174 上官の犯罪
シウは塊射機に使用者権限を付けていた。しかし、当時の状況が状況だったため、一番軽い権限にしていた。つまり、譲渡した場合は許可するという設定だ。たぶん、無理矢理に譲渡させたのだろう。ラーシュの上司であろう男に、エラルドが苦々しく告げる。
「ヴェンデル大尉か。君は確か、パヴェル大佐の子飼いだったな?」
「……わたしは、関係ありません。これを預かるように言われただけです」
「ならば何故こちらへ武器を向けている?」
ヴェンデルは顔色が悪く、しきりに唇を舐めていた。
「疑われているようで、つい、動転して」
と言いながらも、まだ迷っているようだった。エラルドが「渡したまえ」と命じると、ヴェンデルは一瞬迷った。それでも憲兵に塊射機を渡そうとしたが、手渡す前に大きな声が割り込んだ。
「ヴェンデル大尉! 貴様が規律を犯したのか!」
「た、大佐!」
「武器を持っているのか! 少将、危険でございます、お下がりください!」
言いながら走り寄り、剣を抜く。あまりにもわざとらしい台詞に、彼がパヴェルだということが分かった。シウが鑑定するまでもない。少し様子を見ようと思ったら、ヴェンデルが舌打ちしてから塊射機の引き金を引いた。ただ、銃口がまだ憲兵に向いたままだった。ゴム弾が憲兵に当たる。一瞬のことだった。
不幸中の幸いで「塊射機は人を殺せない」魔道具だ。憲兵は無事だった。ヴェンデルもそれに気付き、再度、目標を定めようとした。そこへパヴェルが剣を振り下ろそうとする。間に合わないと思い、シウは《防御》《指定》と魔法を掛けた。
何故か動こうとしないキリクを不審に思いつつ、確認する。ヴェンデルと憲兵たちも傷付いていない。パヴェルの振り下ろした剣は音を立てずに弾かれた。
「何故だ、何故、くそっ」
ヴェンデル自身も驚いていたが、切ったと思ったパヴェルの方がもっと驚いていた。更に剣を振り回そうとするため、シウはキリクを振り返った。
「止めないんですか?」
「雑魚は任せた」
えー、と内心で返事し、二度目の剣尖を向けられているヴェンデルを見た。塊射機に付与した防御の魔法が発動し、怪我はしていない。そのことにパヴェルもようやく気付き、塊射機を剣で弾こうとした。ヴェンデルが慌てて引き金を引こうとする。
仕方なく、シウは腰帯に下げていた旋棍警棒を取り出した。シャッと旋棍を振って警棒を出す。その反動を利用して、ぐるりと自分の体ごと円を描くように右回りで振り抜いた。警棒の先がカツンと音を立てて剣を弾く。
パヴェルが「なっ」と声を上げた。次の言葉が出る前に、旋棍警棒をくるりとひっくり返してパヴェルの喉元に持ち手部分を押し当てる。
「ぐえっ」
そのままの勢いで、後ろに押し倒す。倒れた体の上に立ち、縦四方固めのように頭と肩を抑え込んだ。そうするとどうしたって動けなくなる。シウは努めて低い声を出した。
「静かにするなら、外すけど」
ううう、と唸り声を上げながら了承を示すように瞬きする。少し外してやると、にやりと笑ってシウを跳ね飛ばそうとしたから、そのまま袖車(そでぐるま)絞めにした。
「うぐっ」
思い切り気管を絞めたため、パヴェルは気を失った。彼が落ちたことを確認すると、シウは地面に手を置いて屈んでから勢いを付けて起き上がった。飛び上がったように見えたらしく、ヴェンデルが仰け反る。シウは地面に一歩足を付けて方向転換し、仰け反る彼に旋棍警棒で胃の腑を斜め下から押した。ヴェンデルも「うげっ」と声を上げて気を失った。
一連の作業が終わると溜息が漏れた。魔獣と違って、人が相手だと加減しないといけないから難しい。シウは振り返ると、後ろに立つキリクを睨んだ。
「面倒なことは人任せですか」
「いや、だって。人相手だったらどうするのかなと思ってさ。いや、面白かった」
「趣味が悪い」
「うん。よく、言われる」
シウが内心で呆れていると、エラルドが機嫌良く話しかけてきた。
「こんな趣味の悪い男の下にいるのは子供の教育によろしくない。どうかね、わたしのところに来ないか。なんだったら、養子という扱いでも――」
「おいおい、横から掻っ攫おうとするな。それより、このバカ共を引っ立ててくれよ」
キリクはエラルドとその後ろに立つ憲兵に向かって言う。ちょうど、最初にゴム弾を受けた憲兵がお腹を押さえながら起き上ってきた。相当ひどい痣になっているだろう。至近距離だと当たりどころが悪ければ死ぬことだってある。それだけの威力がある魔道具だ。
「大丈夫ですか? ちょっと見せてもらえますか」
憲兵は遠慮していたものの、シウがさっと手を出して触れると「ぐっ」と息を飲んだ。かなり痛んでいるのが分かった。それでも子供の前だからと耐えている。シウは、こっそりと《治癒》を掛けた。打ち身や直前の怪我ということで、光属性魔法と水属性魔法の複合魔法で十分間に合う。
「治りましたよ」
「え、あれ? 本当だ、治ってる」
憲兵は子供のシウにも丁寧に頭を下げてお礼を言ってくれた。しかし、防ぐことができたかもしれないとの後悔があって、後ろめたいシウは「大袈裟にしないで」と頼んだ。
そんなやり取りをしている間に、気絶した男二人は他の憲兵や兵たちで運んでいた。エラルドとキリクは部屋の中に入って調査をしているようだった。
捕らえた男たちの取り調べには興味がない。シウは、クレメンスとラーシュに会いたいと頼んだ。犯人だとは思われていなかったが、エラルドが事を重大視したせいで問題となり、二人は謹慎扱いとなっていた。
ところが、ラーシュの方は軟禁、いや監禁に近い状態に陥っていた。案内された倉庫はまるで牢屋だ。食事も満足にもらっていなかったのか、痩せてしまい見るも無残な姿だった。一緒に付いて来た憲兵と、先に謹慎部屋から出したクレメンスも衝撃を受けていた。慌てて皆で担ぎ出す。
「大丈夫か、おい、ラーシュ二等兵!」
「揺するな。怪我をしているかもしれん。こんなひどいことを、誰が」
「拷問じゃないか」
日の光の下に連れ出すと、鞭で打たれたようなミミズ腫れの傷が幾つも見えた。
「くそっ。ヴェンデルの野郎だ。こんなことするのは、あいつしかいない」
クレメンスもやつれた顔をしていたが、目だけは正気を保っておりギラギラしている。ラーシュは意識が朦朧としているようで目さえ開けられない状態だ。シウは声を上げた。
「まずいです。救護室はどこですか? 落ち着いて治療しないと」
「あ、はい! 分かりました。すぐに運びます」
そうっと、皆で優しく、しかし急いで救護室までラーシュを運んだ。
「治癒魔法の限界を超えてます。今現在の怪我は直しましたが、古いものの治りが悪いです。かなり前から暴行を受けていたみたいだ」
シウが伝えると、クレメンスが顔をくしゃくしゃに歪めた。
「俺も気を付けていた。でも、見えないところでヴェンデルが若い奴等を小突き回して」
皆、黙って聞いた。憲兵は苦い顔だ。
「上にも報告した。だけど改善しなくて、雲の上の存在のパヴェル大佐に直談判したら、独房に入れらたんだ。もうダメなんだと、どうしようもないって、俺は――」
「ラーシュの立場だと、軍を辞めるのも難しかっただろうね。逃げ道がなかったんだ」
この国は徴兵制ではないが、入隊すれば余程のことがない限り辞めることはできない。
「そんな上司なら辞表も握り潰されるかもしれない。……可哀想に」
シウはラーシュの茶色い髪を撫でた。
「毎日、上級薬を飲ませたら治るかな。一気にやると体を壊す。こんなに体力も落ちていると逆に毒となるから、徐々に治そうね」
撫でながら意識のないラーシュに語りかけると、聞いていた憲兵が驚いた。「上級薬を?」と呟く。一般兵に上級薬を毎日飲ませるなど普通なら有り得ないのだろう。それらは貴族や、冒険者でも上ランクの者しか買えないほど高価だ。
今回のような事件の証言者だったとしても、高価な薬を使ってまで治そうとはしない。命があるならそれでいいじゃないか、という考えが軍なのだ。
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