368 後方支援と懲罰部隊左遷
晩ご飯はそのまま上級将校用の客室で取り、シウとフェレスは隣室の従者用控室に泊まらせてもらった。
キリクは逆隣りの将校用の寝室を使っていたようだが、何度か出入りがあったためしっかりとは寝ていないだろう。
外での動きも全方位探索で感じつつ、どこか子守唄のように脳の奥底に沈めて眠りについた。不思議なことに、大きな出来事があれば自動でアラームが鳴るかのように目が覚めたり、気付いたりできる。もう自然と自分の感覚の一部となっていた。
翌朝、シウは後方支援部隊の1人として参加した。
シウの提供した魔道具が便利だと言うことで追加依頼があったのだ。
現地で製作できると知ってすぐさま連れ出された。
材料は倒した魔獣などから作れるため次々と基地に運び込まれ、その解体を行う冒険者も出てきた。
兵士の一部も、休憩がてら手伝ってくれる。
ただし強酸を使うため、全員に耐性ゴム手袋を嵌めさせた。
「こんな時に言うことではないのですが、今度この手袋も特許申請していただけないでしょうか」
「あ、はい」
商人ギルドの職員もいて、手伝いながらそんなことを言ってきたのでシウのみならず周囲の人間も苦笑していた。
「この≪捕獲網強酸型≫も欲しいんですけどね……」
「取扱いが難しいから、ちょっと」
「そうですよねえ」
「これは軍でしか扱えないのでは?」
「シウ殿は軍には卸さないでしょう。ね?」
「はあ。まあ、キリク、様に、魔獣対策として誓約していただけるなら卸しても良いかなとは思ってますが」
話しながらも全員、手は動いている。
解体している冒険者には防護のための≪日除け眼鏡≫も渡していたため、商人ギルドの職員は興味津々だった。
「ちょっとした気の緩みで解体中に事故に遭う人もいましたが、これなら安全対策にも良いです」
「でもただの強化ガラスだから、融けることに違いはありませんよ」
「すぐ外せば良いだけです。失明さえしなければ良いのですから、これは便利ですよ」
「だよなあ。俺も今度、取寄せて買うよ。今のところラトリシアにしかないんだろ?」
「特許は公開しているから、そのうちこっちでも販売されると思いますよ」
「そうか? だったら、待っていようかな」
「良かったら、あとで持ってる在庫を分けましょうか」
「お、いいのか? 余ってたらぜひ売ってくれ」
「俺も」
「あ、俺も」
「わたしも欲しいです」
俄かに即売会のようになってしまった。
何故か、商人ギルドの職員まで一緒になっていたのには笑ってしまった。
使い捨て爆弾や、個人用結界なども作っては渡しを繰り返し、昼頃には戦況も落ち着いて来たとの報告が来た。
昼ご飯をもらって食べ終わる頃には、交替要員の人達の顔にも笑顔が見え始めた。
「あれ、ラーシュ?」
「あ、シウ!」
アルウスから呼び出されてラーシュも来ていたようだった。
生徒達も見えた。
「教練所全体で来たの?」
「ちょうど良い演習になるからって所長が言いだして。最初は僕や、現役の塊射機隊だけで来る予定だったんだけどね」
「さすが、キリクのお膝元だけあるね。とんでもない所長だ」
笑うと、ラーシュも苦笑した。
「シウまで動員されたんだね。今は後方支援?」
「うん。みんな子供に優しくて、前線に行かせるよりここで働かせた方が良いってことになったみたい」
「どっちでも役に立つから上の人も悩むだろうね」
他愛ない話をしていたら生徒達がやってきた。
「あれ、この人」
「見学してた人ですか? ラーシュ先生の友達だ」
「こんにちは。皆さんも来たんですね」
「はい。一応、教練所にいるとはいえ、兵士ですしね」
「俺達は竜騎士の卵です」
それぞれが教えてくれる。教練所では騎士も一般兵士も憲兵も、一度は必ず同じ立場で一緒くたに学ぶというのがオスカリウス領のやり方だ。
「正直、まだ迷宮に潜って数日だったからなんとか耐えられたけど、潜る前ならここでの戦いに対応できたかどうか」
「なあ、ほんとに」
しみじみと語っている。
彼等は一般訓練の一環として塊射機の取り扱い方も学んでいるが、その後の配属によっては全く関係なくなる。ただしこうした魔獣対策で呼ばれると、塊射機を使うことも想定されるので丁度良い訓練となったようだ。
「俺は教練所で解体コースまだ習っていないから、ちょっとビビッてるけどな」
「お前は一般兵で来たのか。そりゃあ最初はしんどいだろうなー」
「騎士学校だと解体も習うんですか?」
シウが質問したら、竜騎士の卵だと教えてくれた若い男性が頷いた。
「一応。でも自分でやることはほとんどないかな。グループに分かれて、演習なんかで1匹か2匹捌くだけだから」
「そうそう、解体まではやらないよなあ。でも見ると見ないでは大違いだ」
皆、立ったまま食べている。
中には貴族位の者もいるようだが、郷に入っては郷に従えか、同じようにしていた。
キリクの下にいる者は全体的にこうした雰囲気だ。
やはり上の人間に、近付いていくのだろう。
休憩が終わると、彼等は一旦数時間の仮眠を取ってまた戦線に戻る。
ラーシュとも分かれて、シウは自分の作業を再開した。
暫くして、仮眠用テントから騒がしい声が聞こえてきた。
一段落ついたこともあって、休憩しようと思っていたからのんびり歩いて様子を見に行くと、兵士たちの喧嘩だった。
こういう時に珍しいものだ。上官にばれたら叱責どころの話ではない。
「何があったんですか?」
冒険者ギルドの職員がいたので聞いてみたら、呆れた様子で教えてくれた。
「逆恨みのようです。どうも不祥事か何かを起こして懲罰部隊に飛ばされたことを恨んで、その当時の教官に喧嘩を売っているようですね」
「え」
最近その手の話を聞いたばかりだ。まさかと思って覗いてみると、ラーシュ達がいた。
「それを、生徒達が庇っているというか、守っている? ようですね」
「ああ……」
思わず笑ってしまった。
ラーシュは細身で童顔なので、生徒達の方がよほどしっかりして見える。守ってやらねばと思ったのだろう。
その時、一際大きな声がシウの耳に飛び込んできた。
「ちょっと試しただけで、懲罰部隊に送るなんざ、大袈裟過ぎるだろうが! 仕返しか! お前のせいで、俺はな、俺はっ――」
「自業自得だろうが」
「そうだ。先輩方に聞いたぞ。お前、教官に向かって塊射機を撃っただろう」
「撃って何が悪い? 試しただけだ。実際に試さないで、使えるものか!」
「お前みたいなやつに使わせないための、措置だろうが。何の為にこんな術式が加えられたかも理解できないのかよ」
「知るかよ! こんなくだらない武器のせいで、俺は!」
なんだかもう原因はどうでも良いようだ。
懲罰部隊というのはよほど辛いところらしい。彼はこの基地に配属されて、さほど時間を置かずにこの魔獣スタンピードと出くわしてしまった。
ギルド職員の男性と顔を見合わせて苦笑していたら、騒ぎに気付いた上官がやってきた。国軍側の将校だ。
「この有事に何をやっている。おい、貴様、ハリオ伍長だな!」
つかつかと歩み寄って、ハリオという自業自得の青年の襟首を掴んだ。
「また問題を起こしおって! そんなに独房へ入りたいのか!」
結構な図体の青年なのに襟首を掴んだまま連れて行く。その間にも、集まった兵達を手で散らし、愚痴を零していた。
「くそ、何が懲罰部隊だ。要らん用事ばかり増やしやがって。ここはオスカリウス領兵のゴミ箱じゃないんだぞ!」
その剣幕に、集まっていた兵達もばらけていった。
よく分からずにギルド職員を見たら、呆気にとられつつも教えてくれた。
「オスカリウス領がどれだけ恵まれているか分からせるためにも、厳しい国軍へ預けることがあるんだ。特に、ああした馬鹿を押し込んで鍛えてもらうみたいだね。これで続かないなら辞めさせるんだよ」
「よく国軍が引き受けますよね」
「それぐらいしないと。基地で快適に暮らせているのもオスカリウス領のおかげ、ってところがあるからね。兵站も任せているし、何かあれば動くのもオスカリウス家だから。多少の融通は利かせないと」
「ようするに、持ちつ持たれつなんだね」
「そうそう」
話しているうちに人もまばらになったので、シウ達も持ち場へと戻って行った。
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