369 指揮系統とそろばんとチョコレート




 夕方の全体報告で、討伐もほぼ収束に向かっていると知らされた。

 キリクも明日の朝には領都へ戻るということで、シウも付いていくことになった。

 最後まで残るのはスヴァルフで、全体の指揮を執る。国軍兵はそのスヴァルフの下に付くという形だ。

 何気なく聞いていたのだが、ふと気になって昼間の事を口にした。

「今日、ラーシュに会ったんだけど」

「おー、どうだった? 逞しくなってただろ」

「うん。でさ、以前に指導していた兵士で、ラーシュに向けて撃った人が懲罰部隊に配属されたらしいんだけど、その人と偶然ここで会ってしまったみたいで」

「あー、そんなことがあったなあ。もしかしてまた騒動か?」

「騒がしくて見に行ったら、そんなことになってた」

「しようがねえバカだな。で、どうなった? ラーシュは大丈夫なのか?」

 大丈夫かと聞いたのはスヴァルフにだった。

 交替してきて、これから晩ご飯を摂ったら仮眠するそうだ。

「大丈夫でしょうね。こちらに報告は上がってませんから」

「そうか。そのへんはレッシラか。いや、カナルだったか?」

「どちらも関係ありますからね」

 食事を摂りながら、スヴァルフはシウに説明してくれた。

「基本的にキリク様を頂点に、領軍があるんだ。我々竜騎士が王国で言うところの近衛兵に近いかな。他の領では違うが、うちは竜騎士の立場が上なのでね」

「そうなんだー」

 へえ、と頷いた。

「竜に乗らない騎士ももちろんいる。スパーロ隊長を頂点として、主に街中専門の指揮部隊というわけだ。訓練としてこちらへ来ることもあるが、対人戦が主になるから新人の訓練以外では滅多に来ないね。他に独立して騎獣隊もあるんだよ。後方支援部隊とは顔を合わせてるよね?」

「シーティーさんと、サーリさん達とは挨拶しました」

「うん、隊長と副隊長だね。で、領軍の要が歩兵部隊だ。この大隊長がレッシラというんだよ。会議で顔だけは見ているかも」

 鑑定では見かけなかったので、会っていない気がする。

 無意識に、全方位探索の検索にかけてみた。すぐに見つかったので感覚転移で見てみると、一般兵と似たような格好をして決戦場で魔獣を倒していた。すごい人だ。

「カナルは特務隊のまとめ役だ。一応サラが隊長なんだけど、キリク様の護衛で付くことが多いから実務はカナルがやっている。彼は魔法部隊の隊長でもあるから、忙しいんだよね。特務って、他にも小さな部隊の寄せ集めだから。となると、レッシラか」

「あいつ、今どこだ? さっきも見かけなかったが」

「……まさかまた現地ですかね」

「そんな気がする」

 その通りです。

 もちろん、言いはしないが。

「根っからの現場主義だからなー。となると、ルシダタあたりが仕切ってるかもしれん。後で聞いといてやろう」

「忙しかったら良いよ。話は落ち着いたみたいだし、国軍の方のデルス大尉? が独房に入れるとかって首根っこ掴んで運んでいたから」

「おう、そうか。それにしても厄介な兵士だな。堪え性もないようだし、誰が入隊させたんだか」

「調べさせましょうか?」

「……カナルに話を通しておけ。あそこでやるだろう」

「サラには?」

「やりすぎるから、サラはだめだ。あいつ、シウにもらった魔道具に興味津々で、今、護衛もしないで遊んでいるぞ。絶対に使おうとする」

「あー、それはまずいですね。じゃ、カナルで。あいつ過労で死ぬかもしれませんね」

 恐ろしい台詞を吐きつつ、スヴァルフははっはっは! と楽しげに笑う。そこは笑うところではないと思うのだが、キリクも同様に豪快な笑い声を発していた。

 やっぱり、オスカリウス領はおかしな人の集まりだ。

 シウは黙々と晩ご飯を平らげた。


 晩ご飯の後、寝るには早いので、シウは後方支援部隊を手伝うことにした。

 顔馴染みになった秘書官の女性に仕事を貰おうと、テントへ顔を出したら笑顔で迎えられた。

「いらっしゃい。もしかしてまたお手伝い?」

「はい」

「助かるわ。じゃあ、少しだけお願いしてもいいかしら。計算もできるのよね?」

 返事をすると、彼女はいそいそとシウを連れて別のテントへ向かった。

「在庫管理がおかしくなってきてるの。国軍兵にも補充しているから、ちょっと問題があってね。彼等の計算結果を確認してくれる? 事務方も疲れてきてるのか小さな失敗が多いのよね」

「分かりました」

 ここへきて初めて机上の仕事が回ってきた。

 シーカー魔法学院へ通っていることは話していたので、最低限の事務能力があると判断されたようだ。

 事務官からも疲れた顔で「手伝いが来た!」と喜ばれたので、張り切って参戦した。


 暗算もできるシウだが、どうせならとそろばんを出して書類の確認をしていった。

 計算機を作った方が早い気もしたが、たかだか計算するのに魔道具として作るのは費用対効果に合わない気もして悩む。

 うーん、と独り言を呟きながら、そろばんを弾いていたのだが、ふと周囲から音が消えたので顔を上げた。集中しすぎたのかなと思ったが、全員が手を止めてシウを見ていた。

「あ、ごめんなさい。独り言でてました? 邪魔してすみません」

「いやいやいや、違うよ、そうじゃなくて」

「それ、何?」

 指を差された。そろばんに向いて。

「……あ、計算用の、道具? です。ロワル王都で売ってるんだけど」

「え、そうなの? 見せて、それ」

「はい」

 ロワルでは商人達しか使っていないので、一般の、と言って良いのかどうか分からないが役人などは知らなかったのかもしれない。

「さっき、こうやってたけど」

「いや、こうだぞ。もしかして、これが1とか?」

「あっ、そうか」

 全員集まってきた。たぶん、疲れていて休憩もしたかったのだろう。どうせなら気分転換に完全に休んでしまった方が良いと思って、提案することにした。

「あの、良かったら一度休憩しませんか? その間に、これの使い方を説明します」

「……そうだなあ、そうだよなあ、そうしよう!」

「よっしゃ!」

 皆、吹っ切れたようだ。背伸びしたり、机に倒れ込んだりと様々で、よほど大変だったのだろう。

「珈琲煎れます。あと、おやつも。あ、仕事前に眠気覚まし用の飴もどうぞ。食べても眠くなりませんから」

 そう言うと、何故か無言で1人ずつ近寄ってきて、シウに握手していった。中には抱き着いて来たり、頭を撫でる人もいた。

 どうやらピークにあったようだ。可哀想に。


 珈琲と、疲れた頭に丁度良かろうとオレンジピールのチョコ掛けを出した。

 カカオは主にロキ国や、国境をまたいでフェデラル国にも少しだが生産地があって、今までは使い道が限定されていたためあまり出回っていなかった。

 というのも、元々は薬の原材料として使われていたからだ。

 ロキ国では飲み物にもしていたが、強壮剤といった意味合いが強く男性しか飲まなかった。フェデラルではココアのようにして飲むこともあるようだが、生産数が少ないことからもわざわざ飲む必要性を感じないらしく一般には知られていなかった。

 シウがロワルの市場で見つけたのも、薬の材料としてだ。

 これを発酵させて焙煎し、絞り機などで抽出したのがチョコレートで、精製した砂糖や生乳などを混ぜて作った。

 高級喫茶ステルラでもメニューに出していたが、それほど売れ筋商品ではなかった。

 色が悪いのと、あの濃い味に最初は違和感を覚えるようだ。

 薬っぽいと思うのも仕方ない。ただし、カフェのウェイトレス達には好評だったので、慣れたら違うのだと思う。

 そして、今ここにいる事務官達にとってみれば初めて食べる物だというのに、大変に喜ばれた。

 一種の興奮剤でもあるし、疲れた脳に甘い食べ物という組み合わせが良かったのだろう。

「美味しい! 酸っぱいのと甘いのと、変な組み合わせだと思ったのに」

「この、チョコレート? も黒い色だからびっくりしたけど、美味しいね」

「こってりして喉が変な感じもしたけど、濃厚さが逆に良いのかも」

 珈琲にも合うと、全部食べられてしまった。

「甘い物は脳に良いんだよ。特に事務官さん達は頭を使うからね。じゃあ、まだ飲みながらで良いから、そろばんの使い方を説明するので聞いててね」

 そう言うと、集中力が戻ってきたらしい事務官達が集まってきた。

 手には珈琲のカップを持ったままだ。

「これが、一の玉、二の玉となってて」

 シウが説明していると、真剣な表情で聞いている。全て説明が終わり、実践してみせたら、おおっと声が上がった。

「早く計算すると、こうなるんだよ」

 目の前で早めにそろばんを弾いていくとまたおおっと声が上がった。

「慣れると、今度は暗算できるんだ」

「あんざん?」

「脳内で計算できるようになること。訓練あるのみ、だけど」

 捨てる紙を見付けて、その裏に書き込んで行った。掛け算や割り算まで行うので、皆、驚いていた。

「これを早くできるようになれば、統計学も流行るだろうにね」

 計算が大変なので、敬遠されがちだ。財務担当官も大変らしいし。

「とにかく、こんな感じ。手で書いていくよりはましだから、覚えるまで大変だけど、良かったらどうぞ」

 そろばんを渡したら、全員に手を出されてしまった。

 仕方ないので魔法袋から次々と出して渡したら、1人が、苦笑しつつ受け取った。

「ごめんね! その代わり、相場より高く付けておくから! 講義代としてさ。いやー、便利だ。ありがとう」

 その後、休憩が終わったテントの中では、パチパチパチパチという音が一斉に響き渡った。通りがかった兵達が気味悪がって近付かなくなったのは、仕方のないことかもしれない。

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