魔法使いで引きこもり? ~モフモフ以外とも心を通わせよう物語~(第一部)

小鳥屋エム

序章 旅の始まり

001 大往生からの転生




 雲ひとつない真っ青な空に白い太陽がひとつ。

 長閑な田舎道をのんびりと歩く影。

 小柄な少年が、歌いながらお腹を撫でていた。

【ねーむれー、ねーむれー、はーはーのむねーに――】

 シューベルトの子守唄が少々調子はずれで奏でられている。

 もし誰かが聞いていたら、どこの国の歌だろうと首を傾げたに違いない。それはこの世界のどの国の言語でもなければ、聴いたことのない曲だったからだ。

 とはいえ、世界は広い。聴いたことがなくとも、どこかの国の歌であり言葉であるのだ。誰もいちいち子供の鼻歌など気にしたりしない。

 そして、田舎道には少年以外に誰もいなかった。


 少年はシウという名前で、田舎町を出てきたばかりだ。田舎では、手伝いや補助といった仕事しかなく、後ろ盾となってくれる親のいない少年には先が見えない。そこで、町で唯一の神官が「王都なら仕事がたくさんあるから町を出るように」と、勧めてくれたのだ。その彼も、異動で町から出ることが決まっていた。神官がいなくなるぐらい、過疎化の進んだ町だった。

 親代わりに育ててくれた樵の爺さんの跡を継ぐこともできた。田舎では大抵、親の跡を継ぐものだし、樵の爺さんには他に家族もいなかった。

 しかし、十一歳の誕生日を迎える前日に、夢の中で神様から「冒険者になって人生を楽しみなさい」と言われてしまった。普通に考えれば、神様の夢など見たところで信じたりはしないだろう。「自分には神子の力があるんだ!」と信じていない限り――。


 ただ、シウには神様がいるのだと信じる理由があった。






 そもそもシウは、前世において九十歳で大往生した愁太郎という名の日本人だった。

 死んだ後に「大往生だったな」と思いながら目が覚めるという貴重な体験をした。

 落ち着いて辺りを見回してみても三途の川が見当たらない。三途の川はやはり嘘であったかと落胆に近い思いでいると、声がした。

「こんにちは、愁太郎さん」

 振り返ると小さな少女が立っていた。不思議な気配のする少女だった。

 どこかに懐かしさを覚えるのは、少女が日本人形のように見えるからだろうか。しかし、その格好は白い簡素な貫頭衣のみ。それに、微笑みをたたえているが、その瞳は深淵のようだった。少女には人間の持つ「生き物」らしい雰囲気がまるでなかった。だからか、「目の前の少女は神様かもしれない」と感じた。

 それでも、まだ信じられない思いがあったからだろう。愁太郎は、つい、子供へ向けるような気持ちで声を掛けた。

「こんにちは、お嬢さん」

「まあ、お嬢さんだなんて!」

 少女は嬉しげに、頬に手を当ててはしゃぐ様子を見せた。だが、どことなく演技のようにも見える。不思議なものだなあと愁太郎は思った。

「……冷静ですね、愁太郎さん」

 少女はコホンと咳をして、真面目な顔つきになった。意外に人間臭い動きをするものだと考えていたら、

「……愁太郎さんはわたしを人間じゃないと、お思いなのですね?」

 などと言い当てられてしまった。やはり、神様なのだ。

「神々しいので、神様かと思いました」

「……ありがとう」

 どうでもよさそうに首を振り、少女は続けて言った。

「本題に入ります。あなたは先ほど、九十歳で大往生されました。徳の高い方ですし、功績もございましたので天国へ上がるチャンスはあります。しかし、『妖精』のまま天国へ行くのもなんですから、転生はどうかとお勧めにきたんです」

 よく分からない言葉があった。いや、老人とはいえチャンスぐらいは分かる。天国というのも分かる。輪廻転生という言葉も日本人として生きてきたので理解できる。だが。

「わしはいつから、人間でなく妖精だったのでしょうか」

「……あー。どうやら、最近の日本の文化に浸りすぎてしまったようです!」

 愁太郎がジッと少女を見つめると、少女は居住まいを正し、またコホンを咳をした。

「愁太郎さん、あなたは悲しくも童貞のまま人生を終えました。ある一部の界隈では、九十まで童貞ですと『妖精』なんて呼ぶらしいですよ。つまり、せっかく生まれながらも生殖活動を行えなかった、というのはあまりに不憫だと思った次第です」

 確かに愁太郎は結婚していない。

 体が弱く、疎開もできないまま戦争時に焼夷弾を受け、顔や体にひどい火傷を負ったのだ。何度も死線を彷徨った。そして、妾腹とはいえ大きな商家の三男だったのだが、空襲により全て失った。そんな男に嫁の来手もなく、むしろこんな男の嫁にという見合い話は女性に申し訳がなく、断った。

「愁太郎さんはそれでも必死に働いていましたよね。会社が倒産しかけた時は自分がお辞めになって存続させようとしたり。何度入院しながらも、働いて働いて。何度か人助けもされてますし、町の皆さんからは愛されてましたのに、最後は孤独でしたね……」

 俗にいう孤独死というものだ。

 大往生なので、苦しまなかったのが良かった。若い頃は病気や火傷によって苦しんだものだが、それゆえか体を労り続けたおかげで長生きした。

 孤独ではあったが、おおむね良い人生であったと思う。

「なんかもう仙人になりそうな勢いでしたね、愁太郎さん」

「いや、わしなどが仙人になれるはずもなかろう」

「……愁太郎さん。あの、そんなあなたに言うのもなんですが、もう一回人生やり直してみませんか?」

「いや、わしは――」

「今度はもうちょっと、孤独じゃない生き方もいいんじゃないかなーと思うんです」

 確かに愁太郎は孤独すぎた。寡黙であったので、仲良く誰とでも喋るというようなこともなかった。子供や動物が好きだったのだが、怯えられるので余り話しかけたり触ったりもできなかった。

「……小学校の見守り隊は楽しかった。会話もしたしのう。まあ、初めての子には泣かれてしまったが」

「顔の火傷のせいですね。でもその子は後に、愁爺ちゃんと言って懐いてましたよね」

「そうじゃ、そうじゃった」

「彼が愁太郎さんの遺骸を発見するんですよ」

「なに?」

「あちらと時間の流れが違うので、愁太郎さんが亡くなってから十日経っています。彼が心配になって愁太郎さんのアパートに立ち寄り、発見してくれたんです。……『もっと早く来てあげれば良かった』と、後悔して泣いていましたよ」

 そう教えられ、愁太郎も泣いた。

「就職してからも愁太郎さんを気にしていたみたいです。愁太郎さん、あなたは自分から孤独になりすぎていたんですよ」

 他にも心配していた人はいると教えられ、愁太郎は後悔の念に駆られた。

「ですからね、もう一回、人生やり直してみませんか!」

 まるで何かの勧誘のように、少女は勢いよく言った。


 しかし、転生と言われても今の自我がなくなるのは怖い。愁太郎は「やはり結構です」と、そう断ったのだが、

「オッケーオッケー、自我あり転生ね!」

 とノリよく返してきた。テレビの中の今時の若者そのものである。

「で、スキルはどうします? 欲しいですよね!」

「すきるとはなんじゃろうか」

「……敵は現代の化石だった」

 首を傾げる愁太郎に、少女は手のひらを見せ、外人のように大げさに頷いてみせた。

「まず、能力を与えようかと思って」

「能力は自分で努力して得るものじゃろう?」

「……これは神様からのギフト、もといプレゼントなんです! あっ、プレゼントって分かりますよね? とにかく、天国行を転生行にするんだから、それなりにプレゼントあげなきゃダメなの、決まりなの!」

 言葉づかいが段々おかしくなっている少女に、愁太郎は微笑みを浮かべた。小学生の子供たちを思い出したからだ。

「ゴホン! それはさておき。とにかく、スキルを与えます。うーんと、どうしようかな。あ、チートも必要よね」

「チートとは――」

「皆まで言わなくてよろしい!」

「……はい」

 神様が傍若無人になりかけてる気がしたが、黙って頷く。

「どんな人生だったかは知っているけれど、どんな風に生きたいかは知らないわ。だから愁太郎さん、教えてあなたの想いを」

「わしの――」

「次の人生をどう生きたいか、よ」

 そう言われて、愁太郎は考えた。


 それは、健康で苦しくならない体だったらいいなということ。

 何もかも失って焼け野原に立ち竦んだ。あの気持ちを思い出し、もう何も失いたくないと思ったこと。

 結婚は相性の問題だからできてもできなくてもいいが、子供や動物たちと仲良くなれたら幸せだと思う。


 少女の神様、――後に分かったことなのだが、見る人によって姿が違うそうな彼女は――大袈裟な解釈をして愁太郎にスキルを与えてくれた。

 チートという万能な能力。

 しかし転生した愁太郎がそのことを知ったのは、随分と後になってからである。

 おかげで神様いわく、幸先の良い人生を切ることはできなかった。

 とはいえ、育て親に恵まれたことや職人の下で働いた経験などから、そう悪いものではなかったはずだ。

 ただし、孤独の好きな引きこもり体質だけは、なかなか治りそうになかった。なにしろ育ててくれた樵の爺さん自身が、山の中に引きこもっていたのだ。育てられたシウもまた、素直にその気質を受け継いだから、仕方ないと言えば仕方ない。

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