167 謁見




 国王はグスタフ=ヒルシュベルガ=シュタイバーンという名前で、名前に国名が入るのは直系の王族のみと決まっているそうだ。

 確かに、王の血を引いているだけで国名を名乗れたら、あちこちにシュタイバーンさんが出てくるので大変だ。

「そなたが、此度の惨事をいち早く見付け、大災害に繋がるところを未然に抑えた功労者か」

 大袈裟なーと思ったが、口答えする勇気はないので黙っておく。

「よう、やってくれた。そなたのおかげで、我が民の子が一人も失われることなく戻って参った。また、危険を顧みず、魔獣討伐によくよく力を貸してくれたこと、大いに感謝しておる」

「おお、勿体無いお言葉です、陛下!」

 何故か大臣の一人から声が上がった。

 あれ? もしかして、あんな風に言えってことなんだろうか。どうしよう、それは無理。

 シウが困惑していると、宰相が少し戸惑ったような顔をして、王に囁いた。

「緊張しているようでございます。そのまま、褒賞をお与えになられてはいかがでしょうか」

「うむ。では、シウ=アクィラよ。そなたには、第一等勲章を与えることとする」

 え? と、今度こそ困惑して、宰相を見てから、大臣が並ぶ一列をすっ飛ばして、エラルド、それから真横にいるキリクへと視線を動かした。

 キリクが肩を竦める。

 エラルドは目を逸らした。

「何をしている。シウ=アクィラよ、前へ」

 典礼官が痺れを切らしたように、声を上げた。

 仕方ないので典礼官の一人が立つ、檀上ギリギリの位置まで進んだ。この先は国王しか立てない場所なので、絶対に上がってはいけない。

「さあ、肩帯と勲章だ。わたしが付けてやろう」

 と国王が立ちあがってシウの前に立った。大臣たちがざわめている。

 あ、やっぱりこれは異常なことなんだと悟った。

 シウは慌ててその場に片膝をついて俯いた。

「うん? どうした、立ちあがらねば肩帯は付けられん」

「お言葉ですが――」

「あ、こら!」

 小声で話しかけたのだがキリクには分かったらしく、後ろから止める声が聞こえてきた。が、シウは続ける。

「勲章を戴く謂れがございません。わたしのような者にお与えになりませぬよう、お願い申し上げます」

「な、な、なんと失礼な!」

「だから庶民になど、反対だったのだ」

 しかし、小声ながらも、近くにいた典礼官や大臣の数人には聞こえたようで、ざわめいてしまった。

 ところが、王は頓着しなかった。

 ふむと思案し、その場にしゃがみこんで、シウの顔を覗き込もうとした。

 その為、シウは慌てて顔を上げた。

 王は小声で聞いた。

「何故だ? 勲章は欲しい欲しいと、皆が言う」

「万人が欲しがるものとは限りません」

「ふむ。しかし、功績ある者に褒美を与えないというのは、国としての在り様が問われることだ」

「それは、分かります」

「ならば、勲章ではなく、別のものが欲しいと言うか?」

「本当は何も要りません。欲しいものは、自分で努力して得ます」

 宰相がおろおろと、手を伸ばしては王を立たせようとし、そして御身に触れてはならぬと葛藤している。

「ふむ。感心なことを言いおる。よろしかろう。ところで、魔獣発生地点を発見したという功績、更には初動対応による魔獣増殖を防いだ功績、更には軍への指導および多大なる協力、そして武器の貸与といった功績については、別に褒賞が用意されておるが、分かっておるか?」

「……発見者が権利を持つ、というものですよね?」

「むろん、それは当然だが。管理者としての権利を国へ委譲ないし貸与する費用、更には兵への指導料やら武器の貸与費用も含んだ現金による褒賞がある」

「……それは、はい、どうしても譲れない一線だと聞いてますから、受け入れることにしましたけど」

 王は更に小声で囁くように続けた。

「勲章は建前でな。本当は授爵して首に縄を付けておきたい輩が多いのだ。それだと、おぬしが逃げてしまうとエラルドやキリクが言うのでな。栄誉勲章ならば、国民でなくとも与えることができるから、こうしたのだ。どうだ、それでもまだ嫌か」

「欲しくはありません。本当は先刻の権利さえ、要らないです。僕は冒険者ですし、ただの魔法使いですから。欲しければ自分で稼ぎます。それより、無駄な権利が発生して煩わしい立場になり、自由がなくなるかもしれないのが怖いです」

「ふうむ。しかし、何か与えねばならぬのだ。金だと、折り合いがつかぬ相手もおるゆえな。欲しいものはないのか。たとえば、どうだ、嫁など要らぬか」

「それこそ、要りません。欲しいものは自分で努力します」

「そうよのう。庶民の恋愛結婚というものにはわたしも憧れておる」

 遠い目をして言うので、少しだけ同情してしまった。嫌いな人と結婚したのだろうか。

「……何かないのか。してほしいことや、見たいものなど、何でも良いぞ」

 と言われて、ふと脳内に浮かんだ。

「ロワル魔法学院に入学したのは、シーカー魔法学院へ入りたかったからです。良い成績を修めるか、有名な方に推薦してもらわないとシーカーには入れないそうです。僕はそこで、世界で一番の蔵書数を誇る図書館に入り浸りたいと言う目標があります」

「おお、そうか。ならば、その推薦人になろう」

「魔法使いの人でなければ無理だったかと思います、たぶん、ですけど」

「ふむ。では、誰か紹介しよう。あ、いや、少し待て。ベラルド、これへ」

「はっ」

 宰相が機敏に寄ってきて、その場にしゃがみこんだ。なんとなく、おかしな空気が漂っていることに、この時気付いた。

「確か、この者の成績は」

「飛びぬけて良うございました。半分以上飛び級しており、更なる飛び級を勧めているそうですが本人が面白がって授業を受けているとか」

 面白がってとは、失礼な。純粋に楽しんでいるのに。

 内心でむくれつつ、口は挟まずに彼等の話を聞いた。

「このままでは史上初の一年で卒業ということも、有り得るとのこと」

「……ならばさっきの褒美は出せぬなあ」

「別に――」

「要らぬとは言わんでおくれ。さて、では、どうしたものか」

「陛下、勲章はすでに作成しております」

「名も彫ったのよな」

 チラッとこちらを見る。いやらしい。

 思わず半眼になってしまった。

 すると、王が楽しげに笑った。

「よしよし。では、勲章はまた別の機会に取っておこう」

 そう言って立ち上がった。宰相もその場に立ちあがると、シウにも立つよう促した。

「決まったぞ。シウ=アクィラよ。そなたには特別な褒賞を与えるとする」

 まだ信じ切れずに疑いの眼差しでいたのだが、王は意外なことを口にした。

「ロワル王立図書館の禁書庫の自由閲覧、また王城内の図書は全て閲覧可能としよう」

「え、いいんですか?」

「こりゃ!」

 誰かの注意の声が入ったけれど、そして大臣たちの不審声やざわめきもあったけれど、びっくりしてそれどころではない。

「構わぬ。特別許可証を発行しよう。誰にも邪魔されずに入れるよう、王城への出入り許可証も渡す。どうだ、これで良いか」

「……はい! ありがとうございます!!」

 王はにっこりと微笑んで、それから語りかけた。

「初めて年相応になったな。その姿が見たかった。よしよし。では、勲章は一応わたしが保管しておくこととしよう。さあ、もう下がってよろしい。皆も静かにしなさい。次は辺境伯への勲章を授与する。典礼官!」

 まだ騒がしい中、シウは嬉しくて紅潮した顔を隠しもせず、しずしずと後ろへ下がった。

 途中、キリクが呆れたように笑っていたが、すぐさま授与が始まったので顔付きを戻していた。

 気になったので、自重せず、謁見室内のあちこちに視覚転移してみた。

 さすがのキリクも真面目な顔付きで勲章を受け取っており、シウの時とは違ってスムーズに事が運んでいた。

 それを見ると、後でイェルドに叱られるような気がする。

 口答えした初めての庶民! として有名になったら嫌だな。

 でも第一等勲章は要らない。

 溜息を噛み殺しつつ、他の方々の授与を眺めていたら、キリクが自分の立ち位置からソッと抜け出して傍に寄ってきた。

 大臣の何人かが睨んでいるし、苦虫を噛み潰したかのような顔付きでこちらを見ている。

「お前、ぶちかましたなあ」

「だって、あんな話聞いてなかったし」

「直前に決まったんだろう。首へ縄を付けるのに爵位を与えるのは腹立たしい、だったら名誉でもあるが実利はない栄誉勲章を、ってなわけだ」

「その栄誉は誰もが欲しがるものだと言われたけどね」

「揶揄したんだろ、その勧めてきた大臣か官吏を」

 肩を竦めて、それにしてもと含み笑いをする。

「あとでイェルドに教えてやろう。絶対に面白がるぞ」

「……叱られないかな?」

「なんだ、そんなこと心配していたのか? あいつは意外と笑い上戸だぞ。絶対に喜ぶ。賭けてもいい」

「……イェルドさん、笑うの? あの顔で?」

 と言ったところで、キリクがブハッと吹き出してしまった。

 すると一斉に視線が飛んできた。

 シウはそのまま俯いたが、視覚転移していたので彼等の様子はばっちり脳内に飛び込んできた。

 視覚転移をこの時ほど後悔したことはなかった。

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