003 冒険者ギルドと採取ついでに岩猪




 シウが次に辿り着いたのは、サルエル領がようやく終わる最後の街、コレルだ。

 シルエル街道に沿っているので大きな街であり、領都を除けばサルエル領では一番大きいと旅の間に教えてもらった。

 街に入ると早速、冒険者ギルドまで行く。

 今となっては慣れたものだが、最初はドキドキしたものだった。

 受付で見習いギルドカードを提出し、確認してもらえば後は仕事を受けることが可能だ。

「この仕事を受けたいんだけど、いいですか」

 少し背伸びをしてカウンターに依頼書を出すと、若い女性が笑顔になった。

「えらいわね、小さいのに」

 基本的に、冒険者ギルドでは成人の十五歳からでないとカードは作れない。例外として「親がいない」「後ろ盾がない」など、ようは働かないと死んでしまう子供の場合のみ、見習いギルドカードを作ってもらうことができる。

 シウは十一歳という年齢と、更には見た目が幼く見えることから心配され、大抵は可愛がられる。

「大丈夫よ。これなら任せられるわ」

 シウの実績をカードで確認したのだろう。通常のランクより上だったが、受けさせてもらえた。ついでにと、

「お勧めの宿はありますか」

 と尋ねてみる。

 彼女は少し思案してから、さっと地図を描いて渡してくれた。

「『森の小道亭』よ。家庭的で子供にも優しいわ。飲んだくれも少ないし、ね」

 子供の情操教育にまで気を遣ってくれたようだ。

 シウはお礼を言ってギルドを出た。


 森の小道亭は、冒険者ギルドから歩いて十分ほどのところにあった。

 説明の通り、おかみさんは優しい人だった。子供が旅をしながら働いていることに、いたく感心し、かつ心配してくれた。

 心配というのは、シウのような子供が冒険者をやるという部分についてだ。憧れだけで冒険者になろうとする子供も多くいるので、彼女はお節介を焼きたくなったらしい。

 シウが、育て親が冒険者であったこと、また仕込まれたことなどを説明したら納得してくれた。

 もちろん、彼女の気持ちも分かる。なにしろ、この世界は命が軽い。

 いや、前世でもそうだったもしれないと、シウは顔に手をやる。幼い頃から何度もしていたので癖になっていた。そこには前世、焼夷弾によって負った傷があった場所だ。

 命は大事で、やり直しなんてきかないのに、やっぱり変わらず命は軽々しい。

 転生したシウが言うのもなんだが、限りある命を一生懸命生きなければならないと思う。

 おかみさんには、笑顔で告げた。

「僕は戦うのは嫌いだし、危ないところにも行かないよ。魔獣がきても逃げるから。逃げ足だけは鍛えたんだ。育て親からは、防御を徹底的に仕込まれたから大丈夫」

 彼女は渋々納得してくれたようだった。

 たとえ反対したくとも、こうした孤児を受け入れるのは神殿であり、そこに馴染めない子も当然ながら存在している。理屈ではなく無理なのだ。そうしたことも、冒険者向けの宿を営む彼女には分かっていたのだろう。




 シウが冒険者ギルドで受ける仕事は、薬草の採取や土木関連の仕事が多い。

 アガタ町にいた頃は、商店や工房などでの仕事も多かった。それらは大きな街だと商人ギルドや職人ギルド、家政ギルドなどに枝分かれしている。

 シウには「冒険者」の定義がいまだに分からないのだが、自由に動ける職業であるのは間違いなかった。


 森の小道亭で泊まった翌日、朝から近くの森――といってもシウが生まれ育った土地からすれば赤子のように小さい森――に出掛けた。

 お腹には卵石を入れたままなので、そこだけぽっこりと膨らんでいるが、誰も何も言わない。子供というものは大抵何かしら、服の中に隠し物があるからだ。

 街を守る門番も、シウのお腹を見て笑いながら見送ってくれた。


 森に入ると依頼書通り、薬草を探す。

 ポーションと呼ばれる回復薬の、基材となるヘルバだ。どこにでも生えている万能薬で、ほとんどの回復薬に使われるため需要も多い。

 ヘルバには魔素が多く含まれているから、魔素量を目安に探すと簡単に見付かる。

 魔素とは魔力の元となるもので、空気に含まれたエネルギーの一種らしい。エネルギーだと思うと途端に前世での石油枯渇問題や電気問題を思い出し、使うのが勿体無い気がする。

 今も、空間魔法の一種である《空間感知》を使っているのだが、これも「勿体無い病」からできた魔法だ。四方八方に蜘蛛の糸を張り巡らすという、イメージだけで出来上がった魔法だった。探知の対象は、魔素や熱、気配に動作などだ。

 シウはこれを《全方位探索》と呼んでおり、無意識下でも使えるよう訓練した。また、探知していることを知られないために、使用する魔力量も訓練ごとに減らし続けている。

 おかげで自然な状態で使えているはずだ。無意識下で行い続けることによって、処理能力は格段に上がったし、並列思考というのもできるようになった。一度できてしまうとあとは簡単で、なるべく景色として流していく。ただし、集中しなければならない時は感度を強める必要がある。そうした時は、敢えて《探索》と唱えたりもした。


 さて、そうこうしているうちに色々なものが見付かった。

「こんなところに、岩猪がいるんだ」

 大きな街のすぐ近くに、いくら森の中とはいえ魔獣の岩猪がいるのは珍しかった。街の傍なら常に見回って討伐しておく必要があるのだ。

 この世界では、魔獣や魔物は駆逐するのが当然の行為とされている。それは彼等の本性が悪辣だからだ。通常の獣と違って、彼等は食事以外の殺戮を行う。意思の疎通も図れず、理性的な生き物でもない。また、より好んで人を襲う習性があった。

 ギルドでも常に討伐依頼が出ている。見付ければ狩るのが、冒険者としての務めだ。

 とはいえ、シウは見習い少年である。ランクが低い冒険者は逃げてもいい。

 もちろんギルドに急いで報告する義務はある。だから勝手に討伐して、後から問題になったらと思うと二の足を踏んでしまう。岩猪は、「見習い少年」が狩れる対象ではないのだ。

 それでも悩んだ末、こっそり狩ってしまうことにした。ようは、ばれなければいいのだ。

 幸いにして、ヘルバの採取は必要量以上にできている。キリよく終わらせて、岩猪がウロウロしているところまで行くことにした。


 岩猪は、その名の通りイノシシに近い見た目をしている。

 シウの前世の記憶と比較すれば、魔獣の方が二回りほど大きく、どちらかと言えば毛の生えたサイのようだ。体長も四メートル以上はある。その巨体からは想像もつかないが、意外とすばしっこい。

 森の一番奥深い場所で複数の岩猪を発見したシウは、早速覚えた空間魔法で彼等を閉じ込めた。

 シウは空間壁と呼んでいるのだが、透明な壁で取り囲む魔法だ。防御壁にもなれば区切りにもなる便利な壁で、分かりやすく四角形を用いることも多い。球形でも可能だ。魔法はあくまでも確固たるイメージの結果なのだと、改めて思う。

 幸いにしてシウは、前世での長い入院生活中やることがなくて、趣味が読書かテレビか妄想かといったものだった。だから、イメージを固めるのは得意だ。

 適当な空間壁で一匹ずつ囲んでしまうと、首を一気に切り落とす。

 ウォーターカッターと言えばいいのか、基礎魔法の水と風属性の複合技に、少しの空間魔法を混ぜて圧力をかける。シウは簡単に《水切断》としか思ってないが、同じような技でもいろいろな使い方があって、唱え方はいつも適当だ。

 続けて全ての岩猪を始末し、血抜きも行う。小柄なシウが四メートル以上の魔獣を逆さにできるわけもなく、ここでもやはり空間魔法を利用して持ち上げている。そのまま空気圧などを利用した魔法で、解体を行ってしまった。

 そして部位ごとにまとめて、空間魔法の《ラップ》でまとめてから空間庫に放り込んだ。《ラップ》も空間壁の応用で、物体に密着して包む透明の皮のようなものだ。肉をそのまま空間庫に入れる気がしなくて作った魔法だ。

 空間庫は、状態固定になっているらしく、生き物以外はなんでも保管できる。熱々のものは熱々のまま。凍ったものは凍ったまま。植物も採取後なら保管が可能だ。たぶん、シウが生き物と認識したものが入らないのだと思う。

 便利なのが、取り出しは自然にできるのはもちろん、脳内で検索して分類ごとにまとめられるということだ。入れたはいいが、何があったかな、となるのは怖い。

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