002 卵石
シウが神様からのプレゼントとして、生まれながらに持っていた能力は――十一歳になるまで本人に自覚がなく――ほとんど有用な使い方はされなかった。
王都へ行くことが決まった夜、夢の中に現れた神様が教えてくれた。
自分が転生者だということを、シウは心のどこかで疑っていた。だから神様に言われて初めて、自身が転生者であることや「チート能力」について、確信できたのである。
その際に、シウの魔力量は「一般人の平均レベルしかない」ということも判明した。
シウが健康な体を望んだからだ。
魔力量というのは個人によって違うが、人の場合、生まれてからその量が変わることはない。そして魔力量が多ければ多いほど、その力に体が馴染めず、幼い頃は体が不安定となって生命力が弱くなる。
そのため、神様はシウの魔力量を平均的な大きさとし、別に魔力を持たせることにした。それが魔力庫だ。魔力庫には無尽蔵に魔素が詰まっている。
神様はこれをギフトだとかユニーク魔法の一種だと表現していた。
他にも、シウには基礎魔法が各種レベル一ずつ、更には固有魔法として鑑定魔法と生産魔法が備わっている。またギフトとして、空間魔法も与えられた。ギフトとは、レアであったり、最初からレベルが高い魔法のことを指す。シウのものも、レベル五ある。
基礎魔法は、火を付けたり水を出したりといったことにしか使っておらず、シウにとっては「便利だな」という程度でしかなかった。この基礎魔法には、火・水・木・金・土・風・光・闇・無という属性がある。人によって備わる基礎属性魔法は違い、シウの場合は、全種属が揃っていた。
鑑定魔法は生前、裕福な商家の生まれだったことから、骨董品など良い物を目にしていたため付いたようだ。神様は、魂に刻まれていたからだというような言い方をしていた。そのレベルも、最初は一だったものが自然と上がっていたらしい。
生産魔法についても、生前の仕事の関係や手先の器用さがあったために備わっていたらしく、現世で鍛冶や工房の補助手伝いをしているうちにレベル三まで上がっていた。
空間魔法は愁太郎の「何も失いたくない」という願いを聞いて、大きな入れ物があればいいと考えた神様が、空間庫を使えるようにとくれた魔法らしい。教えられるまでは「ポケットに幾らでも物が入る」便利なものだとしか思っていなかったシウである。
その他に空間魔法から派生した記録庫なるものもあるが、これもユニークに近いと言われた。記録庫は、本に飢えていたシウが、町の神殿で見付けたボロボロの古い本を手にした時に出来上がったものだ。あまりにボロボロだったため「なくしたくない!」と思ったことが記録庫の誕生理由だった。おかげで、手にとって読んだものは自然と記録されるようになった。脳内で思い浮かべると表示されるので、大変便利だ。
神様からのギフトはまだあって、能力上昇補正と不死なるものがあった。
能力補正は人よりもレベルアップが早くなるというその名の通りで、不死は単純に怪我や病気で死なないというものらしかった。「健康でいたい」と願ったシウに与えてくれた、神様からのプレゼントである。
知らないというのは恐ろしいもので、十一歳になるまでシウは呑気に生きてきた。
呑気と言っても、シウの十一歳までの道のりは意外と波乱万丈であった。
生まれ落ちたのは山の中。魔獣に襲われ、死にかけていた夫婦の傍で泣いていた赤子が、シウである。
通りがかった元冒険者の樵の男ヴァスタに助けられ、シウだけが生き残り、九歳まで彼に育てられた。その後、病気を患ったヴァスタが神殿に面倒を見てもらうこととなり、シウともども世話になった。ヴァスタはそれから一年経たずに亡くなってしまったが、神官に手厚く葬ってもらえた。
神殿では神官の手伝いをしながら、町で下働きのようなことをしていた。しかし、神官の異動で運営できなくなると言われ、また働き口がほとんどない田舎町よりも王都へ出た方がいいと勧められた。シウは樵として山で暮らしても良かったのだ。ところが、神官や大人たちに「まだ子供のうちから山に引きこもる生活は良くない」と諭され、一大決心をして王都へ出ることにしたのだった。
そして、さあ明日には出発だという時に夢の中へ神様が現れた。
「せっかくチートなのに、もっとはっちゃけようよ!」
びっくりして固まってしまったけれど、あれは夢ではなかったのだと、夢の中だというのに妙なことを考えていた。何はともあれ十一年ぶりに会うのだ。
「……神様、お久しぶりです」
「礼儀正しいのよ、あなたは!」
「はあ」
頭をかきかき、困惑して頭を下げたシウだ。
「別に魔王を退治しろとか、勇者として働けとか世界を救えとか、実は神様が悪者だったとかって設定じゃないんだから。もっと自由にやろうよ」
「自由、ですか」
「孤独なあなたに今度は、はっちゃける人生を! という話」
望まない人にはどうでもいい、押しつけがましい話なのだが、シウは黙って頷いた。
「とにかく、素敵な魔法というアイテムがある世界で、魔力庫なんて素晴らしいものを持っているのよ? やりようによっては超ハイレベル生活ができるんだから! ここはチートとして生きようよ! ハーレムだって夢じゃないのよ。脱童貞よ!」
女の子の言うことではない。シウは、見た目が少女の神様をジロリと見つめた。
「……すみません、言い過ぎました」
「いえ。僕も呑気でした」
魔法が使えるのに、使いこなしていなかったのは確かに問題かもしれない。いざという時に使えなくては意味がない。
「じゃあ、とにかくさっきも言ったように、使える魔法はこれだけありますからね。考えようによっては正義の味方だって、勇者だって、まあ悪魔みたいな使い方もできるだろうけど。なんだってできる素敵魔法なんです。地球と違って面白いところもたくさんあると思うし、せっかくの人生楽しんでください! 他の人はもっとチートを生かして楽しむのに。愁太郎さん、もといシウ君は、どうも前世のおじいちゃん属性引っ張ったままなのよね。もっと若さあふれる気持ちで頑張ろう!」
おー、と拳を振り上げてノリノリなので、シウも合わせて拳を上げてみた。
ちなみに、この神様は他の転生者も担当しているらしい。この世界だけでなく割とあちこちに色々な世界の人をシャッフルして遊んで、いや楽しんでいるそうだ。
そんなわけで、シウは田舎の町を出て王都に向かうこととなった。
向かう道すがら魔法の使い方を勉強し――どうせなら生前には楽しめなかったことをしようと――働きながらあちこち寄り道をしているところである。
長閑で牧歌的な景色は、前世の知識で言えばドイツやスイスなどの田舎に近い。愁太郎がテレビで見た景色が目の前に広がっていた。
シウが住んでいたのはシュタイバーンという国の端っこで、イオタ山脈の麓にあるアガタという町だ。もうそろそろ村に格下げになるのではないかと思うほど鄙びていた。
シュタイバーン国は国土も広く、ロワイエ大陸の中央に位置する農業大国で、歴史ある大国でもある。ヨーロッパ風の景色や風土に、人々の姿形もヨーロッパ人そのものだった。
シウが初めて意識を持ったのが、樵の爺様ヴァスタに抱き上げられた赤子の時であったので、目の前にヨーロッパ風の大男の顔があってびっくりしたものだ。
転生したのかどうなのかよく分からないし、生前の知識が奔流のように流れてくるしで、しばらくは意識がおかしかったように思う。
赤子の中に大往生したばかりの老人の意識だから、それはおかしかっただろう。ヴァスタも、泣かない赤子に奇妙なものを感じていただろうが、そこは必死に育ててくれた。
五歳になる頃にようやく思考も落ち着いてきて、年相応の思考能力へと近付き始めたようだった。時折、爺臭いと言われることもあったけれど、それは育て親のせいでもあるとシウは思っている。
とにかくも、そうしたヨーロッパ風の景色を楽しみながら、シウは次の街へ向かって歩いている。そのお腹には今、あるものが抱えられていた。
「早く生まれないかなー」
子守唄を歌うほど、可愛がっている卵がお腹にいるのだ。
正確には卵石というもので、中に珍しい獣が宿っている。先日拾ったばかりで、シウは孵るのを楽しみにしていた。
卵石とは、いつの間にかどこかに落ちている「獣の入った卵」のことで、石のように固いことからそう呼ばれている。
通常、獣はつがいの間から生まれるものだが、群れのリーダーだったり、特異な個体となるものは卵石から生まれる。特異な個体は希少獣と呼ばれ人気があった。これらは、基本的には拾った者のものとなる。
ただし、希少獣の中でも「聖獣」と呼ばれる上位種は、個人所有が禁じられていた。
聖獣は基本的には王族が、それが無理ならば委託された騎士が守護すると決まっている。卵石を拾っても、それが聖獣ならば国に没収されるのだ。
シウは鑑定のレベルが三になったこともあり、拾った卵石が聖獣でないことだけは分かったので、そのまま自分のものにしていた。
聖獣については、国も神殿も特別に扱っている。彼等の見た目が白く神々しいことから、神の使いとして崇めてきたらしい。爺様を看取ってくれた神官も、「聖獣様を一目見られたら死んでもいい」と言うほど、憧れているようだった。神官が言うには軽々しいが、このロワイエ大陸の信仰は複数神を崇めても良いことから、大変大らかなところがある。サヴォネシア信仰と呼ばれるそれは、きょうだい神を各国で祀っていた。聖獣はかつて、彼等に仕えたとされているので、神官が憧れを持つのも当然なのかもしれない。
シウにとっては、没収されるかもしれない聖獣ではなくて良かったと、思うだけだ。
ところで、この世界では落ちているものは拾った人間のものとなる。討伐された盗賊の持ち物なども、討伐した人のものとなる。なかなかにワイルドな世界なのだ。
シウも爺様に最初教わった時は、何度も聞き返したものだ。取っちゃっていいの? ほんとに? と。
元冒険者の爺様は面白おかしく過去の話をしてくれたが、大抵最後は「取っちゃった」話だったので、小さい頃はカルチャーショックで呆然としたものだった。
十一歳を過ぎた今では、当たり前のように卵石を拾って自分のものにしているのだから、案外人間とは慣れる生き物なのだろう。
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