379 結婚の話と魔獣魔物の生態
昼ご飯は同じ研究棟の魔獣魔物生態研究科でいつものように摂った。
最近はお弁当を持参するのはもちろん、一緒に食べる人も多いので毎回大量に作って持ってきている。
魔法が使えるからこなせるのであって、普通に主婦として作るなら大変だろうなと思う。魔力量の少ない庶民の女性は大変だ。
ロワルだと惣菜屋も多くて働く女性は助かっていたようだが、ルシエラ王都は冬の寒さのせいもあって庶民はあまり出歩かない。
結果的にルシエラの、いやラトリシア国の女性は食事を毎回自作している。
そのせいというわけでもないだろうが、結婚している女性の大半が専業主婦だ。家で内職程度のことはしているらしいが、外では働かないという。
必然的に男性の給料だけで生活するため、生活水準を上げるために冒険者や魔法使いの比率が高くなるようだった。
事務のような簡易な仕事はじゃあ誰がやるのだろうと思っていたら、なんと奴隷が行うらしい。ソロルに教えてもらったのだが、食費だけで済む奴隷を使うのが一般的らしい。
よく考えたら女性の奴隷は力仕事もできないのだし、性奴隷というのは表向き禁止されている上に、供給過多にもなる。ちょうど良い具合にラトリシアでは上手くいっているようだ。
そんなことを考えたのも、女子生徒から愚痴が零れたからだ。
「あー、本当に結婚どうしよう」
「ルフィナは良いじゃないの。どこかの良家にお嫁入りできるもの。わたしは商家の出だから、どうなることか。シウ君みたいにこんな美味しいご飯作れないし、絶対に庶民の家へは嫁げないわ」
「君らは宮廷魔術師を目指さないの?」
「……ウスターシュ、あなた、魔獣魔物生態研究を学んでいるわたし達が、そんなすごい部署に就職できると思ってるの?」
じとっと睨まれて、ウスターシュはたじたじとなっていた。
「軍に入っても、騎獣部隊の獣舎に配属されるとは限らないし。第一、兵士になったらますますお嫁に行けなさそう」
「君、伯爵家なんだから、僕等よりよほど良い未来が待っていると思うけど」
アロンソが言う。彼は男爵家の子だ。いずれは軍属か、宮廷への仕官となるつもりらしい。
「伯爵家と言っても、わたしは第八子よ? 同じ貴族家に嫁げる保障はどこにもないもの。それに貴族家に嫁げたとしても、きっと貧乏貴族ね。そうしたら、ご飯だって自分で作らないと」
机に突っ伏した。が、その手にはちゃんとエビフライが握られている。
「美味しくもないご飯を毎日、食べるの……」
「ルフィナはもう少し、花嫁修業した方がいいと思うわ」
「セレーネ、ひどい」
「あら、わたしだから言うんです。他の誰が指摘してくれるのよ」
「そうよねえ」
慰めるように、彼女の希少獣タマラが手をぺろぺろ舐めた。
「ありがとう、優しいわね」
「それ、エビフライが欲しいって言ってるんじゃないの?」
「うるさい」
伯爵令嬢としてはそうとう口の悪いルフィナだが、心根は優しい。彼女はタマラをなでなでしてから、食べさせても良いかどうかシウを見た。
「少しだけなら大丈夫だと思うよ。基本的に希少獣って、食べさせていけないものはないみたい。ただし、本人が嫌がるものはダメだよ」
「本能で分かるっていうけれど、すごいわよねえ」
手で小さく切り分けて食べさせると、タマラは「キー、キッ」と嬉しそうに鳴いた。
「普通の獣と違って、食べ過ぎて太るということもないからね」
「……シウ、ぐさっと来るようなこと言わないで」
「え?」
首を傾げたら、あちらこちらから失笑が漏れた。
「……バルトロメ先生が前に言ってたわ。知能ある生き物の中で、胃がはちきれんばかりに食べてしまって太るのは、人間だって。人間に飼われる普通のペットとかもね。他のどの種族でもそういうことはないのに、人間だけは欲望に甘いのだ、ってね」
バルトロメの口調を真似て、ルフィナが教えてくれた。
あまりにしみじみとした言い方だったので、ついシウも真剣な顔をして答えてしまった。
「業が深いね……」
「13歳の言うことではないよ。シウって、本当に変わってるね」
アロンソが苦笑した。
変人が集まると言われる魔獣魔物生態研究科でも、生徒達の話題には必ず結婚話が出てくる。
シーカーは上級学校、いわゆる大学になるので通えるのは裕福な者、つまり貴族出身者や大商人の子がほとんどだ。そのため、生徒の中にはすでに婚約している者も多い。
さすがに女性が結婚してから生徒として通うことはほぼないようだが、それはラトリシアに専業主婦が多いからで、貴族の娘で貴族に嫁いでなおかつ相手が相当寛容であれば許されているとか。
そんな話をしていたせいか、バルトロメは、爽やかに宣言した。
「僕は子供さえ産んでくれたら、奥さんが何をしようとも構わないけれどね!」
「先生……」
皆、呆れた顔だ。
「あー、先生、あたし一応立候補しておいていいですか?」
「何をだい、ルフィナ」
「先生のお嫁さん候補」
誰かがブッと吹きだしていたが、皆、えーやめときなよーという空気、いや声を出している。
「君のところって、多産?」
「真っ先に聞くところがそれって、先生どうかと思うぜ」
「ステファノ様、口調が!」
「いや、でも、先生のそこは譲れないところだよね!」
「そうだとも」
胸を張って言う。それより授業中にこれで良いのだろうか。シウはぽかんとしつつ、皆の話し合いを眺めていた。
「わたし、一応第八子なんですけど、妾の子が含まれているからなあ」
「あれ、じゃあ、ルフィナは正妻の子?」
これまた男爵の子であるレナートが聞いた。このクラスは従者以外はほとんどが貴族出身者ばかりなのだ。
「そうよ。でも、うちは差別無しだから、時々どっちがどうって分からなくなるけれど」
「そうか、父親の種が良いんだね」
「先生ー!」
世が世ならセクハラだと思うのだが、この先生は全く気にしない人なのである。
「しかし、それだと難しいな」
「だから、念のための候補として、ぜひひとつ」
「そうだよね。僕ももう28歳だし」
「え、もうそんな歳なんですか、先生!」
「若く見えるわ」
男性に対しては決して褒め言葉ではないのだが、バルトロメはにこにこと笑った。
そして、いきなり授業へと突入して行った。
「そう、魔獣や魔物の中には若く見える個体も多い。たとえば、サキュバスやインキュバス、スキュラやハーピーだね。これは全盛期をその状態に維持しているんだ。彼等が老いた姿を見せるということは、死期が近いということなんだね」
いきいきと語り始めた。
聞くつもりはなかったのだが、ルフィナの独り言がシウの耳に届いた。
「これだから、結婚できないんだろうなあ」
さもありなん、である。
その後、話は脱線して行って、子供をたくさん産む魔獣は弱いものが多い、それは知能のある生き物でも同じことだとバルトロメは力説していた。
いわゆる生態ピラミッドのことだろう。前世では諸説色々あって、そう一概に決めつけられないという話もあったが、分かり易いので食物連鎖のピラミッド構造はよく本でも書かれていた。
強い者が弱い物を捕食するのは当然だが、ここにイレギュラーが発生すると生態系も狂ってくる。そうした複雑な網の目になっているのだ、世界は。
強い者ほど繁殖力が低下していくのは、餌の問題もあるが、生物学的な問題だと言われていた。強いからこそ、同時に存在できないのだ。
かつては仲間がいたかもしれないが、淘汰されて今の形になった。
ということは生物学的に意味のあることで、常に一番良い状態へと生物は変化していくわけだ。
ふと、ポエニクスのことを考えた。
一時代でひとりしか存在しない聖獣。生物としては、頂点に君臨している。
ドラゴンでさえ複数いるというのに、すごいものだ。
いや、神でさえ、と言えば良いのだろうか。
「……でもこの世界の神様って本当に複数いるのかなあ」
シウの知っている神様は1人(柱)だけなので、ちょっと分からない。
が、それは知っていい話でもないだろう。
考えないことにした。でないとまた、夢に現れそうだ。
「子供を沢山産むことによって、一族が生き残る確率を上げているんだね! 貴族でもそうだよ。沢山作るのは、誰か1人でもいいから良い後継者になってほしいという願いからだ。幸いにして人間は、魔獣や魔物ほど生存競争は厳しくない。よって、2番目以降が余ってしまって大変なことになるんだけどね」
「獣だったら、勝ち残れなくて真っ先に死んでいたわ、わたし」
「僕も」
「しょっぱい話だけどね!」
「人間で良かった」
バルトロメは、うんうんと嬉しそうに頷いて、最後を締めた。
「というわけで、本日の自由討論は、魔獣達の出産についてだ。いつの間にか突然現れるとされる魔獣だが、その魔獣同士の間からも子が生まれることは分かっている。これについてを、検証していこう!」
輝く笑顔で、授業は佳境へと突入したのだった。
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