459 固有スキルの増やし方と研究




 新魔術式開発研究は、固有魔法を新しく増やすことを目的としている学問だ。

 人族の魔力量というのは生まれた時から変わらないが、スキル自体は使っているうちに増えることもある。

 特に基礎属性を複数所持している者は、その組み合わせによって固有魔法も生まれる。ようするに上位魔法にステップアップするのだ。

 そのため、複数属性術式開発の授業から新魔術式開発研究へと進む者も多い。

 ということは基礎属性の複数所持者も多いということだった。

 押しなべて魔力量の多い者が研究者になる。

 魔力の節約が大好きで、表向き魔力量が少ないことになっているシウにとっては居心地の悪いクラスであるが、ハイエルフ対策として新技を考えたいのでためにはなる。

 マリエルのノートも大変役立った。

 書き連ねた疑問にも、彼女は丁寧に教えてくれた。若干早口なのは、シウが「話の続きを待っている」と判断したからのようだ。よくそんな細かいところに気付いたなと思ったが、仕えている人が早口の天才だからだろう。

 真横で補講を受けているので耳にも入ってくるが、ヴァルネリの授業は最初はマラソンのようなものだと思っていたが、今では聞きたくないロック音楽を3倍速で聞いてる感じ、に近いような気がした。ようは呪文である。

 通訳と言う名の秘書が必要なわけだ。

「マリエルさん、基本的なことなんですが」

「はい。なんでしょうか」

「固有魔法の中にはユニーク魔法、唯一のものと言われる魔法もあるでしょう? あれらを独自に開発して会得したら、もうユニークとは呼ばれないんですよね」

「会得できることが稀ですから、魔術士ギルドでは数人程度なら唯一のものだと認定しておりますよ」

「あ、そうなんだ」

「もしかして、シウ様は魔術士ギルドには登録されておりませんか?」

「してません。冒険者ギルドと商人ギルドには登録してるんですけど。あ、鍛冶ギルドにも一応名前だけは。会員ではないのでカードは持ってませんけど。同じ理由で薬師ギルドにも名前は登録していました。そういえば」

「……それは、すごいですわね」

 複数のギルドに登録することは基本的に難しいのだが、ないわけではない。シウもきちんと許可を得ていた。

「特許関係でそうなっただけで、実質仕事は受けてませんけどね。冒険者ギルドと商人ギルドぐらいです」

 マリエルの視線がまた妙になってきたので、シウは笑顔で話を元に戻した。

「たとえば、種族固有の魔法ってあるじゃないですか。あれも開発はできるものでしょうか」

「……ヴァルネリ様と同じような発想をされるのですね」

「いや、えーと、あれです。男の子なら誰だって妄想と言うか、想像するものです」

 誰もが通る道だと言い張って、シウは続けた。

「基礎属性の複合技を使うことによって固有魔法って編み出されたものだと言われているけれど、最初から持っている人も多いでしょう? 僕はそれが不思議で。で、大抵、固有魔法を持つのに相応しい基礎属性を持っている。稀に固有魔法だけの人もいるみたいですけど」

 以前から気になっていたので口にしてみたのだが、マリエルは怪訝な顔をした。

「そう、なんですか?」

「え、だって、そうです、よね」

 言いながら、この情報が現在の本に載っていたわけではないことを思い出した。

「あー、えーと、鑑定魔法持ちの人が資料として残していたものを、読んだことがありまして」

「……そうですか。確かに人ばかりを見る鑑定士も昔はいらっしゃったようですし、それを残したかもしれませんね。個人情報ですけれども」

 今は水晶で鑑定することが多いので、データが集まるのならギルドだろう。

 ただし、システム化されていないから大量の個人データはゴミの山だ。どこかの研究者が調べたら一発だろうと思うが過去の分は廃棄されている。すべて、個人の持つカードに個人の情報が残るだけだ。ある意味、良い方法だとは思う。個人情報を守るという意味では。

 ふと、余計なことを考えた。この世界で統計学が流行らないわけだなあと。

 そして頭を振る。こういうことを考えるとすぐに固有魔法が増えるのだ。

「あ、でも、それがいいのか」

 ハイエルフ対策として、とっておきのスキルが増えると良いのだが、えてしてこういう時は何も出ないのだ。

 というよりも、基礎属性でえっちらおっちら考えて作り終えて発動が成功したら、いつの間にか固有魔法になっているというパターンが多い。

「あれ?」

 イメージだけで使えるのが魔法なのに。いや、その場合は魔力量が大幅に必要とされる。理解力があれば魔力量も減るけれど……ハイエルフ対策に節約はしなくても良いんじゃないだろうかと、ものすごく簡単な答えに行きついた。

「しまった……」

 魔力庫を持つシウにとっては、もしかしなくても、新技は要らないんじゃないだろうか。そこまで考えて、しかしやはりダメだと頭を振った。

 何事も慎重にしなければならない。

 種族固有魔法の種類が、狩人から聞いた数種類だけとは思わない方が良い。

 しかも、血を縛る魔法だったら、人族扱いでハイエルフからすればミソっかすであろうシウだって、一応ハーフという定義に入る。つまり、操られる可能性だってあるのだ。

 万が一のことを想定して、対抗策のスキルを考えよう。

 そこまで結論付けて顔を上げると、マリエルの視線がまた怖くなっていた。

「類は友を呼ぶとは、よく申したものですわね……」

 などと呟くので、シウは必死で否定した。少なくともヴァルネリとは別にしてもらいたい。多少、変人の気はあると自覚しているが、彼ほどではないと。


 少しの休憩をはさんで5時限目に突入した。

 引き続きマリエルと話をしていたが、クロが目を覚ましてしまった。

 彼女が許してくれたので、邪魔にならないよう教室の後ろへ行って授乳を行う。今日から少し離乳食も食べさせてみた。クロは鳥型なので育ちが早く、そろそろ自力で歩けそうだった。

 彼を肩に乗せて遊ばせていると、ブランカも目を覚ました。この2頭は大抵どちらかが目を覚ますと引っ張られるようだ。種族は違うが双子のきょうだいである。

「みゃぅ、みゃっ、みゃ」

「はいはい」

 フェレスの時よりもよく飲んでいる気がするブランカはニクスレオパルドスという種族のせいか、最近ぐんぐん育ってきている。もう子猫とは呼べない大きさだ。

 普通の猫ほどの大きさはあるのに顔や手足のバランスがまるで赤ちゃんで、誤魔化すのが大変になってきた。

 一応、昼間は抱っこひもの中でおとなしくしているが、そのうち自力で歩き始めると隠せないだろう。

 フェレスのやんちゃっぷりを思い出して、苦笑した。


 その後、まだ眠くならないらしいクロをフェレスに乗せてやり、シウはマリエルのところに戻った。

 ヴァルネリが来たそうにしていたものの、ラステアに止められ、更には生徒達に囲まれて質問の嵐を受け気が逸れたものの、見ていると冷や冷やする。

「ラステアさんやマリエルさんが猛獣使いに見えてきました」

「ふふふ。わたし達も時々そう思います」

 マリエルはシウの軽口にも付き合って、5時限目の補講は緩んだ空気で進んだ。

「この調子ですと、来週から本授業に入っても大丈夫ですね」

「え、そうでしょうか」

「課題をお出ししましょう。それとラステアさんがまとめている資料もございますから、お貸しします」

「そんな貴重なものをお借りしていいんですか? あ、僕、その場で記録させてもらいますけど」

「ああ、そうでしたね。あれは見事な速読でした。けれど、図形もありますのよ。記憶できますか? それとも複写魔法の魔道具などお持ちかしら」

「あ、えっと、はい、持ってます」

 魔法を持ってますとも。

 シウがにっこり笑うと、マリエルは苦笑して頷いた。

「では授業が終わる前に研究室へ参りましょう。鐘の音がなると自由時間だと勘違いしてシウ様に張り付いて取れなくなる可能性がありますから」

 誰とは言わないが誰のことかは分かる。

 だから、早めに退出させてくれる心づもりのようだ。

 2人で顔を見合わせて笑い、シウは頷いた。


 言葉通り、早めに補講を切り上げて、シウとマリエルはフェレス達を連れてヴァルネリの執務室兼研究室へと向かった。

 資料部屋などがあってなかなかの大きさで、ラステアもマリエルも個室を持っていた。

 部屋には秘書もいて、大所帯のようだ。

「こちらです」

 案内されてラステアの執務室へ入り、そこで資料の山を自由に見ていいと言われ、残された。

 宝の山だろうに不用心なものだ。まあ、持ち出し禁止の魔法や出入りをチェックする魔法陣もあったのでセキュリティに自信があるのだろう。

 念のため、視られている可能性を考慮して遮断し、結界を張った上で本や資料を眺めて回った。自動で記録庫に複写されていくのを感じながら、一冊ずつ手にも取ってみる。

 ラステアは几帳面らしく、丁寧にメモを取っておりとても見やすい。

 文章も読みやすくてさすが「通訳」だと思った。

 ヴァルネリのものだと思われる資料もあったので比べてみると一目瞭然だ。

 頭の中の構造がそうなっているのだと言える、とっちらかった内容ばかりで面白い。

 まるでパズルみたいで、解読するのが楽しくなってきた。ラステアもこれが好きなのではないだろうか。適材適所というか、彼等の関係性が素晴らしいなと感心した。

 つい熱心に読んでいたら、開け放していた扉の所からマリエルに呼ばれた。

「そろそろ戻って参りますわよ。お時間があるのでしたら、よろしいのですが」

「あ、帰ります!」

 急いで資料を元に戻し、マリエルや室内の秘書や従僕などに挨拶して部屋を後にした。

 擦れ違わないよう、全方位探索で相手の位置を確認しながらの退却だ。

 別に嫌いではないのだが、どうしてもこういう態度になってしまう。

 不思議な人なのだ、ヴァルネリは。

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