461 愛すべき希少獣達、甘海老と相談話
おやつを食べた後、もう少し遊んで行けというので外の近衛騎士を引き連れてシュヴィークザームが好きだという温室へ向かった。
温室はガラス張りで、大きな店が2つ入るほどだった。中央には噴水があって、近くにソファを置いている。
「ここで昼寝をするのが良いのだ」
「……うん、まあ、そんな感じだね」
完全に引きこもり体質のようだ。
「ところで、シュヴィってハイエルフと会ったことある?」
温室の中は人払いがされているので、他には誰もいない。シウは気になっていた質問をしてみた。
「大昔に、会ったことはある。我はあまり好きではないな」
「そうなんだ?」
聖獣の口から好悪感情が出るとは思わなかった。
「まるで、我が従うのが当然のように話すのでな。人族にも似たような者はいる。しかし、それともまた違う。あれは、そう、小さき魔虫を見るような、嫌な視線であった」
「能力的には勝てそうな相手?」
「さて、どうか。我は魔獣とは戦うが、人間とは戦わん」
「あ、そうなんだ」
「……聖獣についてよく分かっておらぬのだな。確かに命じられたら聖獣といえども人を害することはあるが、本性では嫌悪しておる。そう、同族を殺したような気持ちになるのだ。同じ人型をとる所以かもしれんが」
だからこそ、聖獣と呼ばれるのかもしれないなと思った。
「そう、人間とは戦わぬが、主を守るためならば戦うであろう。ふむ。ハイエルフか。我が出会った者ならば勝てるだろう。だが、不思議な力を持つ者が多いと聞く。ドラゴン相手に勝てる我でも、確たる自信はない」
案外冷静なのだなと、失礼なことを考えてしまった。
それにしても、聖獣ポエニクスにまでそこまで言わせるとは、ハイエルフは凄いものだ。
「シウよ、まさかハイエルフを相手に戦う気か?」
無表情ながらも心配そうな声が滲んでいた。
シウは笑って首を横に振った。
「ううん。戦う気はないよ。ただ、友人にエルフがいて、嫌な仕事を請けたくないって逃げてきたからね。それが、ハイエルフ関係の仕事らしくて。もし追われたら僕にも関わりのあることだから守ってあげたいんだ。その対策を考えてるところ。逃げるための準備だね」
「……逃げるのか?」
「勝てない相手に戦う気はないよ。第一、殺す気で来る人相手に、どう対処するの。僕は人を殺したくないし」
相手を人事不省に陥らせて拘束し続けられる素敵な魔法があれば良いけれど。
「あ、拘束できたら、そうでもないのか。でも一生拘束はできないしなー」
「おぬし、さらっと怖いことを言うな」
「相手の方が怖いんだよ。言うことを聞かない相手を殺す一族だよ? 物騒すぎてびっくりだよね」
「となると、我の出会った氏族の者か」
「アポストルスだって」
「おお、それだそれ。帝国滅亡後に袂を分かったひとつの氏族であるな」
シュヴィークザームが嫌そうな顔になった。
「閉鎖的なのだ、あれらは。我に言われたくはないだろうが」
「あ、自覚あるんだね、引きこもりの」
「む」
少々機嫌が悪くなったものの、それからもハイエルフについて知ってることを話してくれた。彼なりのデザートへのお礼らしい。
しかし、帰り際に、
「おぬしがいなくなると我は困る。よって、力になれることがあれば、言うが良い。手伝ってやらぬこともない。が、念のため、シウの持つデザートのレシピを、我の料理人に教えてやっても良いかと思うが、どうか」
本音が駄々漏れである。
つい半眼でジーッと見つめたら、慌てて手を振っていた。いやこれは違うのだ、とかなんとか。
その姿を、近衛達が不思議そうな顔で見ていた。
ところで、帰りの馬車で気になってフェレスに聞いてみた。
「シュヴィに自慢しなかったけど、なんで?」
「にゃ。にゃにゃにゃ。にゃにゃにゃ」
おやつにしかきょうみがないから、と冷静な答えが返ってきた。
「あ、そうなんだ。分かってるんだなあ」
「にゃにゃにゃ、にゃにゃ」
あのひとこどもだもんね、とどこか上から目線である。フェレスにまで言われるとは、ポエニクスも形無しだ。
希少獣はやはり、個性的でありどこか愛嬌のある愛すべき生き物なのかもしれない。
あんなポエニクスでも、憎めないのだから。
帰宅後、リュカと遊んでいたらクロが羽を動かし始めた。
「わあ、飛ぶのかな?」
「飛ぶ練習だと思うよ。まだ赤ちゃんだもの」
よたよたと歩きながらも必死で小さな羽を動かすので可愛い。リュカと一緒に覗き込んでいたら、きゅいきゅいと可愛く鳴いた。
フェレスはブランカのお世話で忙しく、こちらを気にして耳がぴくぴく動いているが来れないでいた。なにしろブランカもちょこまかと歩くようになったからだ。
「今までおとなしかったのに、動き始めると早いなあ」
「にゃんにゃん、可愛いね」
可愛いが、シウにはチビッコギャングだ。体も大きいので、ブランカの方が動き始めると厄介である。あっちこっちと興味のあるところにすぐ潜り込んでいく。まだ覚束ない足取りだからフェレスでもなんとか捕まえていられるが、夏休み明けあたりには手の施しようがない気がしてきた。
それまでにこちらも対策を考えないとなーと頭を捻った。
とりあえずはフェレスの背中の鞄に、顔だけ出す形でブランカを入れてみた。
フェレスからは見えないが、周囲に人がいる間はブランカの様子を見られるので丁度良かった。
クロはフェレスのスカーフにポケットを作ってそこに入れた。ぶらんぶらんするが、フェレスは気に入ったようだ。
クロが鳴くとぺろんと舐めていた。
彼等のことはリュカやスサに任せて、シウは晩ご飯を作りにかかる。
エルシア大河の甘海老漁が解禁となり料理長が市場で仕入れてきたのだ。シウにも一緒にどうかと言ってくれたので、皆でアイデアを出して作ることにした。
「甘海老のかき揚げはどうでしょうか」
「おー、いいですね! タレは、あっさりツユで? それとも甘辛いのが良いでしょうか」
「悩みますよね。丼だったら甘辛いタレが合うけど」
「若様はお米も好まれてますからね。両方ご用意しましょうか」
「あ、だったら、玉ねぎも出てるでしょう? 野菜のかき揚げも作りましょうよ」
皆がわいわいと言い合って、作った。
甘海老は新鮮だったので、一部は刺身にもした。ただし食べるのは厨房の人間とシウぐらいだ。やはり生ものは敬遠されるようだった。
他にも甘海老を磨り潰したものを山芋と合わせて団子にして蒸したものや、大きい甘海老をソテーにして料理長自慢のベリーソースで合わせたものなど、少々方向性がバラバラになったもののフルコースで出来上がった。
晩ご飯の後はフェレス達を寝かしつけ、遊戯室でカスパルと話をした。
少し込み入った話だと前提したせいか、気を遣って端の席に移動してくれた。
「貴族の結婚って、ほぼ政略結婚?」
「そうだね。恋愛結婚というのはあまりないね。それでも大抵は事前に紹介されて選べるものだよ」
「女性も?」
「そりゃあそうさ。親だって何も娘を不幸にしたくはない。もし非道な相手なら、娘が結婚に耐えられず自害、なんてことにもなる。そうなったら結婚無効だと騒がれて親の側も困るからね」
「そっちを心配するんだ」
「もちろん、情もあるよ。ただまあ、多かれ少なかれ家としての利害を一番に考えるものさ。それとて仕方のないことだ。抱える者が多いのだからね。領地持ちでなくとも」
「じゃあ、カスパルもお父さんからこの人と結婚しなさいと言われたら受け入れるんだね」
「貴族として生まれて、その権利を享受してきた以上はね。ただし、僕の父上はそう変な相手を選ぶ人ではないだろうし、お見合いはさせてくれるよ。こうした仕組みを嫌がる人は、自分で夜会などへ積極的に出向いて相手を探すこともあるね。そこは男女関係ないようだ。ようは、がっついていない人ほど、親の言いなりの結婚をしがちとも言えるかな」
一概には言えないようだが、そういうものらしい。
そして男性は相手を積極的に探せるだけまだましのようだ。というのも女性側からのプロポーズは貴族に限って言えば「有り得ない」そうなので。
その為女性はプロポーズしてもらえるよう巧妙に相手を誘ったり、どうかすると既成事実を作るそうだ。既成事実と聞いて驚いたが、よくよく聞けば男女2人で街中を歩いたりだとか、少しでも密室に入るとアウトになるので、という程度のことだった。
よって頭の固い貴族の親などは娘を学校に行かせない。家庭教師だけで十分というわけである。
「それにしても、面白いことを聞くね。年頃になったからというわけでもなさそうだし。まさか初恋の相手が貴族の女性ってことも――」
シウをジッと見てから、カスパルは満面の笑みで続けた。
「なさそうだね!」
断言されても反論できないので、シウは肩を竦めた。
「友達がちょっと大変な目に遭いそうなんだ。手助けしたくても、内緒の話って言われたし」
「そう言う時は第三者の話として相談すれば良いんだよ。特に僕などは他国の貴族だから、ちょうど良いんじゃない?」
「……珍しいね、カスパルがこの手の話に乗るんだ」
「シウから振られた珍しい話だからだよ。それに、古代語の書物には貴族の悲恋物も多いんだ。魔術式かと思って読んでいたら、何故か恋愛小説が始まった時には驚いたのなんの。あれは雑誌のようだったから、途中でページが破られたのだろうねえ」
話が脱線してしまった。さすがカスパルだ。
シウは苦笑して、第三者の話として、カスパルに相談してみた。
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