170 王族の人達
イェルドが、頭が痛いといった仕草を見せて、それから溜息を噛み殺しつつ部屋へと入ってくる。
「レオンハルト様、ジークヴァルド様、ご無沙汰しております。イェルドでございます」
「ああ、イェルドか。勝手にお邪魔しているよ」
レオンハルトが鷹揚に答えている。
顔見知りのようで、ホッとした。
少なくとも大きな雷は落ちないだろう。たぶん。
「パーティーを抜け出して何をしているかと思えば、このようなところで」
「うん。楽しいひと時を過ごさせてもらった。美味しかったしね」
とテーブルの上を見る。
広げられた料理の数々に、イェルドが苦笑する。
「これが、竜騎士団の胃袋を掴んだ『シウの料理』ですか。わたしも一度いただきたいと思っておりました」
「あ、食べます?」
言葉通りに受け取って嬉しくなったのだが、イェルドはまた目頭に指を置いて、揉み込んだ。
「シウ殿」
「はい。あの、ええと、すみません」
「いいえ。確かに、わたしも子供らしいことをしてみればと、唆しましたし」
ああ、あの冗談かと思い出していたら、イェルドが王子たちに視線を移した。
「王族の方が、安易に歩き回るのは好ましくありません。礼儀作法の授業でお教えしたはずですが?」
「あ、はい」
二人がビシッと直立不動になった。
「お客様をおもてなしするのも、王族の務めです。ジークヴァルド様ももう成人されましたから、よくよくご理解しているものと思っております。さて。では、これから、どうされるのがよろしいでしょうか」
「……すぐに会場へ戻ります」
「戻ります」
しゅんと落ち込む二人に、シウは言い添えた。
「あの、僕が唆したので、お叱りは僕にお願いします。ええと、調子に乗りました。すみません」
きちんと謝ろうと頭も下げた。
すると、ふっ、とイェルドの硬い空気が和らぐ。
「……仲良くなられたのなら、よろしいことです。お話の続きは戻ってからになさい。王族としても、今回の功績者を接待するのはお仕事のうちと言えましょう」
「はい!」
ジークヴァルドが嬉しそうに返事して、早速行こうとばかりにシウの手を取った。
本当に子犬のような子だ。年上だけれど、可愛らしいところがある。
レオンハルトも可愛い弟に柔らかな視線を向けてから、イェルドに向き直り苦笑した。
「逃げ道を作ってくれて、ありがとう。では、会場へ戻るとしましょうか」
後半は従者やシウたちに向けての言葉だった。
シウはもう手を引っ張られていたので廊下に出つつあった。
ただ、さすがに仲良く手を引いていたのは廊下までで、会場に入ると自然を手を放す。
切り替えが上手で、いろいろと二人の行動は参考になった。
会場ではダンスがまだ続いていた。もちろん、入れ替わりもあるのだろうが、よく疲れないものだと感心する。
「シウ、今度家に招待してくれる? また美味しいもの食べてみたい」
会場内の、誰にも邪魔されない場所というところへ連れて行ってくれるそうで、連れ立って歩いていた。先頭にはレオンハルトがいて、時折すれ違う貴族たちとにこやかに挨拶を交わして進んでいる。決して立ち止まらないところは、さすがだ。
「無理だと思いますけど。一応ご存知かと思いますが、僕、冒険者ですよ?」
こうした都会に限らずだが、冒険者は所在がはっきりしていない者が多く、人によっては差別の対象となる。
ようするに庶民よりも下の存在として捉えられるのだ。
むろん、庶民にそうした考えを持つ者は少ないのだけれど、確かに荒くれ者も多いので致し方ない面はある。
国民とは称することのできない「流民」とも呼ばれ、決まった土地に住まわないのでそうした税は取られないが補償もない。
成人している冒険者に街の出入りで一定の税がかかるのもそのためだ。
更に、冒険者ギルドの依頼料からは割合に応じて税が引かれる。その割合は、他の仕事に比べて高く、庶民の不平不満を溜めないための措置とも言われていた。
「冒険者の家なら見てみたい」
「……一度、ご両親か傍仕えの方に聞いてくださいね。僕からは何とも言えません」
といったやりとりをしていたら到着したようで、レオンハルトが立ち止まって振り返った。
「ここなら、来ないよ」
そりゃそうでしょうね、とシウは内心で思ったものの、もう諦めた。
「姉上、面白い方をお連れしましたよ」
「まあ。もしかして、話題の方ではなくて?」
「はい。こちら、シウ=アクィラ殿です」
と、紹介してくれたので、何度目かの挨拶をする。
相手の女性は高貴な身分であるから口元を扇子で隠しているが、こちらに興味津々なのは分かった。
きょうだいだなとよく分かる顔をしている。
「わたくしはアレクサンドラ=ヒルシュベルガ=シュタイバーンです。陛下の第二子であり第一王女です。よろしくね」
さすが王女と思える、優雅な挨拶を見せてくれた。
年齢は言わなかったが、妙齢の女性は言わなくても良いそうだ。
どの世界も同じらしい。女性に年齢の話は禁句なのである。
「カルロッテもご挨拶なさいな」
後ろで隠れるように立っていた女性へと声を掛ける。
おとなしいのかと思ったが、きりっとした顔で意志が強そうだ。
「カルロッテ=ヒルシュベルガです。今上陛下の第五子となります」
シュタイバーンとも、王女とも言わなかった。つまり庶子だ。
ただ、やはり王女様として扱われているようで、本人も堂々としていた。
こちらも年齢を言わなかった。アレクサンドラは二十歳なので分かるが、カルロッテは十四歳なのに何故だろうと内心で首を傾げる。が、もしかしたら姉に気を遣ったのかもしれないと思い至った。
女性は難しいものなのだ。たぶん。
カルロッテの挨拶が終わると、傍仕えを含めた女性陣に、会場の離れにあるお茶席へと連れて行かれた。
女性ばかりの集まりで、こちらでは優雅に会釈のみで済んだ。
高位女性がいるので遠慮したというのもあるだろうが、子供とはいえ男性が数人いるのではしたない行為を慎んだようだった。男性貴族のような、挨拶のための挨拶回りというのは女性的にはよろしくない。
一番奥にある華やかなテーブル席では、王妃が歓談中だった。
さすがにこれはと思って、紹介を待たずに膝をつく。もちろん、王妃がこちらへ視線を移したからだ。
「ご歓談中に申し訳ありません。初めまして、シウ=アクィラと申します。冒険者で魔法使いの十二歳です。分不相応な場で舞い上がっておりましたところ、ご子息に助けていただきました。さらに、このようなお美しい方々の席にまでお邪魔することができ、光栄の極みでございます」
本当はもっと美辞麗句を重ねなくてはならないそうだが、シウにはこれが精一杯の言葉だった。
それが分かるのか、王妃は小さな子供へ向けるような優しい目をして、ふふふと小さく笑った。
「なんて素敵なご挨拶なの。とっても嬉しいわ。わたくしは、イングリッド=ヒルシュベルガ=シュタイバーンと申します。子供たちとはもうお友達になってくださったのね。ありがとう」
そう言うとソッと白手袋の手を差し出された。
女性に出されると絶対に断ってはいけない、挨拶のひとつだ。
緊張しつつ、その手を取って、手の甲にキスをした。もちろん、ぶちゅっとくっつけてはいけない。触るか触らないか、むしろ触ったらダメだろうぐらいの軽い空気感でやるそうだ。
アレクサンドラに出されなかったのでおかしいと思ったのだ。
こういう挨拶は、その場で一番位の上の者が、代表してやるものだと聞いている。
でないとあちこちでキス合戦が始まるから大変だ。
「まあまあ。ジークとは大違いですわ」
「本当に。ジーク、あなたシウ殿を見習いなさいな。とても優雅な身のこなしでしたわ」
とまあ言われたが、ご愛嬌だ。
その場で褒められるのは、半分以上お世辞だと思えと、イヴォンネ先生も言っていた。
話半分どころか、ほとんどお世辞だろうなと自らを振り返って思う。
どう考えてもロボットだった。
シウは過ぎた記憶については蓋をして、前向きに笑顔で会釈した。
少しの間、その場に留まって王妃の話を聞いていたが、他の方への配慮もあって、アレクサンドラが上手に場を抜け出させてくれた。
そのまま、少し離れたテーブルに案内され、そこで座るよう促される。
「ごめんなさいね。気を遣うでしょうけれど、この場で一番上位の方に挨拶しておかないと、後でいろいろ言われてしまうの」
「いえ。僕のために、ありがとうございます」
そう、いろいろ言われるのは王族の彼等ではない。シウなのだ。
その為に面倒くさいことをしてくれた。
頭を下げると、アレクサンドラはふふふと、扇子を置いて笑った。
あれ、と思ったが、女性同士やきょうだいの間では使わないものらしいので、まだ子供のシウは問題外なのかもしれない。
「レオンが連れてくるなんて、気に入ったのね。ジークもさっきから心配そうに見ているし、仲良くなったのかしら?」
「はい、姉上。シウ殿は面白いことをよく御存じです。さっきも料理について聞いていたところです。イェルドに見付かって怒られましたが」
「まあ、イェルド様に? こーんな目をしてませんでした?」
と自分の指で目尻を押さえて引っ張る。王女様なのに、糸目になってしまった。
ぽかんとしていたら、カルロッテが、アレクサンドラの腕を引く。
「お姉さま、シウ殿が引いてますわ。お淑やかにしていないとまた父上からお叱りを受けますよ」
本人は真面目に言っているようだが、他のきょうだいたちは面白そうに笑うだけだった。
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