380 蜘蛛糸と重力魔法の基礎属性術式
翌日の生産の授業もいつもより早めに向かったが、やはりアマリアが一番目で、シウは二番目だった。
他の生徒たちも交えて、お互いの作成中のものについて相談し合ったり、アドバイスしたりして時間を過ごし、授業が始まるとそれぞれの作業に没頭した。
シウは、糸と錘を使った投げ道具を作ったり、テニスラケットから派生した網棒を作ったりした。大きめの軽金属棒に蜘蛛の巣のような網目を張り巡らせてみたのだ。透明にしたり、通電できるようにしたり、色々なパターンのものを作った。
レグロは怪訝そうに見ていたが、使い方を聞くと顔を顰めていた。
「なんつうものを作るんだ。怖いやつだな」
魔獣の蜘蛛の巣を人工的に造ったわけだから、そう言われるとそうかもしれない。
この日は、他にタイプライターで使う文字盤の種類を増やしたりして遊んだ。
それでも先生には何も言われず、生産科は本当にやりたい放題の授業だった。
昼ご飯は食堂だ。
ディーノたちと合流して、一緒に食べる。クレールもいるのでホッとした。
今のところ、落ち着いているようだがいつヒルデガルドやラトリシアの貴族が襲来? するか分からないので気は抜けない。
エドガールも、親身になってくれているから、誼は大事だ。
午後は複数属性術式の授業で、一通りの勉強が終わると自由時間になった。
シウはこの間からずっと考えている重力魔法について、基礎属性の複合技で使えないか思案していた。
というのも、実はいつの間にか重力魔法のスキルが増えていたのだ。
嫌な予感は当たるもので、他にも幾つか増えていた。あえて自分自身を鑑定せずに過ごしてきたが、困ったものだ。堂々と使えないのだから個性的なスキルは増えないでほしいのに。
せめて、咄嗟の時にバレないよう、基礎属性で使えないか考えるのが最近のシウの個人的な課題である。特に複数属性術式科の授業では為になることも多く、研究するのにもちょうど良い。
うんうん唸っていたら、早速トリスタンが横に立った。
「どうしたね、シウ」
「あ、先生。実は、こういうのをやってみたくて」
口に出すと周囲が騒がしくなるので古代語で書いていたメモを見せた。
「友人にこれを持ってる人がいて、使い方を教えてくれたんですけど、さすがに基礎属性で使えるようにはできなくて」
「……それはまた、なんともはや」
「やっぱりユニーク魔法ですよね」
「とても希少だね。滅多に見ない。しかし、ないこともないのだ」
「そうなんですか?」
「我が国では、そうだな、分かっているだけで十人ほどいるだろうか」
「わ、すごい」
先生が少しばかり自慢げに頷いた。
「うむ。わたしの友人の一人も持っている」
なるほど、と納得していたら、先生が付け加えた。
「宮廷魔術師にも一人いたかと思う。そう考えれば意外ではないか。ただし、このスキルにはまだ不明の事も多くてね。友人も後世の人のためにもと研究を続けている」
「じゃあ、実際に能力を生かしている人って少ないんですか?」
「あまり聞かないからね。冒険者で一人か二人、いる程度だと聞いた。発動条件があったり、使いこなすには大変らしいからね」
となると、それを基礎属性で代替えしようとするのは無謀だろうか。
唸っていると、トリスタンはシウの肩を叩いた。
「焦らずとも、君には時間がまだたくさんある。ゆっくり考えなさい。それに息抜きも、時には良いものだ」
「はい」
「友人にも、そう言ってよく酒場へ連れ出したりするのだよ」
「優しいんですね」
「おや、そんなこと初めて言われたよ」
そう言いつつも嬉しそうに笑って、トリスタンは別の生徒のところへ行った。
やはり良い先生だ。
シウはうーんと大きく伸びをして、そのまま仰け反って窓を見た。外の景色が逆さに見えて、しばらくその状態で眺めていると、ふと閃いた。
そうか! と急いで元の体勢に戻る。近くにいた生徒がビクッと震えて驚いていたが、もう集中に入ってしまったシウは気付くことなく、思案の海へと潜った。
土属性の重ね掛けと、金属性、重みを錯覚し調整させるための闇属性と無属性も使って、水属性を加えた超複合技になってしまったが、なんとか可能ではないかと当たりを付けた。
術式自体は変遷を重ねていくだろうが、使うのはこの属性ぐらいで大丈夫だろう。
対物と、対人などの生物相手ではまた違うし、この上にさらに対象物を指定しないといけないので恐ろしいほどの複合技になる。
詠唱していたら、その間に反撃されること請け合いの術式だ。一体誰が使うのだろうと思うが、一応シウの持つスキルを隠蔽するためのものだから構わない。
「先生、ちょっと試したいのでどこか借りて実験してきていいですか?」
「ああ、構わないよ。結果がどうなったかだけ後で教えてくれるかい。教室へは戻らなくても良いからね」
「はい」
返事をすると、すぐに教室を出ていった。
逆さの景色を見て、引っ張らなくても良いことに気付いた。
ものすごく無駄な使い方だとは思うのだが、イメージ優先ならこれで行けるはずだと思う。
以前も借りた、校舎からは遠く離れた不人気のグラウンドで、結界を張った上で試してみた。
自分の重力魔法が作用するといけないので、念のため詠唱してみる。
「《指定》《対物重力圧》」
目の前の岩を指定して、土属性レベル四を四回重ねて、更に金属圧と水圧も加える。そこを闇属性で物理除去して、圧だけを残すのだ。
途端にメリッと音を立てて岩が崩れ落ちた。
「やった、成功だ」
闇属性には命中率低下やステータス低下など、お得意技がたくさんある。その中には物理攻撃低下というのもあるのだ。つまり、物理的なものに対する消去が可能だ。
このレベルを上げたら、重力圧も増やせるだろう。
生物相手には、更に闇と無属性の組み合わせで錯覚が使えるので、付け加えたら上手くいきそうな気がする。
すぐに実験したくなったのだが、グラウンドには試す生物などいるわけもない。
「明日やろうかー」
少し残念に思いつつ、術式をもっとスマートにできないか組み合わせなどを考える時間も必要だと考え直して、グラウンドを後にした。
後からグラウンドの管理者に、置いていた岩が壊れていたと怒られてしまった。
好きに使っていいものだと思っていたのだが、どうやら別の誰かの実験用に置いてあったものらしい。平身低頭で謝った。
その日は帰宅後、頭を休めるために料理を作った。
ルシエラの市場で手に入れた帆立貝が新鮮そうだったので買ってきたのだが、ソテーにしてみたらなかなかの美味だった。
ドレヴェス領の海岸別荘地に避寒していた商人たちが飛竜で戻るついでに運んできたもののようだった。今年初だと市場の人が教えてくれた。
時間があれば転移してみて、現地で新鮮なものを買っても良いかなと思うほどだ。
ホタテの貝殻にも使い道はあるし、ホタテはとても良いエキスが出るので明日にでも行ってみようかなと考える。
となれば、明日の実験は早めに仕上げたい。
料理の事を考えてリラックスしていたのに、つい頭を使ってしまう。
シウは頭を振った。
今日はしばらく、考えないようにしよう。
それにはリュカと遊ぶのが一番だ。
「リュカ、今日、一緒にお風呂入る? フェレスも一緒に」
「うん、入る!」
ソテーを頬張りながら嬉しそうに答えてくれた。
フェレスも、尻尾を振り振り、嬉しそうだ。
その後、二人と一頭でお風呂に入った。
大の男が五人入っても大丈夫なぐらい、広くして使いやすく改修したので、フェレスのような騎獣が一緒でも充分ゆっくりできる。
このお風呂は使用人用だから、メイドたちも使う。個人で入れる小さいお風呂もあるが、ほとんどこちらを使っているそうだ。一度に数人入れることから時間待ちをしなくて良いので長く浸かれると好評だった。
カスパルやダンは専用のお風呂に入るため、こちらのお風呂は遠慮せずに改修している。獣であるフェレスを一緒に入れているのもシウが魔法で浄化しているからだ。あとは皆がフェレスを好きだということも理由のひとつで、有り難い。
「にゃーにゃにゃ!」
「あはは! フェレス、いっぱい水が飛んできたよー」
きゃっきゃと喜んでリュカが手を叩く。そう言うリュカも耳や尻尾を振るうので水滴が飛んでくる。
「にゃー!!」
洗い場から風呂の中に飛び込むのでバッシャーンという音と共にお湯が溢れ出る。頑丈に造っているとはいえ、やりたい放題だ。
「わあ! シウ、シウ、いっぱい濡れた!」
そうだねーと返事をしながらフェレスを見ると、自分でもちょっとやりすぎたと思ったのかちろっとシウの顔色を窺っていた。
「外でやったら、ダメだからね?」
「……にゃ」
はい、と素直な返事だった。
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