137 優しい竜騎士と大蟻捕獲




 回復魔法の使い方が、そもそもザルだということに話が落ち着いた。

 そして、食べ物などに使うという発想もなかったそうだ。

「生活魔法に使うからこそ魔法の技術って発展していくものだと思ってました」

「子供に言われると耳が痛い……」

「あたしも。騎士学校で勉強してこなかったのが悔やまれるわ」

「同士よ」

「あら、同士ね」

 二人が固い握手を交わしていた。

「それにしても、魔力量を節約して使うかあ。じゃあ、さっきの極簡単な回復魔法も、さほど魔力量を使ってないってことか?」

「二十回使って魔力量一ぐらい? 本当に簡単すぎて、計算したこともないです」

「うわー」

「僕、魔力量が魔法使いとしては致命的に少ないんです。だから節約しないとやってけなくて。それで、いろいろ勉強したから、かもです」

「ふーん、そうかあ」

「あ、だから、そんな武器を持っているのね。キリク様が言ってたけれど、開発したのは君よね?」

 腰に下げた塊射機を指差してきた。

「はい。固有の攻撃魔法を持たない僕には、捕獲網だとか匂い玉、誘導光なんてものだけじゃあ、森の中で生きていけないんです。魔法学校でも攻撃力がないので授業にならないこともあって、それで友人と一緒に使うために考えたんです」

 すごいわねーと言いながら、リリアナは手に持った自分のパンに回復魔法をかけようとしていた。思案しつつ、うーんと唸りながらもなんとか成功し、ふかふかとなったパンを頬張る。

「あ、美味しいわ。火属性がないから冷たいままだけど、うん、美味しい。何よりも柔らかいのがいいわね。あのままだと、将来あたしの歯はボロボロになっていたわ」

 冗談にならないのが怖い。それほど堅焼パンは固いのだ。

「なあ、だけどさ、その弓矢みたいな、武器。危険すぎやしないか、その、子供が持つには」

 ランヴァルドが心配そうにチラチラと塊射機を見る。どちらかと言えば興味があるような視線だ。撃ちたいのかもしれない。

 シウは苦笑しつつ、頭を横に振った。

「安全対策にこそ、一番気を遣いましたから。これ、人間に当たっても死にませんよ」

「は?」

「まさかあ!」

「いえ、ホントです。一応、試射の時、自分自身にも撃ちましたし、撃ってもらいました」

「ばっ、バカか、お前!!」

 急にランヴァルドが立ちあがって怒り始めた。

「何考えてるんだ! 自分に撃つって、おま、お前はっ」

 言いながら、ちょっと冷静になってきたようだ。なにしろ、周囲からの視線が痛い。

「……ええと、すみません。ごめんなさい?」

「いや、その、俺も悪い。つい」

 頭をガリガリ掻いて、その場にどっかと座る。それからシウに半眼で睨みつけてきた。

「学者系か? とにかく、そういうのはダメだ。自分を、ひ、被験者にするなんて」

 難しい台詞をつっかえながら口にしたので、誰かからそういった話を聞いたのかもしれないと思った。

 それにしても、出会ったばかりの子供の心配をするなんて、良い人だなあと思う。

「……人は殺さない、そういう武器を作りたかったんです。でも、試すことなんて、できないでしょう? 僕は術式には絶対の自信はあったけれど、それが他人に向かうと考えたら自信なんて紙切れ一枚よりも軽く、吹き飛んでしまう。万が一があってはいけないから、それなら自分に向ければいいなと思っただけなんです。でも、命を粗末にする行為だったと思うし、軽々しく話す内容でもなかったですね。ごめんなさい」

「いや、その」

「やあねえ、どっちが大人なんだか」

 悪くなった空気を、リリアナが明るい声で排除してくれた。

 彼女はランヴァルドの肩をバンバンと叩いて、笑いながら、

「天才少年のやることは奇抜なのよ! この子のことはキリク様が見てるから、安心なさいな!」

 などと言って慰めていた。

 ランヴァルドはしかし、その台詞を聞いて頭を抱えてしまった。

「隻眼の英雄が後ろ盾なんて、そっちの方がやばくないか?」

 ということらしかった。


 その後、体を休ませている間にもう一度クリストフとクレールに連絡を入れた。

 ヒルデガルドにも通信を送ったのだが、受け取ったのはエドヴァルドだった。

「(あれ、ヒルデガルド先輩では?)」

「(休む間は使いたくないといって、僕に渡してきたんだ。使用者権限を解放していたから良かったよ)」

「(先生たちとは連絡とれましたか? 広場には先行部隊が着いたそうですけど)」

「(ああ、連絡が入っている。それを聞いてここの皆も落ち着いてきたよ。てきぱき役割分担して、頑張っている。わざわざ、ありがとう、シウ)」

 いいえ、と返事をして、通信を切った。

 クレールの方も状況が良くなっているようだ。彼等が一番遠い位置にいるため、救助隊は今日中には到着しないだろうことも連絡を受けているのに、皆が理解して冷静さを取り戻しているとか。しかも、低学年の生徒を優先的に助けてあげてほしいとまで言い出しているそうだから、変われば変わるものである。


 一時間、食事と仮眠で休憩をすませてから戦闘参加の用意をしていると、リリアナと交代の女性が岩場に降りてきた。

「また、出てきたみたい。お願いできる?」

「はい」

 マカレナという騎士が自身の飛竜へと案内する。

 途中、王都の竜騎士団から視線が飛んできたけれど、興味津々といった風なのがほとんどだったので会釈だけで通り過ぎた。

 ここへは第一隊だけが来ているそうだが、想像していたよりは騎士団もまともなのかなと、そんなことをシウは考えていた。



 昼を超え、乾燥した風が吹くようになった午後もまだ、魔獣との戦いは続いていた。

 大型の攻撃力を持った騎士たちが交互に炎撃や水撃を撃つと、その他の騎士たちが剣や弓矢などで残りを狩っていく。

 殲滅するには本隊の歩兵と共に行動しないと難しいので、今は噴出している魔獣たちの対応をするだけだった。

 そんな中、シウの捕獲網は有り難がられた。

 上空から投げ入れるだけで一網打尽にできる上、強酸の粒が網の中の魔獣たちを仕留めてくれる。大型種を殺すことはできないが、動きは格段に鈍くなるので、そこを叩けば簡単だ。動きの素早い魔獣たちを狩るにはとても良い道具だと、褒められた。

 特に飛竜乗りからすれば、上空からの攻撃に使えるというわけで。

 しかし、現地で突貫して作ったものだから、あっという間になくなってしまった。

「(キリク様、材料がないので捕獲網はもう作れないんですけど、強酸を詰めた爆弾なら作れそうです。それでいいなら、ちょっと時間もらってもいいですか?)」

「(おお、そうか。じゃ、頼む。あれ、ほんといいわ。上から落とすだけでいいからな! やっぱり楽にやるのが一番だ)」

「(ところで、休憩してないでしょう? 良い労働者の条件その一に違反してますよ)」

「(なんだそりゃ、聞いたことないぞ)」

「(人間が生きるために必要な三大要素は、睡眠、食欲、運動です。労働者は、働く、つまり運動しています。食べなければ動けませんので食べもします。あと、積極的にやらないといけないのは?)」

「(……くそっ、休めばいいんだろ!)」

「(指揮官が疲れていると、下の者は困るだけですよー)」

「(マカレナだな? 分かった、休もう)」

 通信を切って振り返ると、シウの声を聞いてたマカレナがグッと親指を立てた。こちらの世界でも良くやったという意味で使われる仕草だ。

「キリク様、体力あるからって無茶するんですよね。シウ君のおかげで、休憩時間もぎ取れました。ありがとね」

「いいえ」

 ポーションなどで魔力量や体力を強制的に復活させても、精神的な疲れというのはどうしたって蓄積する。特にこうした非日常の殺伐とした状況の中では疲弊も倍々に増えていくものだ。

 スヴァルフからも、なんとかならないかなーという愚痴のような通信が入っていたので、ついでにとばかりに言ってみた。

 皆、子供が言えば聞くだろうと、上空、飛竜の上で話し合っていたそうである。


 シウはフェレスに跨って飛び上がり、マカレナと飛竜の上で別れた。

 その足で、下方へ向かい、グランデフォルミーカの群れが集中している場所を目指す。

「フェレス、気を付けてね」

 注意を促しつつ、塊射機で自分たちを狙う魔獣を撃っていく。これはゴム弾を使用した。

 グランデフォルミーカの集団の真上に来ると、水をシャワーのように降らせてから感電させる。

 皮が丈夫で、強酸も持つ大きな蟻の魔獣だが、あっさりと麻痺して倒れてしまった。

 それらを普通の捕獲網で捕えていく。急いでまとめてから、長いロープを用意して上空に合図した。

 すぐにマカレナの飛竜が降りてきて、合わせるようにロープの端に付けた錘を投げる。

 阿吽の呼吸というのだろうか、一人と一頭は華麗な動きでそれを受け止め、すぐさま上空へと舞い上がった。

 シウたちもフェレスと共に急上昇して、彼等に近付く。

「(岩場へ運んでください)」

「(了解!)」

 大量のグランデフォルミーカを運ぶのはフェレスには無理だからと頼んだのだが、他の飛竜、特に騎士からは気味悪そうな顔をされてしまった。

 捕獲網でギュウギュウ詰めにされたグランデフォルミーカが殊の外、気持ち悪かったらしい。

 確かに、触覚や足が網の隙間から飛び出ているし、麻痺しつつも蠢いている姿は気持ちの良いものではない。

 が、これからその蟻を捌くのは自分なんだけどと、ちょっとうんざり思うシウだった。

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