463 散漫、発散、ようやく自己紹介
木の日は1日、対ハイエルフの新技を考えたのだが、アマリアのことが脳裏にちらついてまとまらなかった。
仕方なく、ぼんやりしていてもできる作業を行ったのだが、新技、アマリアとぐるぐるしてペースも落ち気味となった。
夕方には諦めて、クロの飛行訓練を手伝ったりブランカの遊びに付き合った。
クロはまだ飛べはしないが、高いところから降りようとするのでハラハラするし、言い聞かせるのに難儀した。
シウの頭の上やフェレスの上だと気に入るらしくそこに留まるので、起きている間はそこを彼の居場所とした。
ブランカは猫型騎獣の特徴で、狭いところに入りたがるから大変だ。
付箋を付けて脳内マップで探せるから良いが、普通の人が猫を飼うとかくれんぼは猫の圧勝となるだろう。
金の日の戦術戦士科の授業では鬱々した気分を発散できたので良かった。
「おー、シウも体を動かすことの大事さがようやく分かったようだな!」
「初めから分かってますって」
「その割には乱取りをしたがらないだろう」
レイナルドが戦い好きなだけだ。そう言い返そうとしたら、顔を屈めてきた。耳打ちのようだったので顔を寄せるととんでもないことを口にした。
「もやもやしてるんだろう? 男の生理だ、よく分かる。ちゃんと運動して発散させないとダメだぞ」
うんうん頷いている。
セクハラおやじめと半眼で見据えたら、レイナルドはまた斜め上の発言をしてきた。
「子供みたいに見えてもお前も男なんだなあ。そうかそうか。でも、まだ娼館には早いぞ? 少年は運動で発散すべきだ」
「……先生は娼館で発散してるんだね?」
「ぐ……っ」
痛いところを突いてやった。
良い歳をしてまだ未婚なので、思うところがあるようだ。
ふと、あることに気付いた。
「先生、そういえば38歳ですよね?」
「あ、ああ」
歳を言ったかなという顔で、首を傾げつつ頷いた。こういう時、戦士脳の人は助かる。
「たとえば、20歳下の女性と結婚することになったら、ありですか?」
「……お、お前は俺を試しているのか?」
何故か顔を真っ赤にして、震えている。
「は?」
「くそっ、娼館の女の子なんだ、若い子しかいないんだからしようがないだろう! 分かってるよ、親父が相手じゃ、可哀想だってな!」
拗ねてしまった。
「えーと、そういう意味じゃなくてですね」
「俺は結婚してくれるなら、誰でも……いや、胸は大きい方が」
途中で冷静になったらしい。
でもそのへんで止めておこう。
「先生、クラリーサさんが練習終わりましたよ。話を聞かれたらまずくないですか」
「うおっ、そ、そうか。よし、分かった」
急いで先生の威厳を取り戻し、応対していた。ちょっと動きがロボットのようになっていたものの、クラリーサは賢い人なので突っ込みはしなかった。
それにしても、レイナルドでさえというと失礼だが、20歳下の子との結婚は有り得ないと思っているわけだ。
アグリード=ダゴスティニという男爵も、本当に結婚する気はないのだろうと、思いたい。
ただ、だとしたら、貴族同士の喧嘩でこういうことを持ち出すのはそれこそ卑怯な振る舞いだと思う。
ヒルデガルドはここまで考えて、話をぐちゃぐちゃにしたかったのだろうか。
偏った正義感ではあったかもしれないが、筋は通っていたはずなのに。どこで間違えたのだろうか。
一度じっくり話をしてみたいが、ヒルデガルドからは心底嫌われているようだし、何よりも彼女の騎士が異様だ。
サロンで睨みつけられた時のことを思い出してゾッとした。
あれ、ちょっとやばいんじゃないのかしら、と溜息を吐いた。
午後からは新魔術式開発研究の授業で、今日からは補講なしで参加することになった。
昨日予習をするつもりがアマリアの事を考えたりしていてできなかったので、ぶっつけ本番だ。
厳しいかなと思ったけれど、自動書記持ちで記録庫のあるシウには、他の生徒よりもずっとアドバンテージが高かった。
ノートを取らないシウを不審そうに見ていたクラスメイトの従者達も、5時限目になってシウの手元を見て納得していた。
「君、それ、書記魔法? すごいね……」
話しかけてきたのはランベルトという生徒だった。
「えーと、でも、基礎属性の複合技なので、あまり大したことないですよ」
「そうなのかい?」
意外とフレンドリーだったので、メモにさらっと書いて教えた。
「風と金と木と無属性がレベル1あれば、使えます。こんな感じ。木と金と風がレベル2であれば、持続時間も長くて複数発言に耐えられますよ」
「……え、教えてもらっていいの?」
「どうぞ。別に隠しているわけじゃないし」
魔法袋から魔道具も取り出した。
「これ、特許取ってますが、個人で使う分には制限掛けてませんので」
あくまでも魔道具に付与して使う分に関してで、そもそも魔法を扱える人間に対処方法はないのだ。術式は自由閲覧なので、使う人は使ってしまう。
「……君、魔道具も発明しているんだね」
「成り行きで。僕、魔力量が少ないのでこういうところで節約しないとダメなんです」
「え、そうなんだ」
術式を教えたからではないだろうが、5時限目になってもランベルトはシウの傍で討論を始めた。
積極的にシウにも発言を促して、皆の話に引き込んでくれた。
そのせいか、授業が終わると彼の友人に自己紹介の機会まで作ってくれたのだ。ファビアンが視線で頷いたので、受けた方が良いことも分かった。
ちなみに、ヴァルネリがシウを連れ出そうとしたのをラステア達が阻んでくれた。
生徒同士の交流を邪魔するなと言って。良い人達である。
「シウ=アクィラです。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「仕方ないよ。あの先生だからね」
「シウ殿は冒険者でもあると聞いたのだが」
「はい、そうです」
「しかしその、君はまだ子供では?」
次々と質問されて、ファビアンが後ろの方から保護者のように観察しながら苦笑していた。
「13歳です。秋には14歳になります。なので、10級より上にはまだ。成人したら適正級数まで上げてもらうことになってます」
「へえ、それってすごいことだよね」
総じておっとりした話し方をする人ばかりだった。
ランベルトはカザリーニ男爵の第三子で、どこかで見た名前だと思っていたら近衛騎士の兄がいた。
シアーナ街道での魔獣討伐騒ぎで、ドラコエクウスのクアフに乗っていた人だ。
あの人かあと思い出しながら内心で納得する。兄からシウのことを聞いていたのかもしれない。
ただ、出会いが出会いなだけに口にはしなかった。
ランベルトの挨拶が済むと次の人が口を開く。
「ジーウェン=アグレル、伯爵家の第三子だ」
「……もしかして兄上は近衛騎士ではありませんか?」
こちらは聞いても大丈夫だったので、挨拶がてら聞いてみた。
「おお、ご存知か」
「以前、王城でお会いしました。お兄様は覚えていらっしゃらないでしょうが」
「いやあ、君みたいな人のことは覚えていると思うよ」
兄の事を言われて嬉しいのか、にこにこと笑って答えた。シウとしてはあの立派な口上が記憶に新しく忘れられないのだが。
そう、独特の声音で案内をする近衛騎士のことだ。
「ああ、そうだ、こちらのお方をご紹介せねば。殿下、よろしいでしょうか?」
名乗るにしても確認が必要らしい。ジーウェンがお伺いを立てて、その殿下が前に出てきた。
「こちらのお方はオリヴェル殿下でいらっしゃる。失礼のないようにね」
「はい。オリヴェル殿下、シウ=アクィラです。よろしくお願いします」
深めに頭を下げた。お付きの中には睨んでいる人もいたけれど、この対応でほぼ間違いないはずだ。ファビアンも笑顔で頷いていた。
他の生徒はもう残っておらず、このメンバーだけが比較的シウに好意的であるようだった。
「残りの生徒については、名前だけ教えておくよ。ただ――」
「あ、はい。貴族の方々ですので、お気持ちは理解します」
「悪いね。学校としてそういうことは禁止されているのだけれど」
ランベルトがフォローしてくれるし、むしろ付き合いが大変そうなので結構だ。
それにしても、オリヴェルは王子なのによくこの場に残ったものだ。
顔に出たのか、オリヴェルが繊細そうな表情に笑みを見せた。
「ヴィンセント兄上と親しいとお聞きして、話を聞いてみたいと思ったのだよ」
「そうですか」
従者がギロッと睨んできたが、シウは気にせず、話を続けた。
「でも、ヴィンセント殿下とはそれほど親しくないですよ。何度かお話しただけですし。むしろシュヴィの方と仲が良いというか」
「え、聖獣様と?」
「はい。お菓子好きみたいで。あの方ちょっと変わってますよね」
「……わたしはほとんど話したことがないんだよ。あれは陛下やヴィンセント兄上とは対等なのだけれど、我等とはあまり口を利かないんだ」
「自由人だなあ、シュヴィ。大変ですね」
同情したら、オリヴェル自体は苦笑していたけれど、従者はやはりシウを睨みつけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます