171 王族の魔法事情と酔っ払い

01171 王族の魔法事情と酔っ払い



 王女や王子たちから料理のこと、また魔獣スタンピードについて質問され、魔獣発生地点対策本部にて作った料理のことなどを中心に語って聞かせた。

 その際に、遠征などでの軍の食糧事情についても事前の説明が必要だったから、事細かに描写してあげた。

 ジークヴァルドは興味津々だったが、レオンハルトとアレクサンドラは顔を歪ませている。カルロッテはあまり表情を変えなかったが、堅焼パンをふっくらさせるのに魔法を使ったという話のところでは目を輝かせていた。

「あの、そういった生活に根差した魔法というものが、庶民の間では使われているのですか?」

 ずっと黙っていたのに質問してきたのも、そこだった。

「魔力量の問題で、意外と皆さん魔法は使いませんね。僕は、魔法使いなのに魔力量が少ないので、いろいろ工夫して使うようになったんです。だから、こうした生活魔法も頻繁に使ったりします」

「そうなんですか」

「生活魔法と言えば、浄化が有名ですけれど、これを使えると貴族のお屋敷で働けるということで庶民には人気がありますよ。あと火属性でお風呂を沸かす、なども便利だそうです」

「そうね。わたくしたちの身の回りでも役立ててくれているわ」

「僕が姉のように慕っている女性も、魔力量は少なかったですけど、節約法を教えたら使えるようになりました。料理でも安定して火を使えるようになったと言ってましたね。お風呂も高温でなければ温めることができるようになりました」

「……すごいわ。そんなことができるようになるなんて」

 と、羨ましそうにカルロッテが言うので、シウは何気なく返してしまった。

「カルロッテ様も使えるでしょう?」

 と。

 途端に、周囲から笑顔が消えてしまった。

 すごかったのは、アレクサンドラがすぐさま笑顔になって控えていたお付きの者を人払いしたことだ。

 シウが唖然としていたら、アレクサンドラが、小声でにこやかに話しかけてきた。

「王族の女性は、魔法は使わないのよ? ご存知なかったかしら」

「え、そうなんですか? ……勿体無い」

 思わず口にして、ぱくっと閉じた。

 賢い女性のようだから、ばれませんようにと願いつつアレクサンドラを見ていると、ふうと苦笑顔で溜息を吐かれてしまった。


 アレクサンドラは俯いているカルロッテの腕をそっと撫でた。

「今のはカルロッテが悪いわね。不用意なことを口にしてしまったのだもの。シウ殿が王族のことなど知らないのは当然ですし」

「内緒の事ではないんですね?」

「ええ、もちろん。公然の事よ。……我々王族はね、王族という役割をこなさなければならないの。貴族には舐められてはいけない。民からは敬われ、憧れられなくてはならないの。そのためにも優雅でなくてはならない」

「ああ、つまり、自分で自分のことをやってしまうのは、無粋というものなんですね」

「まあ!」

 言葉を変えて言うと、アレクサンドラは面白そうに笑ってくれた。

「そうね。そうよ。だから、自ら魔法を使って何かするというのは、はしたないことだと教えられて育つの。ですから水晶による鑑定もしていないわ。もっとも、能力がないと言われるのを恐れてのことだったのでしょうね、始まりは」

「貴族の方が、ご不浄専用の人を雇っているって話も、そういうところから来てるんですね」

「まあ。あなたって面白い」

 トイレの話は良くなかったようだ。ちょっと睨まれてしまった。

「……でも、勿体無いですよね。使えるのに、使わないのは。僕みたいに魔力量が少ない者からしたら、羨ましい話です」

「勿体無いことをするのが、王族であり貴族なのよ。そうは言っても、王位継承が低い男性は、将来を見据えて立ち回らなければなりませんからね。レオンハルトは学院へ、ジークヴァルドも騎士学校へと通っているのよ」

「アレクサンドラ様は通わなかったのですか?」

「通ったわよ。もう卒業してしまったの」

 と平然と口にした。それから、お茶目に笑う。

「もう二十歳なのに、行き遅れているのは王位継承が第二位だからよ。第一位のハンス兄様にまだお子様が生まれないから、降嫁先が決まらないの。万が一のことを考えて婿に迎える可能性も視野に入れなくてはならないのよ。王族って大変なの」

「ですね。ええと、お疲れ様です」

「まあ。あなた、やっぱり面白いわね」

 話が変わったことで、先ほどの雰囲気は霧散した。

 けれど、カルロッテが思いつめた目をしていたのが、シウは最後まで気になった。



 ジークヴァルドに連れられて、広間へ戻るとすぐにデジレと行き合った。

「ああ、こちらにいらっしゃったんです、か」

 言いながら気付いたようで、慌てて居住まいを正し、最敬礼をした。

 ジークヴァルドは、いいよいいよと手を振って、じゃあまたねと言って離れて行った。デジレの対応を見て気を遣ってくれたのだろう。

 従者が緊張して遠慮するのは目に見えているし、子犬のように見えるが彼も立派な王族だった。

「ごめんね。なんか、知り合いになっちゃって。あちこち歩き回っていたら、ここに戻ってこれなくなってたんだ」

「いえ、まあ、大丈夫だったならいいんです。でも、はぁ、すごいですねえ」

 王族の方と知り合いになるなんて、ということらしいが、偶然だったのでどうしようもない。

 シウは笑って誤魔化し、キリクの元へと向かった。


 宴もたけなわを過ぎ、そろそろ引き上げても良い頃合いらしい。

 その為デジレはシウを探していたようだ。

 イェルドには後で怒られた。

 会場のどこかで見付けられるだろうと思っていたのに、まさか女性のいるサロンで喋っていたとは、と。

 子供だから許されるのであって、男性は本来入ってはいけない場所らしい。

 成人したレオンハルトとジークヴァルドが許されていたのも、もっとも高貴な男性だからだ。

 それとて、結婚前の娘が出入りしていなかったから良かったようなもので、もし未婚女性がいたら、アプローチが凄かったに違いない。

 子犬のようなジークヴァルドにも女性が群がるのかと思ったら、想像しただけで吹き出してしまった。

 怒られている最中だったので、イェルドには更に追加で怒られてしまったが。

 その後、客間で泊まっても良いというメイドの説明を丁寧に辞退し、キリクと共に馬車で帰った。


 馬車から振り返ると、王城はまだ光と騒ぎに包まれており、どこかネオン街を思わせた。

 妙に懐かしい気持ちがして、微笑む。

 前世のあのネオンとは違うのに、どうしてだろう。

 ついさっきまであそこにいたからだろうか。

 不思議な感覚だった。

 そうだ、まるで、移動遊園地を見た時のような気持ち。

「非日常だったんだなあ、やっぱりあそこは」

 遊園地から帰る道すがら、なのだ、今は。

「どうした? なに、にやけてるんだ。楽しかったのか? 俺はもう疲れたぞ」

 半分酔っ払いのキリクが愚痴を零していた。

 お疲れサラリーマンみたいで憐れんでしまう。

「社交界も大変だね」

「そうだぞ。分かってくれるか? 本当に、大変なんだ。あー、もう二度と行かない」

「……よしよし」

 頭を撫でたら、ひょいと片方の視線が飛んできたが、キリクは何も言わずにずるずると座席から滑り落ち、半分尻を引っ掛けたところで止まった。

「また、お行儀の悪いことを。キリク様、いい加減になさいませ」

「るせー。ここは俺の馬車だ。何やってもいいんだー」

「あ、酔っ払いですね」

「本当に。酒量をそろそろ理解してほしいところです」

「飲まされるんじゃないんですか?」

「辺境伯ともなりますと、無理に勧められたりはしません。どうせ調子に乗って飲み比べでもなさったのでしょう。紳士サロンというものもございますからね」

 と、イェルドは冷たい言葉を吐いたのだった。


 遅くなったので泊まっていくようオスカリウス家の人々に勧められ、スタン爺さんに連絡を入れてから休むことにした。

 キリクは到着するや否や潰れきってしまい、家人に運ばれて部屋へと行ってしまった。

 ああいう姿を見ると酒もほどほどにすべきだなと思う。

 前世ではお酒が合わずに、また体が弱かったこともあって飲んだことはほとんどなかったが、こちらでは成人すれば一度ぐらい飲んでみたいものだ。

 部屋に入ると、フェレスが待っていた。

 誰かが気遣ってくれたのか、シウ用の部屋を用意してくれた上に成獣となったフェレスまで連れてきてくれるとはと、感謝した。

「にゃにゃにゃにゃーにゃ!」

 寂しかったどこ行ってたのひどい! と言われてしまった。

「ごめんごめん。パーティーだって。嫌だったけど我慢して行ったんだよ。フェレスが絶対嫌なところだから、可哀想で連れて行かなかったんだよ」

「……にゃ」

 そうなの、と納得したくないけれど納得しなきゃいけないみたいな、複雑な顔をする。

 可愛くて顔中を撫でた。

「みぎゃ? ぎゃぅ」

「え、臭い? あ、香水とか、白粉の匂いかな? フェレス、女性の香水の匂い嫌いだもんね。なんでだろ。強いから?」

「み」

 つんとそっぽを向かれた。臭いらしい。

 シウは慌てて普通の浄化ではなく《洗浄消臭》という強力なものを使った。

 途端にフェレスの機嫌が良くなった。本当はお風呂に入りたいが、仕方ない。諦めてフェレスと一緒にベッドへ入ったのだった。










**********

「魔法使いで引きこもり?」四巻は大体このあたりまでとなります。

書籍版には割愛していたエピソードを追加したり、書籍版だからこその改稿もしています。

よろしければ、書籍版もよろしくお願いいたします。







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