458 猫の鞄を自慢、新授業の補講
朝からハイテンションのフェレスがあちこちで自慢するので、皆、生温かい目でシウを見るようになった。
「いや、あれ、僕の趣味じゃないからね」
「でも作ったの君だよね?」
「フェレスが猫の鞄が欲しいって言うからだよ」
「ふうん」
カスパルはにやにやと、ダンは疑わしそうに笑っている。いたたまれない。
「まるで猫を乗せているみたいで可愛いけどさ。これでますますフェレスは女の子みたいだな」
ダンが苦笑しつつ、嬉しくて飛び跳ねているフェレスを見ていた。
鞄は前足を通してリュックのように背に回しているので自分の目には見えないのに、シウと同じ格好をしていると思っているらしくて、さっきからずっと、おなじおなじとはしゃいでいる。
そういえばローブを作ってあげた時も喜んでいたので、同じことがしたいのかもしれない。
ついでにクロを模したチャームも作ったら、ごろごろ転がって喜びを表していた。そちらはスカーフの先に付けたので、俯けば見える位置にある。
それを前足で抱えるようにして抱っこのフリだ。
「……うーん、親の真似をする幼児のようなものかなあ、あれ」
「どうもそうみたいだね。騎獣ってもっと大人だと思っていたけれど、意外と成獣になっても幼いんだね」
「性格もあるらしいし、一概には言えないよ。ただまあ、フェレスは――」
「おバカだよね。そこが可愛いんだけど」
まあ、そうだね、と笑った。
学校へ行くと、白地に白い鞄だからか、ほぼ誰にも指摘されることはなかった。
しかしドーム体育館へ行くと、勝手知ったる場所とメンバーに、フェレスは1人1人に近付いて見せびらかしていた。
「まあ、可愛らしいものを作ってもらったのですね。お似合いですよ」
クラリーサは真面目に相手をしてくれて、申し訳ない気分だった。
「フェレスは黙って座っていれば気品のある姿形をしているから、そうしたぬいぐるみを背負っていると愛嬌があるな」
ルイジはそんな風に精一杯褒めてくれた。褒めてくれた、のだと思う。たぶん。
皆、それぞれ相手をしてくれているのは授業でフェレスもクラスメイトのように一員となって役立っているからだろう。
有り難い話だ。
ところで、いつもはシルトのことを無視しているフェレスだが、今回は分け隔てなく見せびらかしに行っていた。そういうところが実に現金な子でもあった。
「にゃ!」
どうどう? と背中を見せている。
シルトは返事に困って辺りを見回し、それからシウと、その腕の中にいるものを感じ取って、渋々口を開いた。
「なかなか、似合っていると、思うぞ。うむ、可愛い、ぬいぐるみだ」
「にゃ!」
ふっふーと嬉しそうに飛んで、次の犠牲者に突撃していた。暫く続きそうな予感に、シウは後を追いつつ皆に謝って回った。
授業が終わるといつものメンバーで昼ご飯だ。
フェレスには食堂では騒がないようにと釘を刺したせいか、おとなしくはしていた。
ただ、それとなく背中を見せているあたり、我慢はできないようだった。
ディーノとコルネリオがくすくす笑いながら小声で褒めて、クレールも真面目な顔で良かったねと言うと、フェレスは前足で顔を何度も洗う仕草をして「にゃぁん」と悩ましい鳴き声を上げていた。一応小声で。
プルウィアは若干引いていたものの、フェレスには褒め言葉をくれた。
シウのことは痛い目で見ていたけれど。
「猫に猫の鞄を背負わせるなんて、すごく奇抜な発想の持ち主ね」
「僕じゃないんだって。フェレスが欲しがったの」
「ふうん」
「……みんなそうやって、僕を生温かい目で見るんだ。そりゃあ、僕はフェレスにレースのスカーフを付けさせる人間だけどさ」
「やだ、レースを付けてたの? ……でも、フェレスは可愛いものねえ」
「それもそうだけど、なにより本人が好きなんだよね。希少獣って、ツルツルしたものや光るもの、綺麗なものが好きだよね?」
「そういえば、そうかも」
レウィスを見て思案顔だ。
「……この子、わたしの髪飾りをよく突くわ。もしかして欲しかったのかしら」
「この間も旅行のお土産と称してフェレスが希少獣達に枝や石を自慢していたでしょ? レウィスを含め、いいなーいいなーって羨ましそうだったから、そうだと思うよ」
「へえ、知らなかったわ」
ディーノ達も話しに加わってきた。
「希少獣って、面白いものなんだな」
「でも、立派な体躯の大型騎獣が可愛い物好きだったら、少し驚くね」
「性格もあるんじゃない」
「聖獣も同じかな? 僕のイメージでは、聖獣は深窓のご令嬢なんだけれどね」
思い思いの事を口にしているが、生まれ育ちもあるのだろうと思う。
ただ、基本的には彼等は素直なのだ。そして、とても正直である。
「僕の出会った聖獣は、変わってる子が多かったよ」
「……そんなに出会ったの?」
「うん、まあ。1人、って言っていいのかな、1人は高貴な女性だけど頑固で厳しい教師っぽい性格で、人型になる時は綺麗なドレスがないと嫌だって頑なに本体のまま何年も過ごして、その間気難しく無言を貫いていたね。1人はまだ幼児だったからなんとも言えないなあ。あと、最近だと、人型になったのに素っ裸で平気なのとか。最後に会ったのはお菓子の要求ばかりしてくる食いしん坊とかだね」
「すごいね……」
皆、乾いた笑いでシウの説明を聞いていた。
それで思い出したが、シュヴィークザームから要望があったらしく、週末のどこかで一度来てもらえないかとヴィンセントの秘書官から手紙が届いていた。
お菓子の要求である。
午後は新魔術式開発研究の授業だ。
今日から本格的に参加するので、気を引き締めた。
時間ギリギリに教室へ入ったのは、嫌々だからではない、と思う。
「やあ、シウ。先日は突然お邪魔して悪かったね」
「いえ。カスパルが誘ったのでしょう?」
「僕が押しかけたんだよ。それにしても、あれは美味しかったねえ。あの後お土産をゾーエ達とも食べたんだ。お腹いっぱいなのに食べられるから、美味しいっていうのは罪だねえ」
従者達にも分け与えるとは、良い人のようだ。シウは笑顔になった。
「たまになら食べ過ぎても良いんじゃないですか」
「良いことを言うね。そう、たまにならね」
うんうんと頷いてファビアン自ら席に案内してくれた。
その間にゾーエがフェレスを後ろに連れて行ってくれる。ゾーエは一言二言話しただけで戻ってきたが、見ているとフェレスがオリオに鞄を自慢していた。
オリオは優しい性格らしく、一生懸命褒めてくれているようだった。
ヴァルネリは鐘の音と共に入ってきて、シウの顔を見るとニッと口角を上げた。
「先週は休みだったね。忘れていたよ。で、今日から君も僕の生徒というわけだね?」
「はい。よろしくお願いします」
「うむ! では、一緒に授業を受けなさい」
偉そうな物言いだが、子供が父親の真似をしたようにしか聞こえなくて吹き出しそうになってしまった。どこか憎めない人だ。
ただし、天才の身の回りを世話する人は大変だろう。
「ヴァルネリ様、シウ様は途中参加でございます。これまでの授業内容をご説明しないままお進めするのはよろしくありません。他の方々に追いつくまで、わたくしが補講代わりにお教えするとご説明したはずです」
「え、そうだった?」
「はい」
辛抱強くマリエルが話し、ラステアも横から援護射撃をしてようやくヴァルネリは渋々それを受け入れた。
その代わり、同じ教室の声が聞こえるところでやるようにと言っている。
どうやら正規の授業をやりつつマリエルの説明も聞いておくようだ。聖徳太子か、と内心で突っ込んでしまった。
マリエルは速記ができるらしく、従者というのに能力の高い人であった。
授業内容を記したノートを持参して、それをシウに読ませながら気になる個所を注釈していく。
そのため、少し混乱しそうになった。
「あの、すみません」
「はい。もしかして早かったですか?」
心配そうにシウの顔を覗き込んでくるので、シウは、小声で返した。なにしろすぐ横では機関銃のように喋り続けるヴァルネリと、それを必死で追う生徒達の鬼気迫る攻防が現在進行形で行われているので。
「いえ。実は僕は速読と記憶力に自信があって、先に全部読ませてもらいたいんです」
「まあ」
「気になる個所は別に書き出しますので、その間にマリエルさんからも足りない箇所の説明があるようでしたら考えておいてもらえますか?」
「……その方が合理的のようですね。承知しました」
ということで、ノートをぱらぱらと開いて読んでいるフリをした。全て記録庫に保管である。ただ、この程度の量なら本当に読めてしまうので、内容も全て把握した。
ノートはヴァルネリの授業内容をそのまま書いたものと、横に赤字で通訳らしき文章に書きなおされ、更に青字で足りないであろう箇所を補完してあった。時折、参照なになにと書いてあるのは、教科書や参考書のことだろう。すべてに紐を付けてみたら、自動で索引が出来上がった。
脳内でまとめながら、メモに聞きたいことを猛然と書いていたら、マリエルの視線が突き刺さっていることに気付いた。顔を上げると、視線が「なんだこいつ」状態だったので、にっこり微笑み返すと慌てて女性らしい表情に戻していた。女性の闇を見てしまった気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます