本獣も楽しそうなので、いい。

 それで背中に乗ってもらったりしてると、また声が上がった。

「なんで、あそこは遊んでるんだ?」

 地声が大きいのでよく通る。振り返ると、シルトがシウ達を指差していた。

「あれも柔軟体操のひとつだ」

「足を広げているだけだろう? 第一、騎獣が何をやってるんだ」

「主に乗っかるなど、躾がなっていないようですね。調教されていないのでは?」

 クライゼンがシルトに小声で話していたが、シウは地獄耳なのでよく聞こえた。

 困惑していたら、レイナルドが益々眉間に皺を寄せたのが分かった。

 これは一波乱あるなあと思わず溜息を吐いてしまったシウだ。

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