365 淀んだ魔素の匂い




 魔素の匂いというのだろうか、気のようなものが、とても濃い気がした。

 いや、普通の魔素ではない。

 鑑定してみるがよく分からなかった。

 ただ、もやもやとした妙な感覚だ。

 シウは自分の直感を信じているので、これが良くないものの原因だというのは本能のように分かった。

「魔獣を生む、魔素、なのかな? 魔素溜まりのようなものか」

 念のため、胸に抱えている卵石には結界を掛けている。ついでにフェレスの顔あたりには新鮮な空気を循環させるため≪酸素供給≫をしていた。

「どろどろした感じだなあ」

 血液のようなイメージを受ける。

 そうと考えてハッとした。

 当たっているかもしれない。

 ここは淀んでいるのだ。水分が足りない血液のようにドロドロになって悪いものが集まる。そこに何らかのきっかけがあって、破裂してしまうのだ。

 同じ魔素とは思えない、淀みを感じた。穢れのような。

 シウはフェレスを待機させて、飛行板に乗って森へ降りてみた。

 付いてきたがるフェレスに「命令」してまで待機させたのは彼が心配だからだ。しきりに不満だと鳴いていたが、あんまり言うと空気牢に入れるよと脅したら我慢してくれた。


 飛行板を飛ばしながら森の中を観察していると、魔獣達が活発だった。

 魔素が濃いので暮らしやすいのだろう。普段はこの森を根城にして、外へ出ようとしないのもそのためだと思われた。

 それがきっかけがあって、爆発的に増えたり、逃げ惑ってパニックになり外へ出ていく。

 今回の原因はどれだろうか。


 結界で自分を覆いながら進んでいるせいか、魔獣と衝突することはほとんどなかった。

 ほとんどが基地方面へと真っ直ぐに進んでいる。まるで誰かに指示されているような動きだ。

 その方向とは逆に進んでいくと、岩場続きの難所が広がった。木々が生い茂り暗い森の中、地面の苔からは毒の胞子が時折舞い上がっている。

 シウは地面へは降りずに、ゆっくりと飛行板で進んだ。

 上空から観察していると、岩の裂け目から波動があるのを感じた。

 これが原因だと、すぐに気付いた。

 念のため再度自分に結界を張って、近付く。

 見てみると、そこに古い金属製の道具があった。

「……古代魔道具かあ」

 何らかのきっかけで起動したのだろう。魔獣呼子とは違う、発生装置のようだ。

 鑑定しつつも周囲を確認したら、初期の発生時点で死んだと思われる魔獣達の骸が転がっていた。ほとんど他の魔獣によって食われていたが、骨などはまだ残っていた。

「大型の、ミノタウロスかな。こいつが触って起動させたのか」

 鑑定結果をつらつら読み続けていると、やはり古代に作られた呪術系の魔道具だということが分かった。

 術式自体は展開して見てみないと分からないが、十中八九シウの推理で当たっているだろう。

 念には念を入れて、古代魔道具を結界で包み、桐箱に入れた。

 それをそのまま空間庫に放り込むと、辺りの重たるい濃度が少し下がった。

 鑑定してみたら、魔素濃度が薄くなっていることに気付いた。

 それでも淀んだ魔素が森全体にあることは間違いない。その中でもここだけが異常だった。

 こうしたきっかけによって、魔素溜まりができて、それがさらに悪しきものを生み、それを餌として魔獣が発生するのかもしれない。

 この森を調査したら魔獣の発生原因が掴めるかもしれないが、こんな森には人は入って来れないだろうなと思う。

 シウでも、長くいたいとは思わない。

 そろそろ新鮮な空気も吸いたいし、ちょっとズルをしてフェレスのところまで転移した。

「にゃ!」

 フェレスは慣れたもので、目の前にシウが突然現れても平気なものだ。むしろ、ようやく帰ってきたと尻尾をぶんぶん振っている。

「ごめんね、あ、ちょっと待って。≪浄化≫」

 自分自身を、強力な浄化を使って綺麗にした。

「にゃにゃにゃにゃ」

「大丈夫だよ、どこも怪我してないし」

「にゃぅー」

「ごめんね、置いていって。でも、変な空気だったから」

「みぎゃ」

 フェレスも眼下の景色を気味悪そうに見た。彼の顔の周りだけは空気を循環させているため綺麗だが、それでも鼻に感じるようだ。くさーいと文句を言っていた。

「とりあえず帰ろうか」

「にゃ」

 フェレスに乗ると、飛行板を仕舞ってまた元来た空路を戻って行った。


 決戦場近くまで来ると、スヴァルフからホッとした声と共に通信が入って、早く基地へ戻ってと言われた。

 そろそろ本格的な討伐が始まるそうだ。

 数時間で準備ができるあたり、やはり慣れている。

 とはいえ、基地では人が大勢入り乱れていた。

 各部隊への連絡だったり、第二陣の移動、後方支援による部隊の活動などで朝よりもずっと騒がしい。

 作戦本部へ顔を出すと、キリクが目で合図しながら、通信魔道具を使って指示していた。討伐開始の合図だ。

「第一陣、始め!」

 すると、基地から離れているにも関わらず、地鳴りが届いた。

 腹にズシリと来る音だ。

「始まったな。後で上空から様子を観察するぞ」

 その後、大隊長や各隊の連絡係に指示を出しながら、キリクは歩き出した。

 テントを出てからシウを引っ張るよう、腕に抱える。

 まるでヘッドロックだ。

「ちょ、キリク、ヘルプヘルプ」

「はっはー、ちっとはおとなしくなった、あ、おい、こら、フェレス、噛むな、噛むんじゃない!」

 慌てて手を放して、キリクはフェレスから逃げる。

「フェレス、お前怒りすぎだろ。ちょっと首を押さえただけじゃないか!」

「にぎゃっ!」

 キリクが離れたので、ふんっと鼻息荒くフェレスは鳴いていた。

 これを注意した方が良いのは分かっているのだが、どうも彼なりのキリクへのコミュニケーションのような気もして、怒るに怒れない。一応それとなく注意してみる。

「ダメだよ、フェレス。なんでそう、キリクが相手だと怒りんぼになるの」

 困ったなあと思いつつ話していたら、キリクが戻ってきた。

「仲良しだと思って嫉妬してるんじゃないのか? ったく、甘えすぎなんだよ、お前」

「にぎゃ!」

「今からそんなで大丈夫か? 新しい卵石の仲間はどうするんだ」

「にゃにゃにゃ、にゃにゃっ、にゃにゃにゃにゃっ!」

「なんて言ったんだ?」

「子分だから、大丈夫なんだって。一番は自分だから、問題ないそうだよ」

「……それでいいのか、お前」

 呆れたように言うと、ふとあることに気付いたようでにんまり笑った。

「シウに恋人ができたらどうするんだ。お前より大事な相手だぞ。そいつといちゃいちゃして、仲良くなって、で、子供ができたら?」

「意地悪な大人だなあ」

「言ってろ」

 それでも落ち込んでいるのではないかと思ってフェレスを見たら、きょとんとしていた。意味が分からなかったのか、少し首を傾げている。

 そのためか、キリクは分かり易い言葉で言い直していた。

「シウに番ができて子供ができたら、そっちが一番になるんだぞー」

「……にゃぅ。にゃにゃ。にゃにゃにゃにゃ?」

「今度はなんて言ったんだ?」

 振り返って聞いてくる。

 シウは呆れた顔をして、キリクに教えてやった。

「当たり前でしょ、だってさ」

「は?」

「番ができるのは獣として当然みたいだよ。あと、子供ができたら子供を大事にするのも当たり前。だから、当然すぎて、何を言ってるのか分からなかったみたい」

「……そうなのか」

「どっちが大人なんだか分かんないよね」

 やっぱり精神年齢が同じ者同士で、喧嘩は発生するのかもしれない。



 上空から確認してくるというキリクを見送って、シウは基地で待つことにした。

 詳しい話は降りてきてからだと言われて、危険な森の奥へ入ったことを叱られるのだろうと思うと、つい溜息が漏れた。

 ただ待っているのも申し訳ないので、後方支援部隊の手伝いを行うことにした。

「あれ、君、昼ご飯食べてないんじゃないの?」

 料理担当の人に言われ、よく見ているなあと驚いた。

「ちょうど森の上空にいたので、簡単に食べました」

「ええっ? そんな、ラッザロ隊みたいなことしないでよ。マナー悪いよ」

「あ、はい」

「キリク様の秘蔵っ子って聞いたけど、本当なんだねえ」

 変なところで感心されてしまった。しかもキリクの秘蔵っ子扱いが浸透している。

 周りから固められているような気がしてしようがないので、一応否定した。

「僕、ただの友人ですからね? 便利な魔法使いじゃないですよ?」

「……それはそれで、なんというか、すごいね!」

 あれ? と思ったものの、知り合いの竜騎士が「シウ君の料理美味い」と紹介してくれたおかげで、手伝いに入ることができた。

 そのまま、キリクが戻るまでという条件で、料理を作り続けることになった。

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