168 挨拶回りとお食事吟味
祝賀会はそれはもう盛大で、貴族たちの社交のすごさに感服した。
庶民相手でも、多大な利益を生む「権利」を持つ者には平気で媚び諂う。
ただ、中には偉そうに媚び諂うという高等技を使う者もいて、なかなかに面白かった。
「シウ殿は余裕でございますね」
「イェルドさんが守ってくれるので。キリク様もあの目で睨んでますから」
特にシウが立ちまわる必要もなかった。
ただ、数人にはこちらから挨拶しておかねばならなかった。
アルゲオの父親を見付けたので、デジレをキリクから借り受けて近付く。
本来なら庶民のシウが近付ける相手ではないし、下位の者から話しかけてはいけないが、今回のような招かれている功労者の場合は別だ。
周囲の目敏い人たちもすぐさまシウを通してくれた。
このような時に目端が利かないと取り巻きとしては二流なのだそうだ。後でデジレから教わった。
「初めまして、シウ=アクィラと申します。ご歓談中、突然お邪魔して申し訳ありません。少し、よろしいでしょうか?」
「ああ、シウ殿か。わたしは、アストロ=ドルフガレンだ。息子が世話になっているようだね。今回のことでも大変助かったと言っていた。感謝している」
「ありがとうございます。ですが、むしろアルゲオ君が指導者として皆を取りまとめて、ご立派でした。僕も助けられることが、たくさんあります」
「此度の英雄にそう言ってもらえると、わたしも父として嬉しい。ああ、そうだ。良ければ我が屋敷へ遊びに来られるとよろしい。我が家には珍しい騎獣や、陛下から下賜された聖獣もいて、子供には楽しかろうと思う。これからもぜひ息子と仲良くしてやってほしい。また、何か困ったことがあれば、微弱ながらお手伝いできることもあるだろう。遠慮せずに頼ってくれたまえ」
「ありがとうざいます。それでは、他のお客様のご迷惑になりますので、失礼いたします」
と頭を下げて、その場を離れた。
デジレには褒められたが、疲れてしまった。
溜息を吐いていたら、謁見室でも見かけたアレストロの父フィリップと目があった。
「お久しぶりです」
と挨拶したら、フィリップは破顔して、手を広げてシウを迎えた。
「いやあ、笑った笑った。楽しかったよ」
「……反省してるんです。失敗しました」
「いや、あれは、王城に棲む魔物が悪い。まったく、子供相手に何をむきになっているのか、文句ばかり達者でね。陛下もうんざり顔であったよ。とにかくも、これで山は越えただろう。お疲れ様だったね」
「はい。あ、いえ。その」
「ははは。正直でよろしい。それと、陛下も仰っておられたが、君は生徒たちを守った功績を、もっと誇りに思って良いのだよ。いや、思ってほしいのだ。大切な我が子たちを守ってくれた君に、感謝している者は多い。派閥の関係で物が言えぬ貴族もいるがね。本心では有り難く思っているよ。かくいう、わたしもそうだ。シウ殿、我が息子を助けてくれて本当にありがとう」
「侯爵様……」
「どうか、フィリップと。わたしたちはすでに知己であり、君の友人の父ではないかね?」
お茶目に笑ってウインクするので、シウも、はいと笑って応えた。
「それと、これは勧誘ではなく先日来の約束だから言うのだが、アロイス=ローゼンベルガーの本が読みたくはないかね?」
「あ、はい! 読みたいです!」
大好きな筆耕士のことで、シウもフィリップも互いに彼の文字を好んでいる。
「ではまた、おいでなさい。わたしが不在でも読めるようにしておこう。アレストロにも言い渡しておくから、なんだったら一緒に遊んでやってくれるかい」
「はい。ありがとうございます!」
と、こちらは嬉しい話で終わった。
お互いに文字好き同士なので、話は尽きないところだが、フィリップは高位貴族でありここは社交の場でもある。
名残惜しい気持ちでその場を後にした。
さて。シウの顔は取り立てて特徴があるわけでもなく、至って普通だ。稀に愛嬌のある顔とも評されるが、ようするに平凡な顔立ちだった。前世の幼い頃に少ぅし、似ているように思うが、やはりこちらの親から生まれたせいか目鼻立ちには多少凹凸がある。
性格も、基本的にはおとなしくひっそりとしているので、黙って壁の花ならぬ模様になっていれば大抵は誰も目を向けてこない。
ましてや背の低い子供である。
祝賀会のパーティーも時間が進むと、段々と「噂の子供」には誰も興味を示さなくなってきた。利権が絡むのは高位貴族だけだろうしと、下位貴族は話しかけにも来ない。
というわけで、視線も感じなくなってきたので、シウはデジレと二人で会場内をうろちょろと歩き回っていた。
ちょうどダンスが始まって、いたたまれない思いをしていたから、イェルドに断って逃げることにしたのだ。
「あ、あったあった。デジレも食べよう」
「いいのでしょうか。その、僕は従者として参ってますし、あくまでも付き添いです」
「でも、イェルドさんも良いって言ってたよ。子供同士で遊んできなさいって」
問題があれば彼だって止めるだろう。
「食べようよ。王城で作られたものだよ? 目一杯力を入れてると思う。どんなのがあるか、楽しみだなー」
目の色を輝かせて楽しみ始めた年相応のシウに、デジレもとうとう折れた。
「じゃ、僕もいただこうっと。あ、シウ、これ美味しそう」
「綺麗だね。何の果物だろう」
そうして、ほとんど手の付けられていない料理を、片っ端から食べていく。
試食程度に切り分けてもらい、美味しかったら多めにもらう。というようなことを繰り返していたら、料理人も次々と料理を持ってきてくれた。
食べる者がいないと張り切りようもないので、子供相手でも頑張ってくれるようだ。
「これ、牛ですか?」
「そうですよ。王領の牧場で飼っているものですから、とても高級なんですよ」
「臭みもないし、美味しいですね。餌が良いのかな? 臭み消しのハーブの配合も絶妙ですよね!」
「お、おお、そうです、か?」
ちょっと引かれてしまった。格好が格好なので、貴族の子と間違えられているのかもしれないと思い、シウは挨拶した。
「シウ=アクィラといいます。庶民です。何の因果か、招待されてしまったので出席してますが、美味しいものが好きなのでいただいてます。僕、お邪魔ですか?」
「ああ、いや、詳しいので驚いただけだよ。そうか、ではその、普通に話しても、良いのかな?」
「ぜひ!」
そうして仲良くなった料理人たちと、あれこれ楽しく時間を過ごした。
デジレはちょっと困っていたものの、美味しいものが食べられたので満足だと言っていた。
シウが食事スペースに居座っていたので、デジレは知り合いに挨拶してくると言って席を外した。
それぐらい誰も来ない。
「せっかくの美味しいお料理なのに、どうして皆さん召し上がらないんでしょうね」
「うーん。女性は体型を維持するため、ドレスの下には鉄壁の防御層があるそうだよ。とても物など食べられないと仰っているね」
「ふうん。男性は?」
「飲む方に割いていらっしゃるね。ま、あとは、社交の場であまり飲み食いするのはよろしくないと、思う方々もいてね」
「……じゃあ、これ、余っちゃうんですか?」
「残れば、僕等がいただいて帰るけどね」
「あ、じゃあ、僕が食べ過ぎたら――」
「あはは。いや、食べてくれる方が断然いいに決まってる。特にシウ君は美味しそうに食べてくれるから、嬉しいよ。それにしてもよく食べるねえ。小さいのに、元気だ」
と、にこにこ笑う。
「こうしたパーティーでも、子供さんが多いとね、食べてくれるから僕等も嬉しいんだ。今日は人数制限があって少ないから、残念だよ。予定より余ってしまうね。持って帰るにも量が量だから、下働きの人たちとも手分けして処分するけど、やはり捨てる量が多くなるんだよ」
「そうなんですか。勿体無いですね」
「……そうだよね。だからといって最初から量を減らすわけにもいかない」
「あ、それは、分かります。やっぱり食べたいという方が出てくるかもしれませんしね。あと、言葉は悪いけど、見栄もありますよね」
「そう。こうした席では、たとえ余ると分かっていても、高価な食材、美味しい食べ物を大量に用意しておかないといけないんだ」
「皆さん、食べてみたら良いのにね。これなんて、すごく考えられているのに」
高級なものを食べ過ぎて、飽き飽きしているのかな。
などと考えていたら、誰かが近付いてきた。
探知では背の高い男性だったが、視覚転移で見るとまだ子供のように見えた。
料理人がその姿を見付けて、慌てて居住まいを正している。
「やあ、シウ=アクィラ殿。こんなところで、何をしているんだい」
振り返ると王子様然とした少年が立っていた。
「お料理を戴いてました。とても美味しいので、作り方を伺ったりと楽しく過ごさせてもらってます。お仕事のお邪魔をして申し訳ありませんでした」
と、巻き込むのも可哀想で料理人たちに頭を下げた。
さすが王城で働く人たちだ。すぐさま顔を引き締め、とんでもございませんと無難な挨拶をして、場を離れた。
「……お邪魔だったかな?」
「いいえ。お邪魔していたのは僕の方ですから。でもとても楽しかったです」
「ふうん。料理の話が、そんなに楽しい?」
「楽しいですよ。僕の趣味のひとつです」
「へえ、君が作るの? すごいね」
誰かに似ているなあと思いながら、金髪碧眼の王子様を眺める。
彼は正真正銘の王子様で、鑑定結果から名前も分かっている。が、自己紹介されていないので素知らぬ顔だ。
案外、いたずらっ子かもしれない。シウは彼の遊びに付き合った。
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