457 リュカの夏休み予定と仕立屋の納品
木の日は完全な休みとなったので、課題も何もなく午前中はリュカと共に遊んで過ごした。
そのせいか昼頃にはリュカもかなり落ち着いていた。
ついでに夏休みの予定をスサも交えて相談してみると、驚きの答えが返ってきた。
「え、ミルトと獣人族の村に?」
「そうなんです。リュカ君もいろいろ考えて、そうしようかなと決めたところだったんですよ。わたし達に遠慮してるなら、それはないと言ったのですけれど」
スサ達は長い休みなのでシュタイバーンに全員里帰りすることになっている。ラトリシアで雇った人達にも里帰りを許しているので、屋敷は完全に留守となるのだ。もちろん、リュカはブラード家の使用人扱いとして連れて行くつもりでいたらしい。
「ですが、先週その話をしていたらミルト様が、獣人族としてのルーツを一度しっかり見ておくのも良いのではと仰られて。ねえ、リュカ君」
「うん。そうなの。そしたらね、もし行くならソロル兄ちゃんも一緒に行ってくれるって。だから怖いことはないよって」
「……お父さんの故郷を見てみたいんだね?」
「うん。おとうが、ときどき教えてくれたの。かなしい顔で、笑ってたの。きっと行きたかったんだよね。僕、おとうの代わりに、行ってみたいと思ったから……」
「自分で考えて自分で決めたんだね」
こくんと頷くリュカの頭を撫でて、シウは微笑んだ。
「偉いね、リュカは」
えへへと恥ずかしそうに照れて、それから、シウにはっきりと宣言した。
「僕、シウに心配かけないりっぱな大人になるの!」
「リュカ」
「おとうも、そうしたらきっと女神さまのところで安心してると思うから」
心残りがなくなれば魂は浄化されて次の輪廻へ向かうとされている。
だから、残されたものは、逝った者のためにも元気にならねばならない。サヴォネシア信仰の基本だ。
リュカは父親の死を乗り越え、確実に大人になっているようだった。
午後は、カスパル御用達の仕立屋が作った夏物服を持ってきていたので立ち会うことになった。
たまたまシウがいたので顔を出したのだが、仕立屋の見習いもいて話をすることになった。
「この間のシャツ、評判が良かったんだ。ありがとう」
「喜んでいただけて幸いです。それにご提供いただいた生地が本当に素晴らしくて、主も大変やりがいを感じておりました。カスパル様のシャツにも使わせていただきましたが、とても気に入っていただけたようです」
「足りた?」
「はい。それはもう。ダン様の分まで使わせていただきました。前回は春用でしたが、本日は夏物です。こちらも、シウ様の分はご指定の生地で作らせていただきました」
夏向けに麻とボンビクスという蚕の魔虫から取った糸を寄り合わせて、綿糸と編み込んだ生地で、シウのお気に入りになっていたのだ。ただ、シウが作るとよれよれになってしまう。
見習いの人に見せてもらったら、縦衿のすっきりした形でよれていなかった。
「わ、やっぱり本職は違うなあ!」
「とても良い生地ですが、水にぬれると糸目がずれるようですね。主は襟に芯を使っております。お楽な着心地を好まれるようなので柔らかい絹を芯にしてみました。生地も何度か水にくぐらせてから引っ張り調整しておりますので、今後は型崩れもないかと存じます」
「そうですか! ありがとうございます。やっぱり素人が作った生地で服を作るのは大変ですよね。すみません」
自分では最高だと思っていてもプロからすれば面倒だっただろう。
シウが頭を下げたら、彼は慌ててそれを留めた。
「とんでもないことです。実は、とても良い生地をお持ちなので、ぜひともお取引できないものかと主と話していたのです」
今日は平日なので会えると思っていなかったらしく、仕立屋の主は来ていなかったが、近々お邪魔したいと願い出るつもりだったと言う。
「バオムヴォレの高級糸で作った生地も手触りが最高でしたし、夏用に配合された綿混生地も、確かに使用するまでに手間はかかるかもしれませんが肌触りはとても良かったです。そして、以前くださいました綿ティーシャツでしたか。あの柔らかい生地は何とも言えず着心地が良くて……」
うっとりした顔で目をつむった。仕立屋で働いているだけあって、生地マニアなのかもしれない。ちょっと引きつつ、シウも同意した。
「部屋着とか、下着にはぴったりでしょう? 僕は作業着にしてるんですけど、メイドの人には不評なんです。きちっとしていないので、だらしなく見えるそうで」
「そこです!」
見習いの男性がビシッと強めに言った。びっくりしていると、そのまま捲し立てるように続けた。
「すべては造形美であると考えます。その、大変失礼ですが、忌憚のない意見を言わせていただきますと、シウ様の作られる服は造形が些か手抜きでいらっしゃいます。つまり平坦であると申しますか」
「あ、はい」
「やはりそこは本職に任せていただければと思います。もう少し体に沿った造りにすれば、あの柔らかい生地も下着だけでなく、外での着用も可能となるでしょう」
ようするに、立体的でないということだろう。
そこは反論する余地がないので、黙って頷く。
見習いの男性は興奮して喋ったことに気付いたらしくて慌てて謝ってきたが、受け取りの確認でやってきたメイド長のサビーネに止められていた。
とにかくも、生地などの詳しい商談は後日ということになった。
たぶん、生地自体もシウが作るより彼等に任せた方が良いのだろうと思う。
よって糸での納入についても検討すると伝えた。
ところで、今回の服の中にも、王城に伺候できるような立派なものが含まれていた。
シウは頼んでいないのでカスパルのせいだろう。
支払いもいつの間にか済まされていた。ロランドに相談したが、たかだが服の仕立費用ぐらいで、という認識で「どうかお納めください」と諭されてしまった。
こういうことで揉めるのは貴族的にはよろしくないらしい。さもしいというのか、スマートに支払いを済ませたのだから、それを良しとしなくてはならないそうだ。
ロランドとしては口幅ったい物言いになるがと前提して、
「シウ様にはそれ以上のものをいただいているのです。この程度のことでお礼など言われては、カスパル様も身の置き所がございません。どうぞ、お心に仕舞っておいてくださいませ」
そこまで言われて、シウも有り難く受け取った。
それにしても、上から下まで、季節ごとに大量の服を仕立てるとはびっくりだ。
シウだけでなく、従者のダンも同じだ。いや、彼はもっと多い。なにしろ夜会にも共に出るため、燕尾服のような軍服のようないわゆる貴族の夜会服が仕立てられていた。
それでもまだマシなのだと、サビーネなどは言っていた。
「姫様がいらっしゃる貴族家ではそれはもうドレスの数がすごいと申しますからね」
「あ、そうか。女性は男性と違って毎回ドレスが要るんですね」
「ええ。同じものを着るわけには参りませんもの」
勿体無い話である。
まあ、それも下位貴族の子女になると、親や親戚が上位の貴族家からお下がりをもらってきて手直しして着させるそうだが。
それらを繰り返して、やがて、庶民の方に古着として回ってくるわけだ。
ドレスは商家の娘が着てお終いだろうが、普段着ならどうかしたら庶民でも手に入れることが可能だ。さすがに華美な部分は削ぎ落とされているが。
「装飾品もそれはたくさん必要でございますよ」
「わあ。じゃあ、女性ばかりのお宅は大変ですね」
「とはいえ、男性のお子様でも、今度は武具に馬具など相応の物が必要でございますけれどね」
へえ、と感心していて、あることに気付いた。
「でもサビーネさん、カスパルはそのどれも持ってないね?」
彼が馬乗りしているところを見たことがない。剣や鎧を手に訓練している姿もだ。
するとサビーネが半眼になって、窓から外を眺めた。
「……坊ちゃまは本当に、そういった点ではお金のかからないお子様でしたね」
その分、古書にお金を掛けているが、シウは口にしなかった。サビーネの顔が怖かったからだ。
夕方、作ってもらった服を一通り見ていたら、リュカも新しい服を貰って何故かファッションショーが始まった。
ソロルも来て、三人であれこれ騒いでいると、フェレスが拗ね始めた。
「にゃ。にゃにゃ……」
ふぇれにはないの、と言うので、新しいスカーフを作ってあげると約束した。
何故か、リュックも欲しいというので(魔法袋を指していたが、その機能が欲しいというわけではなかったから)、三人と一頭でどういうのがいいか考えはじめた。
「可愛いのが欲しいの?」
「にゃ!」
「……じゃあ、こういう格好良い形は嫌なんだ」
「シウ、こういうのは?」
「リュカ坊、それはうさぎの鞄か?」
ソロルが困惑気味に紙を覗き込んでいた。シウも見てみたが、耳の長い動物に見えた。
「狼! ミルトお兄ちゃんなの!」
それは、狼なのか。あと、ミルトは可愛いの範疇なのか? と考え込んでしまった。
するとフェレスから、ちょいちょい突かれて呼ばれた。
「にゃにゃにゃ。にゃにゃにゃ、にゃにゃ」
「え、ブランカみたいなのをくっつけたい? 猫? 猫みたいなのを?」
意味が分からないながらも、シウがぬいぐるみっぽく絵を描いたのを見せたら、満足そうに頷いた。どう見ても前世で見た、女の子が背負うようなぬいぐるみ鞄だ。
もしかしてフェレスは前世が女の子だったのだろうかと少し心配になりながら、まあ本人(猫?)が欲しいというのだからと作ってあげることにした。
晩ご飯を挟んで夜なべして、本物の飛兎などの毛皮を利用して作り込んで、何度も試行錯誤を繰り返し、猫の鞄を作った。その頃にはもうフェレスはすやすや寝ていたので、付けてもらうことはできなかったが、空間魔法の持ち主であるシウにはしっかり計測は可能だった。
それにしても、と思う。全体的に白の長毛カール種であるフェレスに、白猫の鞄というのはどうだろう。これだとまたシウのセンスを疑われるような気がする。
同系色だから遠目には分からないだろうが、近くに来てギョッとされそうだ。それはそれで嫌だなあと思いつつ、フェレスが喜ぶならまあいいかと肩をほぐしてベッドに入った。
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