460 ギルドの仕事、綿花の株と種、餌付け




 土の日は朝から冒険者ギルドに顔を出し、薬草採取の仕事を請け負って森へと出向いた。時間があったので、爺様の家に転移して果実や薬草の採取も行った。

 ついでに午後はコルディス湖へも寄ってみて、あまり溜まっていないがスライム狩りもしたし、小屋の周辺の魔獣も狩る。

 クロとブランカが自分達も狩りたいのか、妙に興奮していたのが面白かった。


 風の日は仕立屋の主が来て、話し合いとなった。

 結局、とりあえずとして糸と布を納入する話になったが、その際に生地の配合レシピについて少々揉めた。というのも、シウが今後定期的に納入できるとは限らないので、レシピを渡してしまおうと思ったのだ。だが、一仕立屋で得て良い情報ではないからと断られ、仕方なく商人ギルドへ投げることにした。

 ギルドで相談すると糸の配合などは特許を取り、バオムヴォレの生息地をシウが探すことになった。これは正式に依頼を出してくれるそうだ。そして、生息地情報を冒険者ギルドに回して、最終的には産業として確立しようという壮大な計画となってしまった。

 仕立屋は新しい糸や生地の発見に喜んでいるし、商人ギルド、主にシェイラがほくほく顔となり話が終わった。


 どうせならと、午後は王都を出てバオムヴォレの生息地探しをしてみた。

 高山にしか咲かないので当たりを付けて転移を繰り返し、全方位探索で検索したらすぐに発見できた。

 群生地もあったのでしばらくは生産できるだろうが、もし万が一需要があれば、あっという間になくなってしまう。

 少し考えて、株ごと引き抜いた。そのままブロックごとに分けてラップし、空間庫に仕舞う。

 別の株からは種も取った。

 栽培できないか考えたのだ。

 幸いにして、ラトリシアにあったバオムヴォレは高地と呼べるほどの高さにはなかった。

 高山にしか咲かないと思われていたが、案外寒い場所を好むだけかもしれない。

 それならば、ラトリシアは寒くて有名だから、夏さえ乗り切れば栽培できるかもしれないと考えたのだ。

「よし。じゃあ、帰ろうか」

「にゃ!」

 意気揚々と王都に帰った。ただし、転移して取りに行ったため、まだ報告はできない。辻褄合わせを考えるまでは放置しておこうとそのまま帰宅した。




 光の日は朝からデザート造りに精を出して、昼過ぎに王城へ上がった。

 門兵は今度はほぼすんなり通してくれた。ただ、シウの顔を見て、次にフェレスへ視線を移してから二度見するという門兵らしからぬ動きをしていたけれど。

「……やっぱり猫のぬいぐるみ鞄は目立つんだよ、フェレスー」

「にゃ」

 王城へ上がるのにそれはダメだと説得したのだが、お気に入りらしくて外してくれなかったのだ。

 カスパルとダンは他人事だと思ってけらけら笑っていたが、ロランドは困り顔だった。

 こんなことをテオドロに相談するのも変なので、まあいいかとそのままにしてしまった。

 本獣は機嫌よく尻尾を振って廊下を歩いている。

 時折すれ違う貴族やメイドの中には気付く者もいて、不思議そうな顔で見ていた。

 案内してくれた騎士は最後にくすっと笑っていたので、悪感情はなさそうだった。それが救いだ。


 さて、もう見慣れた感のある部屋へ入ると、シュヴィークザームが満面の笑み(本人比)で待っていた。

「来たー、お菓子がやってきたぞ」

「心の中で思っていても、普通は口にしないんだけどなあ」

「ふん。我は聖獣だ。普通とは違うのだ」

「同じ聖獣でも礼儀正しい方もいたけど」

 あ、でも、あれは稀な方だったかも。

 なにしろ聖獣と出会う機会がないのだ。個性なのか種族特性か判別できない。

「良い子にしてないと、おやつあげないよ」

 笑いながら脅すと、シュヴィークザームははっきり分かるほど顔色を変えた。

「……恐ろしい子供だ、我になんという言い草を」

「だから、もう少し常識的になってねという話じゃないの。大袈裟だなあ。ところで、欲しいものってある? 新作もあるけど」

「全部」

「……全部、何?」

 にっこり笑ったら、シュヴィークザームも仕方なくといった様子でその場にきちんと座り、軽く頭を下げた。

「全部食べてみたい。我にデザートをくだされ」

「はい。分かりました」

 このやりとりを、彼付きのメイドが目を見開いて驚いていたが、彼女は黙ってお茶の用意をすべく離れていった。気の利く人である。そうでなくてはシュヴィークザームに付き合い切れないのだろうが。


 シュヴィークザームにはまた魔法袋を持ってこさせ、本日のおやつとしては新作を出すことにした。その前に荷の入れ替えを次々行っているのだが、待ち切れないようでシウの横にぴたりと張り付いて見ているから居心地悪い。

「お昼ご飯は食べたんだよね? もうちょっと落ち着こうよ。子供みたいだよ、シュヴィ」

「我は欲望に忠実なのだ」

「あ、そう」

 お茶が出されているのに、ソファから降りて正座状態で張り付いているシュヴィークザームは体の大きさが違えば本当に子供だ。幼児に近い。

 このあたりは本性が獣だからだろうか。

 素直で正直だが、喋るだけあって始末に悪い。

「もう良いのではないか」

「じゃあ、入れ替えなくて良いの? もう要らないってこと?」

「む。我はそうは言っておらん」

「そう。じゃあ、待っててね」

「……先に食べても良いのではないだろうか」

「まだ2歳のフェレスでも待てができるのに……」

「ぐっ」

 フェレスがなあにと首を傾げてこちらを見た。そのあどけない姿に、さすがのシュヴィークザームも恥ずかしくなったようだ。ごほんごほんと咳払いをして、ソファに座りなおした。

 シウは溜息を隠しながら、せっせとおやつを移動させた。シウだって面倒なのだ。こっそり繋げて入れておきたいのはやまやまだが、空間魔法の持ち主だとばらすのは危険である。

 シュヴィークザーム自身に他意はない。だが、素直で正直な彼が誘導尋問でヴィンセントや、あるいは国王あたりにばらしたら、シウは困る。

 貴重な空間魔法の持ち主だとは知られたくないので、こんなことをしているわけだ。

「シュヴィがなー、自分で作れたら良いのに」

「……我でも作れるのか?」

「たぶん。あ、でも、我慢できないのか。お菓子作りって時間待ち多いからなー」

「そ、それほど時間のかかるものなのか?」

 普通はそうだ。シウは魔法を使っているので割と一瞬でできているが。

「うん。冷やしてー、置いて、捏ねて、また冷やしてーとか。ものによると2日や3日がかりってのもあるよ。だから計画性のない人や、大雑把な性格の人には向いていないね」

「む。もっとこう、ささーと作るものだと思っておった」

「計量が大事なんだよ。気温や湿度でも変わってくるし、本職の人なんてものすごくこだわってると思うけどなあ」

 というところで、つめこみが完了した。

 最後に、新作のアーモンドクリーム入りバターケーキを取り出した。底のタルト生地の上に取れたてベリーのジャムを敷いている。

「どうぞ。もうひとつあるよ。チーズケーキのブリュレ。ちょっと待ってね、表面を」

 火属性魔法で炙ると良い感じにジュワッと焼けてブリュレ特有の見た目になった。

 これを食べてみたいとテレビの前で何度も思ったものだ。

 それにしても、食べられないくせによくもまあクッキング番組を見続けていた。もしかしてマゾなのだったのだろうか、前世の自分は。

「こっちの苺のチョコケーキは明日にでも食べて。独り占めしないで、メイドさんにも分けるんだよ」

「……分かっておる」

 一瞬間があった。どうも脳内になかったようだ。

 半眼になって見たら、慌ててメイドを呼んだ。

「おぬしにもあるぞ。さあ、食べるが良い」

「え? いえ、わたくしは――」

「せっかくなのだ。食べよ。でないと、我が食べられないではないか」

「……は、はい、では」

 メイドがシウを見てから小さく会釈し、その場に座った。

 食器類は最初から揃えられていたので勝手に使ったのだが、彼女は恭しく受け取ってきょろきょろしつつ食べた。

 すぐに目が丸くなり、それからほわーっと幸せそうな表情になった。

「とても、美味しいですわ」

 シュヴィークザームが何故か偉そうに、

「そうだろうそうだろう。シウのお菓子は美味しいのだ」

 胸を張って言い、それから慌てて自分の分に手を伸ばした。誰も取らないのに。

「おお、これもまた美味だ! ふわふわで、甘くて、底はサクサクしておる。酸っぱいのもあるな。意外と合うのだな」

 ラトリシアの標準的おやつには酸味を入れることがないらしく、ひたすら甘いか、甘くないお菓子ぐらいだ。地方だとジャムを作るので酸味は当たり前なのだが、高貴な方々になるにつれ、ジャムは召し上がらないようだ。果物は果物として食べる。あるいは肉料理などのソースとして。

「それ、ブルーベリーだよ。クランベリー類のお菓子も沢山あるから、また食べてみて。今の季節はベリー種が美味しいからね。苺のチョコケーキも良いと思うよ」

 チーズケーキのブリュレは更に評判が良く、シュヴィークザームとメイドの2人は仲良くお代わりしていた。

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