169 王子様と食べ物




 何が美味しかったのと聞かれたので、あれとこれとと説明を始めた。

「この牛の炙り焼きは素晴らしいですね。ハーブを混ぜた火で、じっくり焼いてます。旨味を閉じ込めて、繊細な匂いを残すことに成功しています。柔らかくて、肉の旨味を存分に引き出しているところが、さすが王城の料理人だなって思いました。あと、こちらのハーブの配合は素晴らしいです。僕も肉の種類や部位によって配合をいろいろ変えてますけど、こちらの方々はものすごく研鑽されているんでしょうね。趣味でやってる僕なんて足元にも及ばないです。さっきは色々と教えてもらってたんです。あ、こちらのバターも手作りだそうですけど、さっぱりしていて肉に合うんですよね。あと、このジャムのソースも美味しかったです。どれも王領から取れるそうで、羨ましいです」

 と、自重しないまま、思う存分話してみた。

 案の定、とても困った顔をして、それからごめんごめんと苦笑された。

「その、試すつもりはなかったんだけど。怒った?」

「いいえ? ところで、ご挨拶させてもらってませんでしたので、よろしいでしょうか?」

「うん。あ、いや、僕は君をよく知っている。なので、僕から自己紹介しよう」

 そう言うと、白い歯をきらりと見せて、まるで王子様のように、いや王子様なのだが、挨拶してくれた。

「レオンハルト=ヒルシュベルガ=シュタイバーンです。陛下の第三子で学院の三年生、十七歳だよ」

「初めまして。シウ=アクィラです。第二王子様ですね」

「そう。ごめんね」

 と小首を傾げて言う。細身のおっとりとした感じで、文官タイプだ。

 少し巻き毛がかっており、可愛らしい印象もあった。

 そこに、もう一人の王子様が近付いてきた。

 シウがそちらに視線をやると、レオンハルトも振り向いて、ああと溜息を零していた。

「見付かっちゃった」

「似てらっしゃいますね。弟様ですか?」

「そう。すぐ下の弟。第四子になるんだけど、まあ、後で挨拶すると思うよ。騒がしいけどごめんね」

「どういたしまして」

 和やかに笑っていると、少年が小走りに寄ってきた。

「兄上! こんなところで何を――」

 と、言いながら口を閉ざした。シウを見て、胡乱な者がいる! といった態度だ。

 苦笑すると、レオンハルトが彼を注意した。

「こちらはアクィラ殿だ。失礼な態度を取るものではない」

「あっ。そうなんだ、ですか。あー、失礼。わたしはジークヴァルド=ヒルシュベルガ=シュタイバーンです。騎士学校の一年、十五歳です。初めまして」

 本日何度目になるのか分からない自己紹介を、シウも返した。

 挨拶が終わると、途端に人懐っこくなったジークヴァルドは、レオンハルトの周りを子犬のようにくるくると回った。

「それで、どうしてここに? 面白いことでもあるの」

 と言うから、シウが口を開こうとしたら、レオンハルトが慌てて遮った。

「そんなことを言うものではない。ここには料理人たちが研鑽した結果が大量にあるんだぞ。それを、先ほどからシウ殿と一緒に吟味していたんだ」

「ふうん」

「とにかく、お前も食べてみなさい。ほら、これ、美味しいそうだから」

「うーん。でも、飽きた……」

 なんとまあ、贅沢な。

 と思ったが、毎日これだったら飽きるかもしれない。たまにはあっさりしたものも食べたいだろう。

 胃をさすっているので、肉ばかりでもたれているのか。そのうち、お腹ばかり大きいどこそこの貴族のようになってしまうのではと、心配になった。

 なにしろ二人とも、本当に見るからに王子様なのだ。

 女性からしたら、きっとこの姿のままでいてほしいだろう。

 シウはつい声を掛けてしまった。

「では、あっさりしたものを食べられたらどうでしょうか」

「ここにあるのは全部食べたことあるぞ。なんかこう、食べる気になれない」

「えーと。じゃあ、良かったら食べに来ます?」

 二人がチラッとお互いを見てから、小さく頷いた。

 一応、何かあるといけないので、近くにいた料理人を呼んだ。

「良かったら一緒に来てもらえないでしょうか。僕の控室に、魔法袋を置いてるんですが、そこに食材などが入ってまして。専門家の方に立ち合っていただけると助かります」

「あ、はい。ですが、よろしいのでしょうか?」

 と、雲の上の存在に対して聞いている。

 レオンハルトは、大丈夫だよと微笑んで答え、ジークヴァルドはいいよいいよと気軽なものだ。

 結局、料理人二人と、後から追いかけてきたジークヴァルドのお付きの者と一緒に控室まで歩いて行った。

 途中、貴族の人とすれ違ったが、皆ギョッとしてから慌てて敬礼していた。

 もしかしてああいう風にすべきかなと思ったが、考えたらシウはまだ十二歳で、庶民であり、それほど大袈裟にするものでもないよなあと開き直ることにした。


 部屋にはオスカリウス家の従者がいたけれど、大慌てで出て行ってしまった。

 イェルドを呼びに行くと言っていたので、ちょっと罪悪感が出てきた。

「じゃ、テーブルを、あ、すみません」

 料理人たちが手伝い、簡単にテーブルセッティングをしてくれた。

 魔法袋からは、次々と作り置きの料理を取り出し、更には食材も出してみせた。

 食い付いたのは料理人だ。

「おや、これは? 見たことがないです」

「これ、森の中に生えている、胃もたれを治す薬草でもあり、肉の臭みを消すハーブでもあるんです」

「……うん、似ている薬草があるよ。そうか、胃もたれか」

「あと、こうしたものも」

「これは豆かな? こちらでも豆料理は多いが、見たところシャイターンのものに似ているね」

「そうなんです。これを加工すると、こうなります」

 と盛り上がっていたら、ジークヴァルドが待ち切れないように鍋の蓋を開けた。

「あ、ごめんね。良かったら食べてみて。お皿も出すからね」

 と、人数分のお皿を取り出した。

「こっちは魚の出汁で作った、味噌汁というものです。味噌スープね。出汁が魚で、具材は全て野菜です。あ、毒見ね、はいはい。食べます。あと、料理人の方から食べてくれます? 念のため」

 料理人はもう仲良くなっていたからか、疑いもせず口にしていた。

 まあ、どちらかと言えば料理に興味があったからだろう。

「む、美味しい。魚の出汁なのに臭みがないし、あっさりしているのに旨味がある」

 それを聞いて残りの料理人も口にし、慌ててジークヴァルドが味噌汁を飲んだ。

 最初、首を傾げていたけれど、何度も口を付けて飲み、それから全部飲み干した。

「意外と、なんか、いける」

「ちょっと独特の味がするけどね。薬草スープみたいなものかな?」

「最初は慣れないかもしれませんね。でも健康食材ですよ」

 レオンハルトに答えると、次におかゆをその場で作った。

 食べやすいようにと中華粥にした。

 こちらは美味しい美味しいと、皆が絶賛した。

「あっさりしているのに、味はついてて、美味しい」

「胃もたれには良いんです」

 最後に野菜スープを出した。

「……野菜かあ」

 ジークヴァルドが嫌そうな顔をして言うので、笑った。

「胃が重たいのは、あまり噛まずに飲み込んだり、肉ばっかり食べるからですよ。ちゃんと野菜を食べましょう。これはね、最初は食べにくいかもしれないけれど、よーく味わって飲んでみてください」

「……うぇー、野菜の味がするー」

「ちょっとずつで良いですから、飲んで。はい。偉いね。後でおやつもあるからね」

 子供扱いしているのに、ジークヴァルドは何も言わなかった。それよりは早く飲み干さねばと思っているようだった。

 レオンハルトが先に飲み終わり、ちょっと意外そうに中身のなくなったカップを眺めている。

「……あれ? なんか、甘い? ……青臭い味が、しなくなってきた」

「野菜は本来、栄養がたっぷりあって甘くて美味しいんです。ただ、舌が敏感で、苦みやえぐみを感じ取ってしまうからどうしても美味しくないものと、子供のうちは思うそうですよ」

「え、そうなんだ?」

「そこに、出汁という、旨味成分を合わせると、野菜の優しくて甘い味が溶け込んで、そのうちに苦味の角が取れていくんです。えぐみは下拵えの時に、とってます。大人になれば、えぐみも味のひとつとして感じられるようになるそうです。だから、子供のうちは、こうした優しい味のものを食べたら良いと思いますよ」

「……俺、兄上たちと同じものを食べてる」

「成人したら、そうなりますよね。でも、大人の舌と言っても人によりけりで、成人してても敏感な人はいますし、えぐみが美味しいと感じられるのももっと歳を重ねてから、らしいです」

 と、ウルバン=ロドリゲスが本に書いていた。

 ただし『魔獣魔物をおいしく食べる』の作者だから、口にはしなかった。ドン引きされてしまうことだろう。この著者は意外と有名なのだ。

 シウは料理人に向かって、話をした。

「ジークヴァルド様の舌は敏感みたいなので、最初は味覚の強弱を弱めるところから始めると良いんじゃないでしょうか。あと、飽きが来ないように甘味、酸味、塩味、旨味と順番に分けて。苦味は少しずつが良いかと。胃もたれするようだから、肉の種類を変えるのも良いでしょうねー」

 料理人はしみじみと頷いていた。

「そうですよね、僕等だって小さい頃と今では味わい方も違う。それに庶民の食事と王族の方々は違うと考えておりましたが、まだお小さい方には重い味でしたでしょう」

「僕は、こちらのお料理は美味しくて好きですけどね。ものすごく考えられたものだったし。でも、そうですよね、同じ人間なんですから、庶民が食べるようなあっさりしたものも良いんじゃないですか」

「あ、俺、食べてみたい。従者たちは買い食いも許してくれないし、食べたことがないんだ。さっきから、面白い味がしたけど、美味しかった。新鮮だったし」

 ジークヴァルドは野菜スープを飲み干していた。

「肉を使った料理でも酢っぱい味付けのソースを使うと、さっぱり食べられますよ」

「庶民の食べ物で、そういうのある?」

 食べさせてあげたいが、在庫にはない。そう言うと、じゃあ今度食べに行くと言い出した。ジークヴァルドの従者が反対していたけれど、やだ絶対行くと言い張っているところへ、イェルドがやってきた。

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