462 生徒会長に相談
週が明けていつも通りの日々が始まった。
しかし、水の日になって生産の教室へ行ったものの、アマリアは来ていなかった。
心配で昼休み急いで食事を済ませるとティベリオを探した。
幸いにして生徒会室にいたので、お邪魔すると快く迎え入れてくれた。
「あの、アマリアさんが今日授業に出ていなかったので」
ティベリオは「うん?」と首を傾げてから、ああと思い出したように頷いた。
「彼女、生産の授業を受けていたね。そうか今日の午前なんだね」
「はい。アマリアさんがとても楽しみにしている授業なので、休むと言うことはご病気か何かと思って心配になったんです」
「うーん、そういうわけではないんだけどね」
苦笑して、それから室内をちらっと見まわした。耳が大きくなっているらしい生徒会メンバーを見て、シウを連れて外に出ることを選んだようだ。
「ちょっと抜けて来るよ。もし遅れたら、先生に適当に言っておいてくれるかい」
友人らしい青年に頼んで、シウの手を引いた。
連れて行かれたのは生徒会室から近い個室だ。
「生徒会長の特権で、年中借りているんだ。便利なんでよく使ってるんだよ」
執務室風に誂えているが、ソファが気持ち良さげで完全に休憩室だ。
「前置きは必要ないよね。君、アマリア嬢から相談された?」
どうぞとソファへ座ることを勧めて、ティベリオ自身もそこに座った。
彼の騎士は外の廊下で立っており、室内にはシウの他にはフェレス達しかいない。
ティベリオは人払いしてくれたのだ。
「はい。他言無用と言われているので詳しく話せませんが」
「うん。言っちゃダメだよ。で、僕の情報を教えてあげよう。彼女、罠にかかってね、暫く自宅謹慎しないといけないほど追い込まれているんだ」
「え……」
「これにどうやら、ヒルデガルド嬢が絡んでいるようでね。ご両親としてもそんな相手のいる学校へはやれないという心配心だったのだと思う。自宅謹慎を言い渡されたらしい。ただ、個人的には悪手だと僕は考えてる。相手側に言質を与えたような格好になるんだ」
「あ、えと、そのへんがちょっと」
情報が足りていないのか間違っているのか分からず、シウは戸惑い気味に口を挟んだ。するとティベリオが更に小声で、身を屈めてきた。
「年上の男の再婚相手に指名された話は?」
「うん」
「伯爵夫人のことも?」
「名前まで知ってます」
「では、その相手の男性から、みっともないから人形遊びは止めろと言われた話は?」
「はあ?」
「あ、成る程。そこまでなんだね。そっかそっか。よく考えたら君は貴族じゃなかった。この手の情報が届くわけなかったね。どうも、君を前にすると大人相手として考えてしまうよ」
にこにこ笑われた。
不意に、目の前の青年が貴族なのだと実感できた。
アマリアの「可哀想な」話を相談に来ているのに、彼は付き合いもあって友人レベルにあるはずなのに、これを笑顔で話せている。
柔和で穏やかそうに見えてもしっかり貴族なのだ。
「相手の男性が、週末の夜会で彼女を密室に連れ込もうとしたんだ。未婚の女性を連れ込むことの意味は分かるよね?」
「既成事実……」
「その通り。慌てて警戒していた関係者達が連れ戻したけれど、その時に捨て台詞として言ったのが、先程の――」
人形遊びは止めろ、か。
「で、その後がもっと酷いんだ。俺の婚約者がそのような遊びに耽っているなど恥ずかしくて耐えられない。お前は夫となる者に恥をかかせる気か、とね」
「ひ、ひどい……」
「僕は見ていなかったんだけど、知人が教えてくれてね。アマリア嬢は真っ青になって今にも倒れそうだったということだ。そして間の悪いことに、口の堅い知人以外にも人がいてね。彼等が面白おかしく噂を流してしまった」
「計画的だったんでしょうね」
「その通り」
ティベリオは大きな溜息を吐いて天井を見た。
「アマリアには昔、仮初の婚約をしておこうと提案したのだけどね。お互いの為に」
「え、そうなんですか?」
「僕にも利害があったんだ。もちろん、彼女にも。でも、僕のことを慮って受け入れてくれなかった。優しい子なんだよ」
話を聞けば、2人は幼馴染に近い関係だった。
親同士が高位貴族なので行き来があり、少年同士のような付き合いはなくとも、何度もおままごとをした程度には仲が良かったらしい。
「……僕には結婚したい相手がいたのだけど、到底許される相手ではなくてね。父親に認めさせるためにも、また周囲に根回しをするためにも時間が必要だった。だけど、アマリアは、相手の女性がきっと傷つくからと、断ったんだよ」
「優しいですね」
「うん。その後、彼女を引き取ってくれたのもアマリアだ。そこで行儀作法を身に付けさせて、更には遠縁の貴族の養女にしてくれてね」
「え、では」
「なんとか婚約まで持ち込めたんだ」
ウィンクして、教えてくれた。
「お察しの通り、婚約者の素性は庶民だ。半分、貴族の血は引いているけれど下位だし、貧乏家でお取り潰しにあっていて、しかも妾腹だったからねえ」
「……よく頑張りましたね」
「ああ、頑張ったよ。婚約者が一番ね。そして助けてくれたのがアマリアだ。僕は彼女に頭が上がらない」
でも、侯爵家の息子として、そう大きくも動けない。
「僕が動くと、では僕の相手として受けるのかという話に発展しかねない」
「それは、アマリアさんも本意じゃないでしょうね」
「そうなんだ」
一応、あちこちに網を張っているそうで、情報も集めているし、噂も流しているそうだ。ようするに敵対している派閥の話などで混乱を起こしているところだという。
「本当に、ヒルデガルド嬢はろくなことをしないなあ」
昼の鐘の音が鳴ったけれど、ティベリオは立ちあがる気配もなかった。完全にソファと一体化して、呟くようにシウへ話しかけている。
「彼女が来てから、やたらややこしくなってね」
「えーと、すみません」
「いや、君のせいじゃないけどね」
笑われたが、でもまあ、理由の一端はあるような気もする。
ティベリオも噂を聞いたのか、本当の所を聞かせてほしいと言うので、話すことにした。
長い長い、あの事件について。
話が終わると、ティベリオは笑い過ぎて涙を流していた。
「いやー、面白かった!」
「笑い話ではないんです」
「うん。でも、久々にすっきりしたよ。ああ、そう、彼女にそんなこと言ったんだ」
クレールやディーノからも事情を聞いたそうだが、貴族である彼等はそこまで赤裸々に説明しなかったようだ。また、シウが教えていなかった会話もあるので、知らなかったというのもある。
「プライドを傷つけちゃったんだなあ! で、彼女は君を悪者にしたわけかあ」
「間違っていないだけに否定もできないし、そもそも直接誰かに文句を言われたわけでもないので説明して回るわけにもいかなくて」
「で、放置してたんだね。最近だと、噂が独り歩きしていて、君、とんでもないことになっているよ」
シウは教えてくれなくても良いと首を横に振った。
ティベリオは笑いを治めると、涙を拭いながら口を開いた。
「でも、彼女は完全に間違っているよ。あのね、貴族の女性に対する対応を取らなかったって、それは非常事態に言うべきことではない。むしろそうした時に1人我儘を言うことは、この国では蔑視されることだよ。『貴族たるもの、その身分に相応しい振る舞いをしなければならぬ』というのはね、その身分に応じた社会的責任と義務を果たすことを指すんだ。彼女を救った君を褒め称えることはあれど、貶すなど、決してしてはならないことだ。彼女がしたことは『卑怯な振る舞い』と言うのだよ。戦場でよくある、蔑むべき貴族の見本のようだね」
激しい言葉を口にしながら、顔には笑みを張りつかせていた。
ああ、こういう顔もするのだなと、シウはぼんやり思った。
「成る程、彼女はどうやら心底恥ずべき人間と成り果てたわけだ。正義感という剣を振りかざしてね」
「……目が怖いですよ、生徒会長」
「そう? ところで、シウ君、僕のことは名で呼んでくれるかい」
「ティベリオ様?」
「いやいや。僕等はもう友人だろう?」
「……呼び捨てはいくらなんでも、まずいでしょう?」
「君、でも、オスカリウス辺境伯のこと、呼び捨ててなかったかい」
「あっ」
いつの間に聞いていたのだ。
「引っかかったね。このへんはまだ貴族に慣れていないんだ。ふうん」
「あ、騙したね」
「そうそう。ということで、人脈は広げておくべきだよ。お互いにね?」
「……はい」
「僕もシウと呼ばせてもらおう。さて、では、僕等の仲をもう少し深めようじゃないか」
ということで、午後の授業を完全にサボることにしたらしい彼ともうしばらく話を続けることにした。
ところで、カスパルにも聞いたのだがティベリオも、年齢差については許容範囲内だからそれを理由に断ることはできないと言われた。
「25歳も上なのに?」
「……少し離れすぎてはいるけれどね。ないこともない。ただし、高位貴族で、瑕疵のない女性相手に求婚するのは大いに非常識ではあるね。で、そこに『人形遊び』を絡めているわけだよ」
「あっ、ああー!」
それでかと、ようやく納得したシウだった。
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