363 二度目の魔獣スタンピード




 ぽかんとしていたら、イェルドが苦笑した。

「シウ殿でもそういったお顔をなされるのですねえ」

「あ、えっと、でも、僕は今日には立たないと。学校がありますし」

「ああ、はい、そうですね。でもこういう事態ですからさすがに飛竜をお貸しするわけには……飛竜というよりは竜騎士を、ですけれども」

「あ、そうですね」

 間抜けな発言をしてしまったようだ。シウは恥ずかしくなって頭を掻いた。

 が、イェルドは指摘することなく話を続けた。

「もっとも、お送りするのは別の方法がありまして、キリク様も驚かせるようでしたからこの際それで良かったのかもしれませんね」

「はい?」

「……キリク様の突拍子もない思いつきには毎度振り回されて、尻拭いに奔走して参りましたが、たまにこうした『結果的には良いこと』をなされるのですよねえ」

「はあ」

 ほうっと溜息を吐いて、イェルドはシウを見つめた。

「とにかく、お手伝いいただければ、我が領も大変助かるのですがどうでしょうか」

「……じゃあ、あの、はい。分かりました」

「お連れ様方はレベッカやデジレに任せます。大丈夫、この屋敷は安全ですからね」

「はい」

 それから飛竜のいる竜舎へ向かうよう指示された。

 現地にギルド職員も向かうので、そこでチェックを受けたら良いとのことだった。

 シウはフェレスを連れて、一旦部屋に戻って背負い袋を付けた後、急いで走って向かった。


 竜舎では慌ただしく準備が続いていた。

 すでに先遣隊でもある第一陣が出発しており、キリクの姿は見えなかった。真っ先に飛び立ったようだ。

 シウはサナエルの姿を見付けて、そこに乗せてもらうことになった。

 領都のギルドから緊急要請を受けた冒険者達も来ており、慣れた様子で次々と飛竜に乗り込んでいく。

「今回は早かったな?」

「前回から1年経っていないんじゃないのか」

「その前が1年以上空いていたからな」

「数十年前は半年に1度か2度はあったぞ」

「ひどい年は、1年に8回だったと親父が言ってた」

 話しながらも悲壮感はない。王都の時とえらい違いだ。

 ただし、シウと乗り合わせた冒険者達はシウを見て、眉を顰めた。

「おい、サナエル様よ。こんな子供を連れていっちゃいけねえや」

「そうだぜ。いくらなんでも初陣には早すぎる」

 冒険者の子供好きはお約束のようで、皆してサナエルを非難していた。

 サナエルは苦笑しつつ、飛竜を発着場まで向かわせる。

「その子、キリク様の秘蔵っ子ですよ。先のアルウェウス発見時の功労者です」

「えっ、そうなのか?」

「この子が噂の?」

 数人に囲まれて顔をジッと見られたので、シウは慌てて仰け反った。後ろにはフェレスがいて逃げ場はなかったのだが、その上に座り込むようにしていると冒険者の男達はそれぞれ、ふーんとかへーとか納得声を出していた。

「そりゃあ、救世主じゃないか。今回、俺達楽ができるかな?」

「なあ、名前はなんてんだ? あ、そうだ、年齢は俺より上ってことか?」

「……シウ=アクィラですけど、年齢は13歳です」

 キリクよりも年上の男性に聞かれて、少しばかり傷ついたシウだった。

 そして、これだけ小人族に間違えられるなら、本物の小人族に会ってみたいと思ってしまった。

 物の本では、小人族はもっと全体的に縮尺されているはずなのだが、希少種族なので誰も見たことがないのが問題だ。


 ところで、先程のロワル王都近くで――近くはないのだが――起きた魔獣スタンピードによる地下迷宮の整備は進んでおり、名前も正式にアルウェウスと決まった。盆地という意味があり、そのままだ。

 国とギルドの管理下に置かれ整備が進んでいるので、来年から試運転を始められるのではないかと聞かされた。まだ魔獣の発生頻度も少ないので、じっくり時間を掛けて整備し、準備を行っているそうだ。

 もしアルウスのような地下迷宮ならば急いで整備して冒険者を放り込まないと、魔獣の発生に応じきれなくなる。放っておくとアルウスのような巨大地下迷宮が出来てしまうため、今のうちに管理しておかなくてはならない。

 しかし、アルウェウスは今のところ中規模程度になるだろうと言われており、アクリダ迷宮のような観光地化を目指すとのことだ。

 前例があるのでオスカリウス領へ研修に来る役人も多く、交換人事なども含めて人の移動が増えているそうだ。

 そんな話を飛竜の上でしながら、アルウスの更に西へと向かった。


 上空から見るガルデア砦は異様な姿だった。

 万里の長城よりもすごい。まるで恐竜を囲む監獄のようだと言われている。

 言い得て妙で、確かに魔獣の発生を抑えるための牢壁である。これだけのものを作るのに要した時間や手間を考えると、すごいとしか言いようがなかった。

 高レベル岩石魔法の持ち主でも、1年はかかりそうである。

 飛竜はその砦の手前にある、大きな施設へと降り立った。

 前線基地のひとつだそうだ。

 スタンピードの発生地点によって使う基地も変わるとか。これが砦沿いに点々とあって、国軍が常駐している。国としてもここでオスカリウス領がやられると、そのまま大きな損害となるため、オスカリウス領と協力して対応しているというわけだ。

 今回の発生も、黒の森を巡回していた兵士が見つけた。

 黒の森は魔獣が多く住む恐ろしい森で、人が住めるようになっていない土地だと言う。

 毒霧も多く発生し、地面から黒い液体が噴出するなどして危険だ。その為、巡回も命がけだし、奥までは決して行かない。手前数十キロまでが索敵範囲だ。

 説明を受けながら、シウはサナエルと共にキリク達のいる主導部隊へ赴いた。

 簡易テントではキリクが地図を広げて、各部隊と情報のすり合わせを行っていた。

 シウを見て目を瞠ったものの、すぐに話を再開する。

「救助部隊からの通信では、発見した隊は現在、大きく迂回して北へ向かっている。煙幕を使っているので今のところ魔獣による殲滅は免れている状況、ということだな?」

「はい!」

「魔獣達の群れは煙幕に阻まれて一旦足を止めて共食い状態と考えられる。上空からの視認では、ここから西へ50キロといったところまで戻った状況だ。円を描いているが、そのうちこちらに気付いて向かってくるだろう」

「では、このあたりの森を拓いて決戦場を作りますか」

「そこでは狭くないか? 岩場の多い場所だ」

「待て、こちらには沼地が多い。毒ヒルの発生場だ」

「……騎獣の天敵か」

 殲滅するための場所を用意してそこに誘導するという作戦のようだった。

 慣れていることと普段から近辺の巡回をしているため、地形にも詳しい。国軍との付き合いも上手くいっているらしく対立することもなかった。皆がそれぞれに自由な意見を出せる場というのは、かなりすごいことだと思う。

 シウが感心していると、キリクに手招きされた。

「はい」

「……お前が勝手に来るとは思えんし、イェルドか」

「どういうわけか、来ることになってしまって」

「しようがねえなあ」

 悪いなあと言いつつも、どこか嬉しそうに笑ってシウの頭を撫でた。

 その間に話は決まったようで、皆が顔を上げてキリクに伝える。

 伝えながら、あれなんだコイツ、といった顔をシウに向けてきた。国軍の偉い人らしい男性もえっえっ、と何度か二度見して、慌てて目を反らした。

 なんなんだと思ったが、キリクは気にせずに指示を出し始めた。

「よし。では、上空から追い込むのはラッザロの隊だ。スヴァルフは高高度からの指揮を行え。第二隊以降はスヴァルフの指示で攻撃を開始する。待機位置は分かっているな?」

「はい!!」

 返事をしてから竜騎士の各隊隊長達が走り出した。

「魔撃隊は国軍兵と共に決戦場へ向かって焼き払ってくれ。遠慮なく焼いても良いが、北と東側へ延焼させるなよ」

「了解しました」

「騎獣隊は国軍兵の護衛として同道し現地では近辺の魔獣を討伐だ」

「はい!」

「重戦士、歩兵、冒険者達は必ず回復役を付けろ。20から30人に1人でいい。そして護衛を付けるんだ。分かってるな?」

「いつものことですから」

 冒険者ギルドの職員が頷いた。

「国軍兵の方で足りないでしょうから、派遣します。組み分けは隊長と相談しますが、基本的に女性は後方へ置きます。良いですね?」

「ああ。承知している」

「女性が嫌がった場合は、組を変えさせます。これは予め決まっている約束事ですのでご承知ください」

 職員が国軍兵の隊長達に説明していた。分かっていることらしくてほとんどが納得して頷いていたが、中には不満そうな顔をする隊長もいた。

 女性の回復役を置きたいと思うのだろうが、困ったことである。それでも表立って口にしないだけマシかもしれない。

 各部隊への細かな指示を出して、キリクもテントを出た。シウの肩を抱いて進むので、シウも一緒だ。

 国軍兵の偉い人は、正式には辺境方面部隊のガルデア砦大隊長で大佐という役職らしかった。この基地は第三隊ということで、傍には第三隊隊長もいた。

「あの、オスカリウス辺境伯様、こちらのお方は」

「ああ……あー、なんといえば良いのか。助っ人だ。冒険者でもあり――」

 チラッとシウを見るので、歩きながらではあったがシウは彼等に挨拶した。

「冒険者で魔法使いの、シウ=アクィラです。微力ながらお手伝いに参りました」

 ぺこりと頭を下げて、そのまま彼等とは分かれた。

 シウにはまだやることがあるのだ。

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