166 祝賀会の準備、正装




 午前中の授業を終えて、食事は摂らずに一度家まで戻った。

 急いで昼ご飯を食べてから、店番をしていたスタン爺さんに声を掛けて、貴族街まで向かう。

 フェレスも伴っているが、フェレスはオスカリウス邸に置いていく。

 スタン爺さんに預けても良かったのだが、飛竜や他の騎獣もたくさんいるので、フェレスには楽しいのではないかと思った。

 屋敷に到着すると、門にはすでにデジレが待っており、急かすよう足早にシウを連れて行こうとした。

 慌てて、フェレスを獣舎に預けたいと言ったら、連れて行かないのですかと逆に聞かれてしまった。

 問答ではないが、そんな話をしていたらシリルが玄関までやってきた。

「フェレス殿も活躍したのですから、同行を許されるかと思いますよ」

「あ、うーん。どうしよう。でも、やっぱりやめておきます」

「おや。どうしてでしょうか。いつも仲良くご一緒だとお伺いしてますが」

 デジレも不思議そうにシウを見てくるので、シウは頭を掻き掻き、小声で伝えた。

「躾も済んで、調教の先生からも成獣として問題ないと了解は得ているんですけど、僕にひどいことを言う人に、ちょっと、威嚇する可能性がありまして」

「ああ……」

 シリルが納得したように頷き、それから笑顔でフェレスを見下ろした。今のフェレスは機嫌が良くて尻尾をゆっくりと振っている。

「魔獣相手に問答無用で殺しにかかるのは良いとしても、人相手に威嚇するのはどうかと思いまして」

「……承知いたしました。では、お預かりします。さ、フェレス殿、こちらへ。たくさんのお友達がおりますよ。美味しい食べ物も用意してあげましょう」

 最後の美味しい食べ物あたりで、フェレスの耳がぴくぴくと動き、シリルの優しい誘いに喜んで乗った。

 一度振り返って、行ってもいい? と視線で問うので、苦笑しつつ手を振った。

「皆と仲良くね。楽しんでおいで」

「にゃ!」

 わーい、と足取りも軽く、シリルの後を追いかけていった。

 デジレも苦笑していたが、集まってきた家僕たちも皆が笑うので、ちょっと恥ずかしかった。


 さて、その後はスムーズに事が運び、どう着たらいいのか分からない礼装もメイドやデジレによって綺麗に着替えさせてもらうことができた。

 しかし、どこの「坊ちゃん」だといった様子で、自分でもおかしかった。

 最後の仕上げとして、髪の毛のセットもあるが。

「まあ、この御髪の綺麗なこと」

「素敵……艶々してますわね」

「とっても綺麗ですのに、どうして短くされていらっしゃるの」

「勿体無いですわね。ね、こうやって纏めてしまってはどうでしょう?」

「あら、いいわね。こちらの装飾で境目を誤魔化しましょう」

「ですけど、やはりこの天然の美しい髪には敵いませんわ。見てください、ほら」

 とまあ、やりたい放題された。

 鬘まで付けられそうになった。はては付け毛というのだろうか、それも用意されそうになって慌てた。

「……貴族の方は長髪が多いですよね。やっぱり、魔力量が溜まるからとか、そんな謂れから来てるんでしょうか」

 暇なので頭をセットしてもらっている間に質問すると、貴族の娘らしいメイドの女性がふふふと小さく笑った。口に手を当てて、決して笑い顔を見せない。貴族の女性は笑い方まで上品だ。

「諸説ございますけれど、そうですわね。殿方などは、戦場において死亡した際に、せめて首だけは遺族に遺してやりたいという思いから伸ばしたそうです。ですから、戦場では三つ編みにして、鎧に挟んでしまうそうですわ」

「へえ」

「女性の場合は、やはり美しく着飾りたいから、といったところではないでしょうか」

「そうだったんですか」

 世間話を続けながら、セットが終わるとようやくホッとした。

 同じ頃合いに、キリクの装いも終了したようで、廊下に出てきた。


 キリクはやはり貴族として式典や祝賀会にも出るだろうから慣れたもので、堂々としていた。

 なんだかんだで貴族の子息なのだ。シウのように着られている感は全くない。

「貴族らしいですね」

 と、シウが褒めたら、キリクは片眉をぴくりと動かし、半眼でシウを見下ろしてきた。

 上から下へと視線を移動させ、それから口元をぴくりと動かす。

「言いたいことは分かります。言わなくても結構です」

「ふ、くくく、ぶはっ」

「……別にいいですけど。そうやって笑っててください」

 ぷいっと横を向いたら、キリクが慌てたように話し始めた。

「お前だって、俺の格好を揶揄したくせに」

「してないよ?」

「したじゃないか。貴族らしいって」

「……褒め言葉ですけど。ええと、貴族に見えますよ、ちゃんと。あれ? 褒め言葉じゃないの?」

 慌てて周囲に視線をやったが、メイドたちは皆賢く口を閉ざし、ソッと視線を逸らしていた。

 デジレだけが肩で笑っていた。



 すったもんだはあったものの、おおむね笑ったり楽しんだりしながら、馬車は王城へと向かった。

 鞄だとかは持ち込み禁止だそうで、魔法袋をどうしようと思ったが、こういった場には従者がつくし、大きな荷物などは馬車の中で保管ということになるそうだ。

 そのためか、停留所には厳重な警戒がされており、兵士も十メートル間隔で配置されていた。

 着替えや装飾品などの荷物は(何故必要なのかは不明だが)、お付きの者が各貴族の控室となる客間へ運んでおき、管理するそうだ。

 シウも、魔法袋を預けた。


 控室はかなり立派な客間で、こんな部屋を一人一人に割り振るなんて、王城はどれだけ広いのかと思ったが、下位貴族は数人から多い時で数十人にまとめられるそうだ。

 世知辛い話であった。

 ところで、各部屋にメイドも割り当てられるそうで、オスカリウス辺境伯には三人の若い女性が付いた。彼女たちはてきぱきと動きながらも、その視線は常にオスカリウス辺境伯へと向いていた。

 シウのような朴念仁でもはっきり分かるようなアピールで、見ていて面白かった。

 一応、シウにもお茶は入れてくれた。

 さすがにシウにそっけない態度を取ったりなどという不躾なことはしなかったし、自らキリクに話しかけるというようなこともしなかった。

 ここで粗相するととんでもないことになるのだろう。

 それでも、部屋を出る際に名乗っていくあたり、女性たちはちゃっかりしていた。

「あー、鬱陶しい。なんだ、あの色目は。子供もいるのに弁えないな」

「キリク様」

「イェルドも色目を使われていたな! お前が独身なのも調査済なんだぜ。おー、こわ」

 二人とも、立襟のかっちりとした礼装を着ている。騎士服と違って色は純白。金糸を使って細かな刺繍で縁取りがされている。腰帯は高い位置で、裾が長めにとられているので、スラリとした印象だ。背も高く見える。

 勲章らしきものを、シュタイバーンでは太い腰帯に付けるそうで、小さな形の勲章が所せましと飾られていた。

 胸じゃないのは何故だろうと思いつつ、脳内の服飾辞典をめくって暇な時間を過ごした。

 ちなみに、胸に付けないのは、一番大物の勲章、王から直に授かるそれを飾るために肩帯を付けるそうで、その邪魔になってはならないから、だそうだ。

 勲章は見せつけるものらしい。

 実際、部屋を出る直前に、キリクが肩帯を付けていた。

 ジッと見ていたら、言いたいことが分かったらしく、キリクが教えてくれた。

「ずっと付けていたら肩がこるだろ。だから直前に付けるんだ」

「ふうん。でも二割増しぐらい格好良く見えますよ」

「お、そうか?」

 途端に機嫌が良くなった。

 それを見て、イェルドがよくやりましたと、声には出さずに口パクで言う。またその顔が無表情のままなので、笑いが漏れそうになった。

 慌てて表情を引き締めたものの、謁見室に到着するまでの間に何度か思い出しては吹き出しそうになった。

 そういうわけで、意外と緊張もせずに王の面前へと到着した。


 何かあってバレると怖いので、シウはそれとなく探知を繰り返して、大丈夫だろうなと思いつつも鑑定は離れた場所から行った。

 まさか謁見室に何の処理も施されていないとは思わなかったが。

「よう、参った。面を上げよ」

 王直属の補佐官数名、宰相、大臣たち、それから典礼官などが立ち並び、そのうちの一人が先ほどから王の言葉を代弁していた。

 しかし、王はそれを遮って、直答を許すと言った。

 良いのかなと思いつつ、キリクが顔を上げたのを感じたので、シウも思い切って拝謁するために膝をついて俯いていた格好を、解いた。

 顔を上げると、二十メートルほど奥に、豪奢な金箔の椅子に座る柔和な男性の姿が目に飛び込んできた。

 微笑んではいるが、それだけではない威厳もある。

 補佐官の目付きは鋭く、こちらを品定めしようと鷹の目のようになっている者が一人。別の一人は大臣たちを見ていた。もちろん、それと分かるような態度ではなかった。やっぱり一流の人には一流の人が付くのだろうか。

 鑑定結果でも、彼等のレベルは高かった。

 ただ、大臣の中にはちょっと首を傾げたくなるような者もいた。

 なにしろ「奴隷王」というような、すごい称号付きの者がいたからだ。人は見た目ではないのだなと、悟るに十分なギャップでもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る