366 魔獣発生装置
キリクが戻ってくると、砦内にある建物の中、上級将校向けの客間へ連れて行かれた。護衛のサラもそこにいて、何故か寛いでいる。護衛なのに良いのだろうか。
というよりも、キリクは個人行動が多すぎる。人の事は言えないが、どこまでも自由人だった。
「さーてと。黒の森に行って、何を見付けてきた?」
目がお叱りモードだ。
でもフェレスが耳をぴくぴくさせてジィッとキリクを見ているせいか、笑顔ではある。手も出す気はないらしく、ソファに踏ん反り返って腕を組んでいた。
「あー、その、発生源をですね、気になったので調べてきました」
「その割には一直線だったな。調査だけならもう少し右往左往しても良かったはずだ。そもそも、何かに気付いて動き出した。違うか?」
違いませんとも。
でも、全方位探索の探知能力を明かすわけにはいかない。あれをばらすということは、空間魔法を持っていると告げることだ。
もう話しても良いような気もするのだが、サラもいる手前踏ん切りがつかない。
そのサラから、何故か支援が入った。
「キリク様、魔法使いが手の内を明かすわけないでしょう? 誰だって奥の手は隠すものよ。探知系の魔法か、新魔術式でも開発したのではなくて? 探知系なら妨害できたことも納得できるわ」
「あー、まあ、そっち系ですね」
「ほら。わたしの影身魔法を妨害したもの、そうだと思ったわ」
よほど悔しかったらしく、また言われてしまった。
キリクは諦めたのか能力についてはそれ以上追及しなかった。
代わりに、何を見付けたのか再度問うてきた。
なので魔法袋から、桐箱を取り出してみせた。
「魔素溜まりがあって、異常な空気でした。結界を張って移動を繰り返し、見付けたのがこれです」
「これは」
「触らないでくださいね。結界を張っただけで浄化も何もしてません。詳しくは展開して解析してみないと分かりませんが、古代魔道具です。それも呪術系の」
「……なんてこった」
「あの森には至る所に魔素溜まりがありますけど、これは特異でしたのですぐ発生源として特定できました。指向性があるんです」
「そうか、道理で円状に広がらないと思ったぜ」
「そうよね、いくら人がここに多いと言っても、随分真っ直ぐだと思ったわ」
サラも事情は分かっているらしく、地図を見て唸った。
「今回はこれが原因というわけね。おかげで悩まなくて済むわ」
「そんなにいつもと違うんですか?」
「移動がかなり早かったの。これでもわたし達、スタンピード慣れしているから相当早く動いたのよ? それなのに、本当にギリギリだったもの」
皆がそれぞれの役割を理解していてテキパキと動いていたからこそ、間に合ったのだろう。
「指向性と言ったけれど、今はもう、ないのね?」
「原因がここにありますからね。結界を張っているので、術式も稼働していません」
「よく結界を張れたわね」
「[企業]秘密です」
「? え、なに、それ、何の秘密?」
思わず古代語混じりで答えてしまい、サラに首を傾げられてしまった。普段からあちこちの言葉を引用しているため、気をつけようと思っていたのだが、どうも境界線が曖昧だ。そのうち日本語も飛び出しそうで怖い。
「気にするな、サラ。シウが時々変なこと言うのは今に始まったことじゃない」
呆れたような顔で息を吐き、それからキリクは肩から力を抜いた。
そして、だらんとした態度でシウに視線を向けた。
「それ、解析できるのか?」
「えーと、僕が触って良いの?」
「できるなら、お前に任せたいんだが。手伝いがいるなら、誰か寄越すぞ」
「それは別に要らないけど。ただ冒険者ギルドから依頼を受けたことになってるし、全く討伐を手伝わないのは良いのかなあ?」
「何言ってんだか。これこそ、最重要事項だろうが」
「あ、そうなの?」
「今後のこともあるし、討伐は誰でもできるが、原因を突き止められるのは難しい。その原因を見付けた上に解析できるならやった方が良いに決まってる」
「そうよ。他にも呪術具があったら困るし、その対策としてもどんなものか知っておく必要があるわ。それこそ討伐するのに重要な内容があるかもしれないもの」
それなら、それこそ専門家に任せた方が良いような気もしたが、そうした人を呼ぶのにも時間はかかるのだろう。
分からなければ閉じてしまえば良いだけだしと、了承した。
キリクが心配するので、手伝いとしてサラが残ってくれた。
そのまま上級将校用の応接間を借りて、作業を始める。
キリクは現場の指揮のため足早に部屋を出て行ったので、シウはサラに部屋のギリギリまで下がってもらうことにした。
「結界を張るので、壁際に椅子を移動させて座って見ていてください。異常があれば部屋から出て安全確保の上、誰か呼んできてくださいね」
「了解。でも異常が分かる前に、止めてね?」
はいと返事をしてから、サラに分かるよう魔道具の結界を四隅に置いて起動させた。
見たのは初めてらしく面白そうに眺めている。
「僕に万が一のことがあっても、これで少なくとも1時間は留めておけますから。強力な呪術でない限りは1日持つんですけどね」
「すごいわねえ。うちでも在庫として購入し始めたと聞いたけれど、そんなに簡単な方法で使えるんだ。しかも想像以上に強力だわ」
感心しながらも目はしっかりと桐箱へ集中している。さすが一流の護衛だ。
「もうひとつ、結界を張ります。じゃあ、開けますね」
念のため二重に結界を張ってから、その内側に立って桐箱を開けた。
フェレスは廊下への扉を開けたまま、その廊下に待たせていた。姿が見えていると安心するらしく、玩具を出して遊んでいる。
「≪呪術吸収≫」
古代魔道具の起動を強制的に停止させても呪術式だけは自動で流れるだろうから特殊ゲルを用いてそこに流れるよう、術式を組む。
本来なら無詠唱だけれどサラが見ている手前、分かるように声に出した。
「≪解除≫≪強制停止≫、うーん、これじゃないなあ。まあ、いっか」
「どうしたの?」
「普通にある方法じゃ、止められないですね、やっぱり。呪術具は作った人の性格の悪さが出るって言うから、このまま展開してみます。一応、指向性があるのでそれをこいつに向かわせてますから」
特殊ゲルがどんどん色を変えている。どれだけ異様な速さで状態異常を繰り出しているのかがよく分かるというものだ。
サラも不気味そうに見ていた。
シウはそのまま素手で魔道具本体を鑑定しながら、開いていった。自作のマイナスドライバーも使う。魔道具本体は金属製で、腐りにくいミスリルが混ぜられていた。高度なもので、古代でも価値は高かったはずだ。それだけに、怨念の深さが垣間見える。
「えーと、中はいたって普通ですね。ただし使われている魔石がすごい。こんなに透明で大きいのは知りません。じゃあ、見ていきます。≪展開≫≪展開≫≪展開≫、開きました。次に≪解析≫じゃ、無理か。≪分解≫≪再構築≫≪暗号解析≫≪表示≫で、術式公開されました。ちょっと読み込みますので、しばらく無言ですけど気にしないでください」
「……え、ええ、分かったわ」
サラの返事が素通りしていくのが分かったが、シウは集中して術式を読み続けた。長い長い内容で、相当入り組んでいる。
性格が本当に表れているなと、顔を顰めてしまった。
10分ほどして、顔を上げた。
「どう、だったの? 無理? 難しいの? それとも、避難が必要?」
サラが慌てて立ち上がり、シウを見つめた。それに対して、シウはふうと小さく溜息を吐いて答える。
「あ、いえ、えっと、解除しました」
「えっ?」
「解除はしました。解析も終わりました。この呪術具は使用不可です」
サラがぽかんとして椅子から立ち上がった状態で動きを止めた。
「終わった、の?」
「はい。えーと、どうしましょうか。念のため結界を張って放置しておきます? 先に説明した方が良いかな……」
思案していると、サラが元に戻った。
慌てて駆け寄ろうとして結界に阻まれて胸から跳ね返されていた。その反動でか、壁に頭を打ち付け、いたっと叫んでいる。
「あ、解除します。どうぞ」
サラはアイタタと、淑女らしくない台詞を吐きながらシウのいるテーブルまで駆け付けてきた。
そして、手元をジッと見つめて、どす黒く変色したゲルを見て、ようやくホッとしたように力を抜いた。
傍にあったソファに、これまた淑女らしくなくどっかりと座り込み、背もたれに背を預けて天井を見る。
「あー、なんだか、そっかー。あー」
よく分からないことを呟きながら、ゆっくりと顔を起こして通信魔道具を起動させ、シウを見ながら笑った。
「(キリク様! 解析が無事終わったようです。術式も現在停止されてます。説明が必要なら、とっととこちらに来てくださいね!)」
シウには聞こえない声が、彼女に伝わったようだ。サラはゲラゲラ笑って、また背もたれに身を預けていた。
相当緊張していたのだろう。
手伝いと称して残っていたが、心配だったわけだ。
キリクほどにシウを信用していなければ、それは怖いだろう。むしろキリクの決定にシウも驚いたのだから、その気持ちは痛いほど分かった。
シウだってそう自信があったわけではないので、胸を張って任せてくださいとも言えなかったし。
しかも、結界を何重にも張ったせいで、余計に不安を煽ってしまった。
キリクが駆けてくるのを感覚転移で確認しつつ、シウはサラに謝った。
彼女は相変わらず淑女らしくなく、いいのよーと力の抜けた態度で返してきたのだった。
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