173 行方不明の塊射機




 正式な契約書類にサインをして、受領書にもサインをしたりと事務手続きを済ませた。

 それから、本題らしい話を聞くことにする。

 恐ろしいことに、今までのことは本題ですらなかったのだ。

「お前さんから借りていた塊射機は、全部で三十だったな?」

「はい」

「……くそ、やっぱりそうだよな」

「もしかして、ちょろまかされたの?」

「シウ殿、お言葉が悪いです」

「あ、はい。ええと、盗まれましたか?」

 言い直せば良いというものでもない。イェルドが冷たい目で見つめてきたが、シウは素知らぬ顔をしてキリクに視線を向けた。

「軍に、ちょっと気になる噂もある。エラルド少将が覆面調査をしているようだから、待つしかないが。もしかすると、シウにも出張ってもらう必要があるかもしれん」

「それは、構わないけど……」

 と、答えつつ脳内でマップを開く。塊射機にマーキングしていたのでピンが三十、立った。壊れてはいないようだ。

「……ええと、捜すことは可能です」

「あ?」

「詳しくは言えませんが、その、印を付けてまして。どこにあるか、探せます」

 サニウがソファに深く座りなおした。イェルドはふうと溜息を吐いている。

 そしてキリクは、呆れたような顔をしてシウを見た。

「……おかしいと思ったんだよな。あっさり貸してくれるし、塊射機を扱う人間まで自分で選ぶから」

「ははは」

「絶対何か仕込んでいると思ったが、そうか。じゃあ、なんとかなるか」

 ぶつぶつ呟いて、明日にでもエラルドのところへ一緒に行こうという話になった。

「それと、塊射機の貸与料、それから指導料、あとなんだ、兵站班からも調達費を出すようにと言われていたんだったな。それらの分の書類だ。あとでまとめて支払ってもらってくれ」

「……見たくない数字ばかりですね」

「ちゃんと見てくれ。俺の仕事だ。頑張ったんだから、見てくれないと困る。寝ないで頑張ったんだぞ」

「あ、なるほど」

 と、ついイェルドに視線を向けてしまった。

 イェルドはにっこり笑うだけだった。ただ、その顔で笑われても怖いだけだ。シウはソッと視線を外した。




 火の日の夕方、シウはキリクたちと一緒に王城へと向かった。

 軍は王城内で各師団ごとに分かれて常駐している。王城と言っても祝賀会が行われた宮殿ではなく、王領の森に近い端にまとめられていた。王城からは距離があり、移動に馬や馬車、騎獣を使っている者も多い。

 師団庁舎に到着すると、早速ブロスフェルト師団長の部屋に案内された。中に入ると、すでにエラルドが待っている。彼はシウの顔を見るや、声を張り上げた。

「すまん! このようなことになって、手間を取らせたな」

 テーブルに手を付けて軽く頭を下げる。シウは「いえ」と返した。キリクは違う。

「そうだぞ、とても手間だ。俺は忙しいんだ。面倒は止めてくれ」

「キリク様!」

 イェルドが注意するが、エラルドは気にしていないらしく話を進めた。

「塊射機だが、一人は戦場で失くしたと言い張っている。だが、妙だ。もう一人の周辺もおかしい。見張りをつけていたはずだが、昨日ちょっとした隙に何者かに襲われかけた」

 エラルドの言葉に反応したのはキリクだった。

「口封じか」

「慌てて身柄を確保しているが、本人の精神がどこまで耐えらえるか。二等兵なので上からの命令かもしれん。失くしたと言っている者は嘘はついておらんようだが、当時の記憶が曖昧だ。この件で聖別魔法を使用するのもどうかと思い、悩んでいるところでな」

「塊射機自体がどこにあるのか、もう分かっているんだろう?」

 とはキリクだ。シウに向かって問う。シウは脳内マップを確認しながら頷いた。

「うん。あ、はい。分かります」

「……分かるのかね?」

 半信半疑のエラルドの問いに、答えたのはキリクだ。

「こいつ、目印を付けていたようです。使用者の選別もしていたらしくてね」

「ああ、そういえば。撥ねられたと言って文句を言っていた兵がいたな。叱り飛ばしておいたが。そうか。どういう基準だったのか聞いても? 才能かね?」

 エラルドの瞳が色を変える。相手の表情から何か見抜こうとする強い視線だ。シウはそれに答えた。

「才能も選んだ基準の一つです。でも、撃つ姿勢を見ました。文字通りの意味と、精神の方の意味合いも含めてです。あと、これが一番大切なんですけど――」

「なんだね?」

「人間性を見てました。集合している間、他の人への態度はどうか。たとえば僕のような子供、手伝ってくれる人への言葉遣いや対応の仕方を見たんです」

「なるほど。落とした中には、どんな者がいたかね?」

 師団長としての顔が見える。なので、シウは思うところを口にした。

「偉そうな口調や、他の人に対して手を出したり足蹴にしたりする人は撥ねました。それから目が濁っている、手が震えているなどはお酒を飲んでいるか、その症状が強い人なので省きました。あとは『俺を誰だと思っている』などと脅してくる人も」

「ふむ。そんな輩がまだいるのか……」

「反対に、選んだ中には臆病な人もいました。怖いという気持ちを持っているからです。魔獣が怖くない、絶対に倒せると思っている人は自己中心的になりがちです。戦場では臆病な人の方が生き残ると、僕は爺様から聞いていました。だから、慎重な性格の人にお願いしました。そういった方々が、人に向けて撃つことはないからです」

「人に向けて撃つ、か」

「選別している最中に、面白がって銃口を僕に向けようとした人もいました。あそこで見抜けて本当に良かったです。戦闘中に妙な使い方をされたら、貸した僕も気分が悪いですし、せっかく使い道を考えてくれたキリク様にも申し訳が立たないです」

 話しながらキリクの名を出した。彼は困ったような顔をしたが何も言わなかった。

「人を撃っても殺せないと聞いたが、それでもかね?」

「エラルド少将。犯罪者の溜まり場に金貨を一枚落として、どれぐらいで無くなるでしょうか。魔獣の群れに人間を一人投げ込んで、どうなると思いますか?」

 理性などあってないようなものの喩えにはおかしかったかもしれないが、それだけ厳重にしていても怖いのが武器だ。

「人が扱う危険なものに対して、安全対策を幾重にも掛けるのは、作ったものの最低限の義務です」

 シウがきっぱり言い切ると、エラルドは目を瞑った。少しして頭を下げる。

「悪かった。すまん」

「エラルド少将でも遣り込められましたな」

 キリクが苦笑いで言う。それに対して「というと?」とエラルドが視線を向けた。

「俺も同じですよ。彼を甘いと断じる気持ちがあったことも確かだ。信念のある若者は怖い、ともね。しかし、我々がいろいろなものを忘れてきていることも同時に思い出された」

 エラルドは「そのようだ」と溜息交じりに答え、立ちあがった。

「では、その忘れ去った、いや捨て去ったであろう者たちのところへと向かおうか。シウ殿、案内してくれるかね?」

 シウは頷き、行方不明の塊射機を目標に歩き出した。


 シウの向かう先がどこか、気付いたエラルドの表情は苦々しかった。上級官の寮内へ入った時にはエラルドも腹を決めたようだ。寮には補佐官と憲兵を三人だけに絞って入る。キリクは面白そうに「シウの付き添いだ」と言って、ついて来ていた。

 脳内マップによると、塊射機はとある部屋にあった。補佐官の説明で上級官のサロンと判明した。憲兵らと共に台所の下の物置を開くと――。

「あ、クレメンス伍長に渡した分ですね」

「そうだ、彼が戦場で無くしたと言っていた。正確には、後方支援の魔法の失敗で吹き飛ばされ、気を失って気付いた時には塊射機が消えていたと証言している」

「それ、殺されかけたんじゃないですか? 彼を助けた人や治療した人は何か言ってませんでしたか?」

「うむ。それが、吹き飛ばされて服が破れているのに大した怪我がなかったそうだ」

 やはり、とシウは頷いた。何故、怪我がなかったのか。シウはエラルドに説明した。

「塊射機に防御の付与を付けてました。その瞬間まで、手に持っていたんでしょうね」

 エラルドは「そうだったのか」と納得した。しかし、盗られてから攻撃されていたら危なかった。防御を掛けているのに昏倒するなど、よほどの殺意がなければ難しい。

「もう一人はラーシュ二等兵ですよね? 彼には塊射機の防御とは別に、同じく防御の魔道具を渡してあったんですけど。大丈夫かな……」

 エラルドたちがびっくり顔になる。キリクは「お前、いろいろやらかすなぁ」と零していた。シウは「そういう魔道具あるよね?」と小さく返して、続けた。

「ラーシュは人一倍優しい性格だし、若いことも心配だったんだ」

 ということで、次に向かったのは犯人の部屋だ。彼が犯人だと、シウには分かっていた。塊射機の移動と人の移動が一致していたからだ。何故、彼をマーキングしていたかというと、塊射機隊を選出する時にもいて、かつ人を小突いていたからだ。ピンを付けたままでいたので、マップ内にも表示されていた。

 ドアを開けると、すでに用件が分かっていたのか、塊射機を向けた男が立っていた。


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