362 虫追い煙玉と蜘蛛蜂の解体




 低層階の異常の原因は、中層の強い個体が低層階に流れ込んできたことだった。

 そのせいで順番に魔獣達が低層階へと追いやられてしまったらしい。

 階層の移動というのは普段ならあまりないことだが、ここの魔獣自身が強力な個体であることから、移動できてしまった。

 その大元の原因は、虫追いの煙玉を誤って使用したことだ。まだ迷宮に来て日の浅い冒険者がやったことだった。

 彼等には重いペナルティが施される。

「一歩間違えると迷宮内でスタンピードが起こったかもしれないので、仕方のない措置なんだよ」

 ラーシュがギルド員から事情を聞いてシウに教えてくれた。

「あ、そうか、魔獣のパニックだったわけか」

 階層跨ぎというのはようするにスタンピードを起こさせる要因だ。滅多にないのはそれだけ各階に強力な結界が張られているからで、どういう仕組みかはまだ分かっていないが、迷宮自体が繋がらない限りは移動できない。

 強力な虫追いの煙玉を使ったこともあまり褒められたことではないが、使い道を誤った上に逃げ道を塞いでなかったことはもっとよろしくない。

 人為的にスタンピードを起こさせたと疑われてもしようがなく、ペナルティと共に彼等には憲兵に寄る尋問が行われるそうだ。


 それにしても危険な話である。

「ここが上級者向けの危険な地下迷宮だっていうのがよく分かったよ」

「ほんとだね。僕も最初はびくびくしていたよ。慣れちゃって緊張感がなくなるのも良くないから、毎回気を引き締めてるんだけど」

「慣れって怖いよね。僕も気を付けようっと」

「シウさんは大丈夫だと思うんだけど」

 ふふふと笑った。

「このギルドには強力な結界を張れる魔法使いも常駐しているから、今まで何度かあったスタンピードも階層ごとで止めることができたみたいだよ」

「結界専門の人?」

「そう。結界師って言うんだって。軍にもいるから、交替で常駐してる。前に辺境伯様が、結界魔法の使い手を集めるのに苦労したって愚痴を零してたよ」

「きっと、あの手この手で集めたんだよ。キリク、やることが結構えげつないから」

 空間魔法の持ち主スヴェンを手に入れた方法を、シウはたぶんほぼ間違いなく知っている。女性側に無理やり感がないから良いようなものの、女性を餌に引き込むあたりがえげつない。

「そ、そんなこと言っていいの?」

 いいんだよと答えつつ、ラーシュが普段通りに話してくれてるので嬉しくなった。

 きっとシウに慣れてきたのだろう。

 指摘すると元に戻りそうだから、黙っていよう。


 夕方になってラーシュとは別れ、マカレナにまた領都へ送ってもらった。

 その道中、マカレナから、

「低層の救世主が、低層の管理者って呼ばれるようになったみたいよ」

 と、聞いた。ラーシュのことだ。

「あと、騎獣を連れた一発必中の少年というのも聞いたわよ」

「……そのまんまだね」

「ええとねえ、少年の皮を被った小人族の上級冒険者じゃないかとも言ってたわね」

「……あの人達か」

 マカレナが騎乗位置から振り返って、苦笑した。

「復讐しちゃダメよ?」

「しません」

 ぷんとそっぽを向いた。



 領都にあるオスカリウス家の屋敷へ到着して、少し遅くなったものの晩ご飯をリュカ達と摂った。

 2人は午前中ガラス工房に行って見学させてもらい、体験入門してガラス細工を作ってきたそうだ。その話を楽しそうにしてくれた。

 食後に、作ったものをシウも貰った。

 小さなガラスの容器と、失敗作の色とりどりのガラスを細かく割って貼り合わせた小さい額縁立てだ。容器は歪ながらも薄い水色をしていて味があった。こちらはソロルが作ったもので、額縁立てはまだ小さいリュカがガラスを作れないことから端材で作ったものだ。真ん中に絵を貼り付けて四隅をガラスで止めるのだが、その周辺の枠を小さなガラス達で囲んでいる。主張しすぎないように淡い色で出来ていた。

「どちらも素敵だねー」

 自分用にも作ったらしく、見せてもらったらそちらの方が歪だったりで失敗作だったようだ。良く出来た方を人に渡すあたり、2人とも優しい。

 午後は屋敷に併設されている獣舎で遊ばせてもらったそうだ。馬をブラッシングしたり、乗せてもらったとか。

「ソロルお兄ちゃんはこーんな大きいティグリスに乗ってたよ!」

「え、もう乗れるようになったの?」

「はい。あの、でも良い子だったので……」

「飛んだ?」

「はい! びっくりしましたけど、優しい子でゆっくり飛んでくれました」

「にゃ」

「え?」

 フェレスが尻尾でぱふんと叩いたので、ソロルはそちらを向いた。

「どうしたんでしょうか」

「にゃにゃ。にゃにゃにゃにゃ」

「えーとねえ」

 笑みを零しながら、シウは翻訳してあげた。

「ふぇれだって、ゆっくり飛べるもん! だって。今度乗せてくれるみたいだよ」

「え、そうなんですか?」

「他の子を褒めたから拗ねてるんだよ」

「えっ、あ、違います、よ? 俺はその、フェレス君が一番好きです!!」

「にゃ」

 当然だといった調子でツンとお澄まし顔になった。が、尻尾は正直でふらふらと揺れていた。


 明日の朝には出発するので、2人は早いうちにベッドへ入った。

 シウはいつも通りで、今日手に入れた魔獣の解体をしたり、素材を使えるようにと内職をする。

 同行していた冒険者達には変な目で見られたものの、蜘蛛蜂というのは現地に来ないと手に入らない貴重な魔獣なので、やはり持ってきて良かったと思う。

 神経毒を持つ大型の昆虫系魔獣だが、毒は専用の袋に入っているため解体は楽だ。毒も、麻酔や薬の原料になったりするのできちんと処理して空間庫に戻した。針も武器として加工できるため、置いておく。

 更に糸も回収してきたので処理しつつ巻きなおした。この糸こそ一番の目的で、非常に強度の高い特殊糸として有名だ。細いのに切れない、柔軟性のある超強度ナイロンといったところだろうか。

 同行者達が見てない部分で、どんどん蜘蛛の巣を空間庫へ放り込んでいたので、時折振り返って首を傾げる魔法使いもいたが、シウは自重せずに採ってきた。

 普通はこの糸を使って上位貴族の防護服にするそうだが、シウは違う使い方を考えている。

 糸をより合わせて絶対切れない命綱としても良いし、大物の魚を釣るための糸にだって合うだろう。使い道は沢山あって実験もしたいから、夢は広がる。

 服なんて、普通に綿糸で充分だと思うのだが、貴族と言うのは貴重な糸と聞けばそれを使って服を作るそうだ。前線に立つわけでもないのに、無駄に勿体ない話だった。

 蜘蛛蜂には羽もあるので、背中の収納された袋から羽を取り出す。蜘蛛の巣にいる時は羽を仕舞っているので、こうした形になっていた。

 羽はとても薄いガラス細工のようだ。しかし強度はあって、指先で弾いても壊れない。プラスチックの板のようなもので、柔らかくしなるのに絶対折れない。細かな幾何学模様の入った網目状の線が入っており、それが玉虫色をしていて光の反射で色とりどりに見える。網目状の間の透明な膜が、薄いプラスチックのようになっていた。

「扇子に良いかな。髪飾りっぽいかも。家の明かり取りの窓に貼っても綺麗かな?」

 浄化をして綺麗にしながら、まとめてしまって空間庫へ入れた。

 袋になった部分も何かに使えるかもしれないのでまとめてから収納し、最後に肉の塊を鑑定した。

「うーん、毒はないから食べられるんだろうけど」

 ウルバン=ロドリゲスの『魔獣魔物をおいしく食べる』では、筋が多すぎて食べにくいという感想が書かれてあった。他に記述がないところを見ると、美味しいわけでもなさそうだ。

 焼いて処理しようかとも思ったが、そういえば飛竜達はゲテモノでも食べられるようだから、明日あげてみようと思いついた。

 なので、こちらも全部をラップしてしまって空間庫に入れる。

 他にも、見付けた蜂の巣などから蜂蜜を採取したりしていたので、楽しく夜を過ごした。



 いつもの朝早い時間に目が覚めた。

 のんびりとストレッチをしていたら、屋敷が騒がしくなった。

 次いで、飛竜の出入りが多くなってきた。

 着替えてから顔を出すと、イェルドが指揮を執っている。

「シウ殿、お早いですね。騒がしくしてしまったようで申し訳ないです」

「いえ、いつも通りの時間ですから。それより、何かあったんですか?」

「こちらもいつものことです。魔獣のスタンピードが起こりました」

「え」

 本当に慣れた様子で次々と指示を出している。迷惑になるといけないので離れようとしたら、ふと気付いたような顔をして、イェルドがシウを手招きした。

「なんでしょう」

「……ちょっと、参加しませんか?」

「は?」

「魔獣スタンピードの討伐です。冒険者ギルドにもすでに依頼は出されておりますし、今からですと本隊として向かいますから、さほど危険でもないです。シウ殿にとってみれば二度目ですし、一番危険な初動対応を経験しているので大丈夫だと思われますが如何でしょうか」

 ちょっとそこまでお茶を飲みにと言った様子で、軽く聞かれてしまった。

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