139 ゴム手袋と爆弾投下




 キリクは見張り以外の飛竜隊を全て呼び寄せて、全体打ち合わせを始めた。

 強酸の使い方も含めて、今後の戦い方を確認するためだ。

「かなり強力な攻撃力となるが、その分、危険だ。こうして紐をくくりつけてあるから、比較的簡単に投げ捨てやすい。落としたらすぐさま離脱だ。これを交互に、場所を変えて行う。風属性魔法がレベル三以上あるやつは申告してくれ。チームに必ず一人入れる。爆撃後の匂いと煙を、仲間のいない上空へと流してくれ。一気に爆弾を落とした後、すぐさま中接近戦型の竜騎士を下ろす。遠見魔法の者が確認して、強い個体、残った個体を倒していけ。暫くしたら、また穴から出てくるだろうから、同じように繰り返すぞ。上手くいけば、少し時間が稼げる。本隊が到着するまでに少しでも体力を温存しておきたいからな。分かったか?」

「はい!」

 爆弾はかなりの数を作った。保管する場所に保護コーティングを施し、また騎士に渡す従者などのために、シウは手袋を作ることにした。

 全体説明の後、王都の竜騎士団団長が従者を従えて保管場所まで来たので、そのことを説明する。

「それは助かる。いや、先ほどの説明を聞いて、戦に慣れた兵でもあるのに、尻込みしていてな」

 苦笑して振り返ると、従卒兵たちが困惑して視線を俯けた。

 そりゃそうだよなあと思う。シウだって弾けたものが飛んできたら、怖い。

「あの、一応脅しましたが、これぐらいの高さから落ちたぐらいじゃ破けませんから」

 と、シウは自分の頭ぐらいで手のひらを振った。

「それでも怖いでしょうから、念のために防護用の手袋を使います。ただし、それぞれに合ったものを使わないと滑ってしまいますから、一人ずつ前に出てきてくれますか?」

 さすがに少年といった年齢の者はいなかったが、まだ若い青年たちが戸惑いつつ目の前に並んでくれた。

 どういうわけか、団長もシウの横に立って興味津々で見ている。竜騎士たちは基本的に何にでも興味を持つものかもしれないと思った。


 シウは背負い袋を下ろして、中から粉の入った袋を取り出した。

「それはなんだね?」

 団長の質問はきっと、怖がる従卒兵のためでもあるのだろうと、その時気付いた。

「手袋の材料となるものを粉末状にしたものです。持ち運びに便利ですからこうして、乾燥させてます。ええと、ゴムとスライムと、他は秘密ですけど特に変なものは入ってませんよ」

 そう言って、用意してもらった深い桶に粉を入れ、そこに水属性魔法で水を溜める。

 掻き混ぜるのは風属性魔法。

 と、一々説明しながら、団長と、いつの間にか輪になって覗きに来た従卒兵たちに見せる。

「よし、これぐらいかな。では、これからは時間との勝負です。急いで順番に手を突っ込んでいってください」

「え」

「急いで!」

 と急かすと、団長が自ら手を入れた。後ろで従卒が「だ、団長!」と叫んでいたが、彼は爽やかに笑う。

「それでどうしたらいいのかね」

「五秒ぐらい数えて手を出してください。もういいです」

「よし」

「出したら、僕の前へ。《硬化》」

 久々に口に出しての詠唱となった。さすがに恥ずかしいとは言ってられない。

「《乾燥》《洗浄》《軟化》」

 と続けざまに言うと、手にまとわりついていたものがゴム手袋になった。

「もう外していいですよ。じゃ、次々とお願いします」

 後ろに声を掛けると、今度は誰も躊躇しなかった。団長がやったのだからと率先して手を突っ込んでいく。

 シウも次々とゴム手袋を作っていった。

 全員分を作り終わると、桶の中はもう柔らかく硬化し始めていた。それを一気に焼却処分する。

「……すごいものだ、これは」

 手袋をしたままグーパーをしている団長に、シウは苦笑しつつもお礼を言った。

「ありがとうございます」

「うん?」

「率先してくれて」

「……いやいや。こちらこそ。君が大丈夫だと言ったのだから大丈夫なんだと、キリク殿が仰っていたのだが。気の小さい従卒が騒いでしまってね。助かったよ」

 彼は目尻に皺を作って笑みをこぼし、それから慌てて姿勢を正した。

「挨拶するのを忘れていたようだ。わたしは、アウグスト=オークランス。竜騎士団の団長をしている。キリク殿とは騎士学校で学んだこともある仲だ。ま、酒飲み友達といった程度だが」

 なかなか彼も豪快な男のようだった。シウも挨拶を返し、従卒たちにも簡単に名乗った。

 従卒兵の中でリーダーとなる人には、万が一の時には飲ませるか振りかけるかしてくださいと、上級ポーションをひとつ渡した。

「え、いや、しかし、こんな貴重なものをいただくわけには!」

 慌てる彼等に、

「自作なのでそれほど材料代はかかってないです。それに、貸すだけですよー。使わなかったら返してください。なんちゃって」

 と笑って冗談風に言ってみたら、真剣な顔で頷かれた。

「もちろん、お返しします! こんな貴重なものを持ったままいられません……」

 しかし、冗談は通じないようだった。

「あの、それ、今は使わなかったとしても、他の誰かが死にかけていたら使ってくださいね?」

「いえ、ですが」

「薬は使うためにあるんです。死んだら、もう終わりなんですよ」

「……はい、はい。あの、ありがとうございます!!」

 なんだかどこまでも真面目な人だった。



 シウも上空から補助に向かおうとフェレスに乗って、最初の爆弾が爆発するのを見守った。

 皆、さすが一流の騎士たちで、キリクの作戦通りに動いていた。

 ただ、他のチームも最初だからということで見下ろしていたのだが、そのあまりの衝撃にぽかんとしていた。

 戦場ではそうそう大きな攻撃魔法を打ち込む場面はないそうなので、見る機会がない騎士もいたのだろう。

 シウはそのまま、一撃離脱をする飛竜の攻撃を見ていたのだが、途中である通信が入ったことで状況が変わることになった。

 通信は、エドヴァルドからだった。


 話を聞いて、シウはすぐさまキリクに通信を入れた。

「(作戦中にすみません、シウです)」

「(どうした? 今のところ問題はないぞ。むしろ、すごい。時間稼ぎができるから、余裕もできるし)」

「(至急案件です)」

「(……分かった。何があった?)」

「(生徒たちの集団避難場所とは別に三か所、離れて避難している小集団があると話しましたよね? そのうちのひとつから、女子生徒が抜け出したようなんです)」

「(なんだと!? 何故そんな危険な、いや、女子がいたのか? まさか)」

 こういった場において、女子がどのような目に遭うのか、想像したのかもしれない。

 が、エドヴァルド先輩の名誉のためにも、また彼女のためにもそこは否定した。

「(何もないようにと、隔離して守っていたそうです。ですが、それが徒となったようで、見張りの一人を殴って昏倒させ、隙をついて逃げたとか。少々問題のある生徒だったので、やけになっているかもしれません)」

「(……心当たりがあるのか)」

「(あー、すみません。勝手な行動をしたので、ちょっと、いえ割とはっきり、注意しました)」

 少し、通信が途絶えた。

 そうして再開した時。

「(……っく、いや、そうか。分かった。つまりあれだ。癇癪を起こしてるってわけだな?)」

「(笑ってます? 笑いごとじゃないんですけど。でもまあ、怒ってるかどうかは分かりませんけど、僕の注意が届いてなかったってことですね)」

「(まあまあ。子供のやることだからなあ。と言っても、常識知らずなお嬢さんだ。どうせ貴族だろう?)」

 聞いて驚けと、少々意地悪い思いをしながら、彼女の名を告げた。

「(ヒルデガルド=カサンドラ、カサンドラ公爵の第一子です。ちなみに十五歳で、すでに子爵位をお父上から戴いているようですよ。まだ王からは正式な授爵式を受けていないようですが)」

 通信の向こうで絶句するのが分かった。

 色々な意味で、驚いたのだろう。

 やがて、溜息のような、困ったような大きな息遣いの聞こえる声で、通信が入った。

「(……すぐさま、そのじゃじゃ馬お姫様を捕まえに行ってくれるか? そのつもりだったろうが、俺が命じたことにすれば、まだ、なあ)」

 遠見でキリクの乗った飛竜を見ると、ルーナの上で髪の毛を掻き毟るキリクが見えた。

「(面倒なことをしてくれるぜ。あー、くそっ。よし、更にシウには権限を与えよう!)」

 訝しみながらも、何をと問い返すと。

 彼からは清々しい笑み交じりの答えが飛んできた。

「(引っ叩いてこい! 俺が許す! どうだ、小生意気な女の頬を叩ける権利。素晴らしいぞ!)」

 あ、だめだ、この人。

 壊れかけたキリクに、シウは苦笑しつつ応えた。

「(良い大人が、いたいけな少年に変な性癖を押し付けないでください。とにかく、探しに行ってきます。こちらの状況が変われば連絡ください。フェレスなら戻って来れますから)」

「(……性癖て)」

「(キリク様、しっかり! じゃ、僕は離脱しますので)」

 そう言って、まだ呆然としているキリクを置いて、その場を後にしたのだった。

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