367 証拠隠滅
キリクが来たので、サラはしゃっきりと立ち直った。シウは2人に説明を始めた。
「やっぱり古代魔道具の呪術具だった。製作者はロマなんとかって名前の人。性格がひねくれ曲がっていて自己顕示欲が強く、自分以外は全員死ねば良いと思ってる性格破綻者のようだね」
「……なんでそこまで分かるんだ?」
訝しそうにシウを見る。サラは面白そうに話を聞いているだけだ。
「だって、術式がひどいんだもの。こんなにすごいの、久しぶりに見たよ」
「どう、すごいんだ? 俺にはさっぱりだ」
「わたしも、魔法学校の古代語授業はもちろん、術式関係は全てダメだったから、見ても全然理解できないわ」
と言うので、古代語については省いて説明した。
「術式って性格が出るんです。素直に書く人と、トラップ、罠を入れ込む人。僕の作った冒険者仕様の飛行板はブラックボックス化するために、万が一展開されても大丈夫なように二重三重の罠をかけていますが、間違えたからって死ぬことはないです」
「……これは間違えたら死ぬのか?」
「うん。やたら長い術式なんで、どれだけすごいこと書いてるのかなーと思ったら、大半が罠だった。ひねくれた術式だし無駄も多いしあっちこっちに指示が飛んでいるし。しかも本命の術式には、魔素をひたすら集めて魔獣の好む濃さまで圧縮してから、調教魔法の上位にあたる洗脳魔法で魔獣を強制使役するよう書かれてあって、まるっきりスタンピードを起こすための内容だった」
「それは、また」
「指向性があったのは、魔核のない大型生命体を狙えという指示があったからだね。このへんは得意じゃなかったらしくて誰かの術式を複写したようだから内容がおかしかったけど、そのせいというのかそのおかげで共食いが発生したんだと思う。それがこちら側の時間稼ぎになったね。でないと予想以上に早くこの基地に到達していたよ」
「そうなのか……」
「ある特定の魔石を持つ者以外を襲えと書いてあったから、戦争に使われた可能性もあるよ。しかも、一度起動してから10日ほどで一旦止まり、また次の獲物が触れて起動するまでに魔素を蓄える機能付きなんだ。壊れない限り、ほぼ永久的に動くよう貴重な金属を使用してるし、劣化を恐れてかあるいは威力を上げる為か、相当高価だと思われる魔石を使用して術式を書いてた」
キリクが絶句していた。
「昔の、古代魔道具の異常さは分かっていたつもりだが、本当に頭がおかしいな」
「魔素溜まりを人工的に造れるところも、怖いよ。これ、公開するの止めた方が良いぐらいの内容だから、扱いに気を付けないと」
「そう、か」
「これをもっと洗練した術式に修正して作り直すとしたら、戦争どころの話じゃない。一方的な殺戮、大虐殺になる。正直、今ここで肝心要の部分を潰しておきたいところなんだけど」
「……そんなにか? だがな、これは国へ報告すべき内容なんだよな。勝手にして、後でばれたら問題があるし」
キリク自身、これを戦争に使おうとは思っていないようだった。その姿が見えただけでも良かった。
シウはにっこり笑って、口を開いた。
「じゃあ、こういうことにしちゃおう。えーと、≪結界解除≫で起動確認、魔素が集まってきたから、このまま≪認識阻害≫≪強制解除≫、これを繰り返して≪反復≫≪固定≫≪自動化≫。……あ、オーバーヒートしたね!」
「え、え、え? シウ、あなた、一体何したの……?」
プスンと小さな音を立てて、魔石から煙が出た。周囲を取り囲むように書かれていた薄く削られた魔石板の小さな文字達が、段々と融けていく。
「おい、お前、まさか」
慌てて立ち上がったキリクを手で制しつつ、シウは魔石板をジッと眺めた。2分ほどして、手を下ろして顔を上げた。
「……ごめんね? 操作を誤って、暴走させてしまったみたい。肝心な部分が溶けて消えちゃった」
「お、お、お前」
「シウ、あなた……」
2人が呆然とする中、シウは今度は無詠唱で融解を止めた。そして虫食いだらけの、魔石だけが残った。
「見付けた時にはこの状態だった、でもいいし。本当のことを言っても、あるいは最初から見つけられなかったと報告しても、どれでも良いよ」
覚悟を持って言ったのだが、キリクは力が抜けたようにソファへどさっと座り込んだ。
「馬鹿野郎。俺を試す気か。言うわけないだろうが」
「そう?」
「……最初から、言うつもりはねえよ。お前が脅すほどだからな。ただ、なんて報告するか考えていたんだ。言い訳っつうか。でも、別に言う必要ねえんだよな」
「そうね、最初から報告しなきゃいいのよ。今のところ、誰にもばれてないのだから」
サラも同意してくれた。
「いくら戦争の道具として使えると言っても、シウの話を聞いて使おうとは思わないわ。わたし、後世の人に悪魔の女なんて言われたくないもの」
「悪魔どころじゃねえよ。こんな代物。……そうだよな、見せてしまえば誰だって研究する。研究すれば内容は広がる。それが人間ってものだ。そうしたら、いつか誰かが好奇心で使ってみたくなるだろう」
「それなら、最初からなかったことにするという気持ちは理解できるわね。とはいえ、シウ。あなた、自分で何もかも背負おうとするのは止めてちょうだい」
サラが立ちあがり、シウの前に立った。
「わたし達を信じてとは言わないわ。貴族側のわたし達のやることを信じきれないのは分かるもの。でもね、あなたは自分ひとりで責任を負おうとしたわ。それはダメよ。大人にちゃんと任せてちょうだい」
「まあなあ。それで取り返しつかないことになったらって、心配したんだろうけどさ」
「でも一言欲しかったわ。大体、目の前で魔石が煙を上げて融けだしたら、怖いじゃないの」
それもそうかと納得して、シウはごめんね? と2人に謝った。
2人とも、苦笑しつつも許してくれた。
取り敢えず、現物はサラが保管しておくことになった。
彼女は魔法袋を持っており、使用者権限も彼女とキリクだけしか付けていないためこれ以上ない保管場所だろうということで決まった。
念のため、シウの作った結界用桐箱に入れ直してから保管すると、つい3人でホッと溜息を吐いた。
「それどころじゃないんだけど、もう一段落ついた気分だぜ」
「本当に、ね」
「まだ討伐のめどは立っていないんだよね?」
シウが聞くと、キリクはソファの背もたれに頭を乗せて、ああと答えた。
「でもま、増幅器がなくなったんだ、いつものスタンピードに戻るだろ。そうしたら解決までも早いだろうよ」
「今回はキリク様が出なくても良さそうね。イェルドから戻れって指示があるかもしれないわよ」
「やめてくれ」
どっと疲れたような顔をして、苦笑する。今は領主としての仕事など、思い出したくもないのだろう。
「それにしても、あれだな。お前はよくもまあ、躊躇なく黒の森へ行ったもんだ」
「結界が使えるからね。あと、機動力があると違うよ」
「俺達だって飛竜があるんだが」
「滞空には向かないじゃない。燃費が悪いというか」
「……本当に、妙なことに細かく気付くもんだ」
呆れたようにシウを見て、それから頭をガリガリと掻いた。
「フェレスは、大丈夫なのか? 体に異変とか、ないだろうな?」
廊下を見て言う。廊下では、中の様子を観察することに飽きたフェレスが、玩具をいっぱい出して遊んでいた。1人遊びが上手で、良いのやら悪いのやら、だ。
呆れるかと思ったキリクだが、それを見て、ほんのりと笑った。まるで自分の子供のように優しい目で見ている。
「黒の森の魔素は、普通の生き物にはきついんだ。どうかすると死に至るほどの、濃さがある」
「大丈夫だよ。状態低下も見られないし。結界が効いていたんだろうね。あと、上空で待っていてもらったし」
「……お前1人で森の中に入ったのか?」
「うん。認識阻害なんかで魔獣に見つかることもなかったし、結界を張りつつ移動したから空気も吸ってないよ」
「でたらめな魔法ね。どれだけ魔力を使ってるのかしら……」
サラが羨ましそうな、それでいてどこか呆れたようにシウを見た。
シウは苦笑しつつ黙っていたのだが、キリクが「ん?」と首を傾げた。
「……お前、魔力量は少なかったんじゃないのか?」
「え、そうなの?」
シウはにこにこと笑ったまま、無言で首を傾げた。
キリクは半眼になりつつ、はあっと大きな息を吐いた。
「秘密主義め。まあいい。魔法使いは誰だって隠し玉のひとつや2つは持っているもんだ。友人にさえ言えないこともある。それはいい。だが、あまり周りに心配かけるなよ」
「はい」
「……ちっ、返事だけは良いんだ、返事だけはな」
「キリク様、しようがないですわよ。なんといっても相手は、あのヴァスタの養い子なんですもの。のらりくらりで飄々としたあの方に育てられたら、そりゃあそんじょそこらの普通の子になんてなりません」
彼女も爺様のことを知る1人らしい。
冒険者として一緒にいたこともあるのだろう。
シウは笑って、答えた。
「隠し玉はあるけど、今回のとは別だよ。節約しただけだから。前から言ってるでしょ? みんな無駄に魔力を使いすぎなんだよ。それに魔力量が少ない人間は、常に対策してるものなんだって。僕が魔道具を作るのもその一環だし。使えるものは何でも使うし、逃げる時は誰よりも早く逃げるよ」
少なくとも誰よりも怖がりであることだけは確かだ。色々な対策をしてからでないと、動けないのだから。
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