364 開戦前




 ギルド職員を探して、シウも参加する旨報告した。

 何故かシウの名前を知っており、カードを見せると笑顔で頷いた。

「はい、確認しました。では、この後はソロで動かれますか? 辺境伯のご指示がおありでしょうか」

 慣れた様子でテキパキと質問された。

「ソロでも良いんですか?」

「はい。全体像を会議で聞いていらっしゃったなら、上級者の場合はソロの方が動きやすいということもあるので許可しております。今は通信魔道具もありますので、連絡も容易いですしね」

「そうなんですか。意外と自由なんですね」

「上級者は経験もありますし、特にオスカリウス領出身者はどう動けば良いのか分かっておりますから」

「……僕、上級者じゃないですし、出身者でもないんですが」

 誰かの下に入った方が良いのではないかと聞いたのだが、職員はにこにこと笑って首を振った。

「アルウェウスの功労者を下に置けるのは辺境伯様ぐらいではないでしょうか。もしご心配でしたら、辺境伯様の護衛をされるおつもりでお傍にどうぞ。まあ、すぐにあちこちへ行くよう、指示を出されそうですけれども」

 そうですか、とひとつ頷いて彼から離れた。まだ忙しいだろうし時間を取ってはいけない。

 釈然としないまま、シウはまたキリクの元に戻った。

 彼も上空から確認するらしく、飛竜へ向かっていた。

「一番偉い人が、前線に出て良いの?」

「遊撃隊だからな、俺は」

「……なんかもう、王都の貴族の人達がキリクをいろいろ言う理由が分かったよ」

 しみじみ口をついて出たのだが、キリクははっはっはと機嫌よく大笑いしただけだった。


 全方位探索を強化して見るまでもなく、上空からだと魔獣の動きがよく分かった。

 円を描いて共食いをしていた魔獣達も段々とばらけてきており、北と東へ向かい始めている。逃げている最初の部隊と救出隊の匂いを嗅いだのだろう。それから東の基地にいる大勢の人間達。

 基地からは続々と途切れることなく兵や冒険者達が決戦場へ向かっていた。

 一番乗りした者から大がかりな結界を張って木々を薙ぎ倒し、整地し、戦いやすい場へと変えていく。

 ここでは魔法使いが主に働いていた。見るからにひ弱そうな人もいるが、常に護衛が付き従っている。

 彼等は整地が終われば基地へとんぼ返りとなる。その能力では、戦場でほとんど役に立たないからだ。魔法による攻撃は主に魔撃隊などが主体となるらしい。

 基地でも後方支援部隊がいて、武器などを運ぶ手はずを整えていた。

「今回は規模が小さいな。たぶん、大きいのが来る前触れだ」

「そうなの?」

「ああ。大抵そうだ。1ヶ月か2ヶ月後に来るぞ。長丁場を踏まえて準備が必要かもしれん」

「アルウェウスぐらい?」

「あれは滅多に見ない大きなもんだ。あれが来ると、このへん一帯がダメになるな」

「そんなに大きかったんだ……」

「地形が良かったのと、とにかくもお前の初動が良かったせいだな。発見した後の対応も良かった。お前、報告書に書いてなかったが、かなり間引いたろ?」

「あー」

「嘘付いても分かるぞ。専門家だからな」

 にやにや笑うので、シウも仕方なく頷いた。

「割と、間引いたかな」

「どうせえげつない魔道具作ってたんだろ。塊射機でさえなかなか出してくれないんだ。反動の大きな魔道具なんぞ、絶対秘密にするだろうと思ってたよ」

「まあ、そうだね」

 魔道具と勘違いしてくれたので、シウは曖昧に笑う。

 それをキリクはまた勘違いしてくれた。

「聞かねえよ。聞いたら欲しくなるからな。お前もそれが分かってて言わないんだろ。でも、この図を見たら、俺にぐらいは分けてもいいと言いたくなるはずなんだがなー」

 真下を見て言う。

 おねだり口調だったので、シウは苦笑しつつ首を振った。

「あげたくても、あげられないものなんだ。その代わり≪捕獲網強酸型≫とか便利そうなのは提供するから」

「おっ、言ってみるもんだな。あれは便利だった」

「キリクになら定期的に譲っても良いよ。スタンピード対策用として。他にも冒険者が使うのに便利な魔道具も作ってるから、後でギルド職員の人に渡しておく」

「それは特許申請してるやつか?」

「≪捕獲網強酸型≫以外はね。そろそろ販売に乗ってると思うけど、ラトリシアで申請したから」

「じゃあ、こっちでの販売は遅れるな。やっぱり誰かそっちにやるか。常駐させておかないと、便利なものが手に入らんのは困る」

 言いながら、キリクは視察を続けて時折通信魔道具を使い、指示する。

 一通り確認したら、また基地へと戻った。

 実戦ではスヴァルフが陣頭指揮を執るそうだ。

 キリクが領地にいないことも想定して、誰が指揮を執っても良いように訓練を重ねているとか。スヴァルフの傍にも数体の飛竜が飛んでいた。


 広場に降り立つと、シウは竜騎士隊に≪捕獲網強酸型≫や≪強酸爆弾≫を渡した。

 顔馴染みの人も多いためすぐに確認してくれる。兵站担当の秘書官もいるため、数をきっちり記していた。後ほど、相応の支払いがあるようだ。

 その後、ギルド職員のところで≪防火壁≫≪防御壁≫≪使い捨て爆弾≫≪四隅結界≫などを提出した。こちらも素早くだが、丁寧に数えている。

「助かります。これ、気になっていた商品なんですよね」

「え、こっちにもう来てるんですか?」

「いえいえ。商人ギルドの職員から、ルシエラ本部ですごいものが出てると聞いて、調べたんです。今、あちこちの職員が情報を得ようと躍起になってますよ」

「はあ」

「こういう役に立つ新商品というのは、そう出ないですからね」

「でもラトリシアは魔道具の種類が豊富で、面白いのが多いんですけど」

「面白いのと、役に立つかどうかは別ですからねえ。あとはまあ、お値段の問題でして」

 使い方次第では役に立つと思うものもあるのだが、確かに「使い勝手が良いか」となると疑問が出てくる。なによりも費用対効果が薄いのだ。無駄な術式を使う分お金もかかるので高い。使い捨てするには勇気が出ないというわけだ。

 同じような理由でポーションも、上級のものには冒険者の手が出にくい。

 消費期限もあるので、買い置きしておくわけにもいかず、悩ましいところだ。

 それで思い出したがポーションも必要だろうかと気になって申し出てみた。

「あ、それはあります。砦には常にポーションを備蓄しているんです。勿体ない話ですが、ポーション専用のアイテムボックスもギルドでは常備しているんですよ」

「すごい」

「おかげさまで、慌てなくてすみます。でも、万が一のことがあればよろしくお願いします」

「はい」

 話を終えるとその場を去った。


 キリク付きということになったものの、そのキリクが基地の作戦本部でこもりきりだから、シウは暇だ。

 やることないかなーとぶらついていたら、強化版全方位探索に魔素溜まりを発見した。

 これがスタンピードの発生源らしいと気付いて、確証を得るため見に行くことにした。

 勝手に動くと怒られるかもしれないので、作戦本部に顔を出すと、皆の視線が一斉に突き刺さった。悪い視線ではないのだが、興味深そうなのもあって居心地が悪い。

 こそこそと中に入って、にやにや笑うキリクに耳打ちした。

「ちょっと気になるものを見付けたから、見てきていい?」

「なんだ、それは」

「……ここじゃあちょっと。えーと、見てから報告する。ダメかな?」

 ジッと見つめられ、それから仕方ないといった様子で溜息を吐かれた。

「うろちょろして、他の奴等の気を引くなよ。一応、通信魔道具で知らせておく。お前のソロ活動はこっちも目を瞑っていよう。ただし、危険なことがあればすぐさま退避、それから連絡だ。分かったな?」

「了解です!」

 良い返事をしたつもりなのに、拳骨をもらってしまった。いや、痛くはなかったが。

 そしてまたしてもキリクはフェレスの尻尾に攻撃されていた。

「じゃあ、ちょっと森に行ってきます」

 そう言って、他の面々に邪魔したことを謝りつつ、本部テントから出て行った。


 フェレスに乗って砦を出るまでは普通に飛び、森が見え始めた頃からスピードを上げた。時折、上空の竜騎士達に指差されはしたものの、連絡が行っているらしく誰も来なかったのでそのまま素通りした。

 スヴァルフぐらいしかシウを見付けられないだろうぐらい遠くまで飛び続け、森が一層険しくなった頃、一度だけキリクから通信が入った。

「(おい、大丈夫なのか?)」

「(うん。問題なし。今のところ飛行系の魔獣もそれほど見当たらない。もう少し行くけど、大丈夫だから)」

「(ならいいんだが、スヴァルフが心配そうだったぞ)」

「(あ、もう見えないんだね。こっちは気にしないでって言っておいて。何かあっても、大丈夫だと断言できるぐらいの魔道具は持っているから)」

「(分かった。どうせ種明かしはしないんだろ? 根拠ない自信だって、普通は言われるところだぞ)」

「(あはは)」

 笑いながら、通信を切った。

 眼下を眺めると、黒の森と言われるだけのことはあるなとある種の感動を覚える。


 この森は、異様な気を発していた。

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