138 尻袋で強酸爆弾
マカレナとは岩場で別れ、シウは麻痺したグランデフォルミーカを素早く解体していった。
面倒なので、今回は使うところだけを解体していく。もったいなから魔核だけはこっそり転移して頂いた。
そうして何十匹と解体していたら、竜騎士の数人が近付いてきた。
「手伝うことはありますか?」
礼儀正しい言葉づかいに振り返ると、王都の竜騎士団員だった。
「いいんですか? あの、休憩中ですよね?」
「ええ、はい。ですが、子供に働かせるのはどうかと」
「あ、もしかしてランヴァルドさんですか、ものすごく子供に優しい?」
と、冗談めかして言うと、彼等も笑った。
「班長もですが、うちの隊長も気にしていたので。いえ、それに、僕等も気になりますから」
本当は休憩中は休んでもらった方がいいのだが、せっかくの親切心だしと思って、シウは彼等に残った死骸の処分を頼んだ。
中に一人、火属性の魔法がレベル三もある隊員がいたので、豪快に焼いてくれるだろうと思った。
はたして、彼が一人で始末してくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それより、そっちは大丈夫ですか?」
シウの手元を、心配そうな顔と、興味津々な顔でそれぞれが見つめる。
「強酸なので扱いが難しいです。ここからは僕がやりますから、休んでてください。あ、疲れてないなら見ていてもいいですけど」
気になってしようがないようなので、そうとも付け加えた。
するとやはり三人がその場に残って見続けることになった。
どうせ人の目があるのは分かっていたから、魔法で一瞬に、ということはできない。それを承知で、作業を続けていた。
慎重に取り出した尻袋の穴から、まず中身を取り出す。これには岩場の窪みを利用した。浄化して綺麗にして、ついでにこっそりと酸に強いガラス繊維でコーティングを施す。
手にはガラス繊維で作った手袋をしている。
急ぎながらも丁寧に、尻袋から液体を抽出していき、それが終わると窪みの上に、剥いでいたグランデフォルミーカの皮を蓋代わりに置いた。何の弾みで誰かが落ちるか分からないからだ。強酸の海にドボンだなんて恐ろしくて想像したくない。
次に、尻袋へ空気を入れる。徐々に広げていくと、手のひらぐらいの大きさだったものが人の頭ほどまで広がった。穴を一旦、スライムで作ったラップで塞いでおく。
更に先ほど燃やしたグランデフォルミーカの灰から、アルカリ成分だけを抽出する。
本当はこっそりと空間庫に保管している強アルカリ性物質を固めたものも使うつもりだが、見られているので後でバレないための措置だ。
このアルカリ物質は、本当は石鹸を作ろうかと思って、前世の記憶を頼りに試行錯誤して作ったものだ。塩水からも作れることは知っていたが、超強力な強アルカリ性として前世では劇物指定だったことを思い出してから、作るのは止めた。
と言いつつも、ある程度の強アルカリ物質は作ってしまっているので、処分に困っていたこともあり使うことにした。
他の魔獣には強酸が効くけれど、さすがにグランデフォルミーカはそれだけで死んだりはしない。
そもそも、酸とアルカリならばアルカリの方が人間には怖いそうだが、魔獣でも同じだろうか。
ふと、疑問に思って、少し離れたクレーターの中の魔獣に鑑定を掛けてみた。詳細なものだから、つらつらとどうでも良い情報までが流れ込んでくる。
獣と名が付くだけあって、おおむね、動物と同じ組成ということが分かった。つまりはたんぱく質も含まれている。
ところでこの鑑定結果について、シウは「表示」だと考えてそう脳内でも処理しているが、正確にはそんなようなものという情報が流れ込んでくるだけである。つまり文字として考えているのはシウ自身であって、よく分からない部分はもやもやっとしていて「たぶんこんな感じ?」状態だから、文字に置き換えられていない。前世や今世で学者レベルの勉強をしていたなら分かったかもしれないが、所詮は素人のレベル。もやもやっとした内容が脳内に飛び込んでくるたびにシウは自分の知識のなさを感じた。
知識と考えて、そういえばと思い出す。風属性魔法など使わずとも、強アルカリ物質に水をかけたら爆発するのではないだろうか。更に、もしかしなくてもアルカリだ劇物だと言っているが、この世界では些細なことじゃないだろうかとも。
なんといっても、魔法ひとつで地形が変わり、人も魔獣も吹っ飛ぶのだ。
ちまちま作っているのが少し虚しく感じてきた。が。
「……ま、いっか」
薬師や魔術師のようなものだ。魔獣対策の道具を作っていると思えばいい。
そうして幾つかの作業を続け、乳鉢で材料をすり合わせてボール状の強酸爆弾を作り上げた。
作ってみて改めて、魔法使いの方が断然楽だなと思った。
薬師や魔術師というのは相当に知識がないと無理である。
シウは前世の記憶があり、かつ本の虫だったからズルして知識を得ていたが、一から勉強している人には頭が下がる。
今は考えまいと頭を振って、出来上がったものを紐状のもので縛ろうと立ち上がった。
「あ、できましたか?」
「……ああ、すみません、いましたね」
忘れていたことを謝ったら、苦笑された。
「いえ。ものすごい集中力ですね。びっくりしました」
物は良いようだ。騎士はやはり優しい人が多いらしい。
「集中すると夢中になって。いるのは分かっていたのに、景色になってました」
実際、彼等の気配はずっと全方位探索の結果として見えていたのに、あまりに静かに見ていてくれたものだからすっかり背景と化していた。
「ええと、あとは紐で縛りたいので、ちょっとそこの森まで入って取ってきます」
「え? 森に?」
「はい、この森には蔓を紐として使えるものが多いので。すぐですから」
そう言って寝ていたフェレスを呼ぶ。
「にゃにゃー」
暇でつまらないからと寝ていたフェレスは、飛び上がって嬉しそうにシウの横へ飛んできた。
「にゃ!」
さあ乗れ、と前かがみになって促すので、笑って飛び乗る。
「そのへんのものには触らないでくださいね。とても危険です。もし触ったらすぐ連絡してください。処置しないといけませんから」
と脅してから、飛び上がった。
「すぐに戻ってきます」
そう言って、森へと向かった。
森に入るとすぐさま隠蔽を行って転移し、目当ての蔓を魔法でさっさと取り、ぐるぐると巻いてから、今度は転移せず、そのままフェレスに飛んでもらう。
時間も稼がないといけないので調整が案外難しい。
そうして二十分もせずに元の岩場へと戻った。
探知したままだったので、誰も爆弾に触っていないことは分かっていたから、またその場に座って蔓の加工を行う。
水を通して火で乾かす行程を急いで何度も素早く行い、柔らかくしなやかになったところで、ナイフで切っていく。
それを使って強酸爆弾が入った尻袋を落ちないようにくくりつけていく。片方は長く伸ばして、だ。
「さてと。すみません、じゃあこれを運んでもらえますか? くれぐれも気を付けてくださいね。落とすと大変なことになりますから」
人の手の高さから落としても大丈夫なようには作っているし、尻袋もさほど弱いわけではないのだが、気軽に扱ってほしくなくてまたしても脅す。
騎士たちは、おっかなびっくりで、強酸爆弾を運んでくれた。
風魔法で運んでも良いのだが、怖さを本人たちや周りにも分かってもらうため、敢えて運んでもらうことにした。
案の定、あまりにへっぴり腰で運ぶものだから、休憩中の集団が目を丸くしている。
休んでいる中にはキリクもいて、シウは彼を鑑定して、もう充分疲れがとれていることを確認した。
「ちょっと、いいですか?」
「おう。すぐ行く」
岩場から立ち上がり、ひょいひょいと岩と岩の上を飛びながら近付いてきた。
「できました。ただ、かなり強力なので、人間が使うにも気を付けてもらわないといけません」
「そりゃ、そうだろうな」
「試しに、小さいのを作ったので、使ってみます。よく見ていてくださいね。皆さんも見ててください」
ポーションサイズのガラス瓶に入れたものを手に持ち、休憩している騎士たちが見えるよう高く掲げた。
それから、全方位探索で何もいないことを確認していた場所に、投げる。
「耳を塞いでください」
岩場だと危険なので、森に近い地面がむき出しの場所を選んだのが、ガラス瓶が落ちたと同時に大きな爆発が起こり、強烈な臭いと煙が噴き出した。
「うわっ」
刺激臭も漂って来ていたが、シウが風魔法で一気に吹き飛ばす。
「狭い場所では使用禁止です。これ、毒だと思ってください。強酸であり、その反対の機能もありますから、大抵の生き物が溶けます。ついでに爆発します。水も禁止です。水に触れると更に大きな爆発を起こして、自分たちがまきこまれますから要注意です」
「お、おおう」
運んでくれた竜騎士たちが、思わずといった様子で数歩後退った。
「できれば、使った後に風属性魔法で空気を一掃した方がいいです。特にクレーター、じゃなかった、あの窪みの中だと空気が滞留しやすいので、降りて攻撃をするタイプの騎士が危険です。直後の匂いや煙だけでも体調を壊すので、充分気を付けてください。休憩時には簡易な回復魔法やポーションよりは、より上の回復か、あるいは治癒でお願いします」
「……なんつうものを、作ったんだよ……」
「その代わり、大型攻撃魔法に匹敵する爆弾ですよ」
少なくとも、炎撃魔法のレベル四には匹敵すると思う。毒や酸が入っている分、こちらの方が始末に負えないかもしれないが。
何にしろ、これで大きな攻撃方法が手に入った。
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