172 気付け薬と恩賞と
翌日は午前中が休みだったのでゆっくりと過ごした。
オスカリウス家の人が引き留めたのもあって、学校へ行く直前まで屋敷で過ごした。
と言っても、主にデジレとフェレスの二人と一頭で屋敷内をあちこち探検していただけだが、意外に面白かった。
フェレスが連れて行こうとする抜け穴だとかは、この家の騎獣たちの仕業だったりして、仲良くなったのがよく分かる。
デジレも、穴場スポットとして、貴族から贈られてくる不用品入れと称する部屋での遊びを教えてくれた。
この中のものは壊しても良いそうだ。
ただし、外に持ち出すとバレるので、この部屋の中でだけ遊ぶようにと言われているらしい。下働きの者たちも、ストレス発散したい場合はここにきて、物を投げつけて鬱憤を晴らすとか。ただ、この屋敷で働いているとさほどストレスにはならないようなので、滅多にないとも教えてもらった。
家主は、昼になっても起きてこなかった。
イェルドはいつも通りの時間に起きて、いつも通りに朝からキチンとしていたのに。
昼ご飯をいただいてから屋敷を出る際に挨拶へ伺うと、イェルドが補佐官として書類整理をしていた。
「まあ、あなたほどとは言いませんが、もう少し常識を持ってほしいですね、我が主には」
と溜息を吐いて、その主が寝ているであろう寝室に視線を向けていた。
シウはソッとイェルドの机の上に、酔い止めの薬を置いた。
「酔いには一発で利きます。それとこちらは」
もうひとつ、毒々しい赤い油紙に包んだものを置く。
「眠れなくなるほどしゃっきりします。気付けとしてどうぞ。馬車馬のように働かねばならない時の、必需品です」
半分冗談のつもりだったが、イェルドは目を見開いて「素晴らしい!」と言ってすぐ、懐に取り込んでいた。
やっぱり使うのだろうかと思ったがそれには触れず、挨拶をして辞したのだった。
学校に行けばすぐ授業が始まり、終わってからも移動などで時間が取れず、結局二つ目の講義が終わってから皆に半ば強制的に教室へ連れて行かれた。彼等の目当ては祝賀会の話だ。
担任のマットからして目を輝かせているので、断れない。
なので、微に入り細に、説明した。
さすがに王族と個人的な会話をしたなんて話はしなかった。
とにかく食べ物が美味しかっただとか、ダンスはやっぱり苦手で逃げ回っていたなどと、庶民らしい目線での報告だ。
それでも、アルゲオの父親と挨拶したと言えば驚かれるし、国王から直接お言葉を賜ったなどというのは夢のような話らしく、貴族の子弟とはいえ皆が楽しそうに話を聞いていた。
数少ない女子は、淑女たちのドレスはどんなだったかと聞いて来たり、ダンスはどのようなスタイルが流行っているのかなどに興味を持っていた。
また、メイドの質はどうだとか、そういったことも気にしていた。職場としては王城も捨てがたいのだろう。魔法学校を出ていて、かつ、下位貴族の娘ならば優先的に雇ってもらえそうだが、人気職らしいのでライバルも多いのかもしれない。
男子も職場として考える者が多く、人脈を作れたかと聞いてくる子が多かった。
シウが、ほとんど代わりに挨拶してもらったと言ったら、とても残念そうだった。いや、残念な子を見るような目で見られてしまった。
リグドールなどは、
「シウは冒険者としてやっていけるんだから、働き口を探すような真似はしなくていいんだよ」
と言っていた。
それでも、人脈を作ろうとするのは貴族の性らしく、また良い話あったら教えてね、で説明会は終わった。
季節は真夏へと向かっていた。
風薫る月の三週目の最後の休み二日も、シウは冒険者ギルドの仕事をしていた。
一日は王都内で十級ランクのものを。
もう一日は指名依頼で森へ行った。以前から薬草採取を受けていたが評判が良いそうで、指名になったそうだ。本当は七級から八級ランクの仕事になるのだが上の判断で了承されたそうだ。
「魔獣のスタンピード発生地点を正確に見付けたばかりか、竜騎士隊が到着するまで押し留めていたという功績を考えると、とても無理とは言えないわね」
ということらしい。
森へ採取に行きつつ、どうしても時間が余るのでそうした時はロワイエ山まで転移して自分用の採取をする。
ついでに火竜のハーレムを確認したり、少し離れているがコルとエルの様子を見に転移したりと時間を潰し、王都へ戻った。
冒険者ギルドで採取した薬草を受け取ってもらうと、買取担当のモニカがちょっと待ってとシウを引き留めた。
「シウ君、本部長が来てほしいって言ってるの。いいかしら?」
「あ、はい」
なんだろうと思いつつ、ギルド長室に向かうと。
「あれ、キリク様」
「よう! 勤労少年」
片目だからか余計に目立つのだが、爛々としている。
もしかしてと思って、後ろに立つイェルドを見たら、ソッと目を逸らした。
あの薬を早速使ったんだな。それも主に。
笑い出しそうになりつつ、サニウがソファを勧めてくれたので、遠慮なく座った。
「幾つか話があるんだよ。そうだね、小さい方から、始めようか」
その言い方からして、嫌な話もありそうだ。
シウが頷くと、サニウは書類を見せながら話し始めた。
「護衛料として、冒険者ギルド経由で君に入金がされている。確認してくれたまえ」
「え?」
慌てて見てみると、つらつらっと貴族の名前が連なっている。
中にはクラスメイトの家名もあったが、知らない人のものまである。
「ええと?」
「避難の際に助けられたからと、そのお礼の仕方を相談し合った結果、こうなったようだね。君に人脈や物を贈るのは躊躇われたようだ。なにしろ、勲章を断る子供だからね」
「……はあ」
「断られないようにするには、何がいいか、知恵を絞った一人の貴族が、こうしたらいいのではと話を広めて、乗ったのだろうと思う。本日一斉に入金依頼が舞い込んで、昼間はその処理で大変だったんだよ」
それはどう答えたら良いんだろう。
「ご愁傷様です?」
と妙な言葉になってしまった。サニウは苦笑しただけだった。
「ええと、これは、受け取り拒否は」
「無理だよ。正式に護衛料として受け取っているのでね。というか受け取ってくれたまえ。これ以上の煩雑な手続きはしたくないのが本音だからね」
思い出したのか溜息を吐かれてしまった。
「ま、わしは彼等の気持ちが分かる。子供の命を助けられたら、お礼をしたい。まして貴族ならば、お礼をするのが当然だ。ここは黙って受け取ってあげなさい。いいね?」
「……はい」
「それから――」
「まだ、あるんですか?」
うんざりした顔をしたら、サニウも眉をハの字にして下げる。
彼も困っているらしい。
すみませんと、謝った。
「いやいや。気持ちは分かるがね。なにせ、大金だ。しかし、次はもっと大金なのだよ」
「……なんでしょう」
嫌な予感がして、次の書類を受け取った。
そこには、国名で記された、下賜一覧があった。
此度の功績に報いるための恩賞として、白金貨千枚。魔獣発生地点の発見者としてさらに五百枚。そして国を管理者として指定するための契約、年百枚とある。
「……桁がおかしくないですか?」
護衛料も一人白金貨一枚の計算らしく、いや誰か多めに入れている者もいたが、合計で二百と七十三枚あった。
インフレが起こっている気がする。
それでなくても特許料やらで、毎月増えていくのに。
「いや、それが、子供だから抑えられると言って、財務大臣が強硬にこの金額にしたそうだぞ。本当はもう少し上だったんだ」
「え、そうなんですか? だったら、キリク様はもしかしてすごい大金持ちなんじゃ?」
「……ばかやろ。俺は、自分のところの領地で災害が発生して防いでいるんだ。誰がくれるか、誰が。あと、他の誰かにやらせたら金が飛んでいくだろうが。だから俺がやるんだ」
「それはまた」
「キリク様。はしたないことを仰ってはなりません」
「へいへい」
「というわけで、正当な金額なんだよ。これも受け取り拒否はしないでくれたまえ。本当に、困るのでね。わしらが」
「……はい」
白金貨百枚で、おおよそ、前世での一億円相当だろうか。ただ物価があちらとこちらで違う部分もあるのではっきりとは言えないが。
特に冒険者や研究者は高価なものを取り扱うので、比較できるものでもないのだが。
ただ普段から質素倹約に勤しんでいる身からしたら、やっぱりインフレとしか思えない。
「これ、現金であるんですか?」
「そうだが。君はアイテムボックスの所持者だし、そのまま受け取って帰ってくれて構わんがね。むしろその方がわしらは気楽だ」
と肩を竦められた。
でも、とシウはおずおず、小声でサニウにお願い事を口にした。
「……白金貨なんて使わないので、金貨に替えてもらえませんか? せめて、大金貨ぐらいまで崩してもらわないと、ちょっと……」
サニウの目がぐるっと一周回ってしまったような、そんな気がしたシウだった。
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