004 生まれたのは




 仕留めた岩猪を片付けた後は、溜まった血液や要らない部位は燃やしてしまう。他の魔獣を寄せ付けないための、冒険者ルールだ。

 それから、お昼ご飯にする。即席の竈を作って、空間庫から鉄板を取り出して岩猪を焼く。

 魔法の便利なところは、これら全てが簡単にできることだ。

 反面、誰かに見られると大変だから、人目があるときは使わない。

 シウに特別な力があると気付いたのはヴァスタだけだったが、元冒険者として何度も口酸っぱく注意をしていた。

「お前の持ってる魔法は特別だ。自分の身を守れないうちは、絶対に見せびらかすな。利用されて痛い目に遭う。もっと酷い場合は殺されちまう。いいか。大人になって、誰もお前に敵わないってぐらい強くなるまでは、ぽっけのことを言うんじゃない」

 何でも入るぽっけが空間庫だと知ってからも――他にもたくさんの魔法が使えると分かっても――シウは育ての親の言いつけを守り、決して慢心しないと決めている。


 さて、シウが冒険者ギルドへ採取したヘルバを提出すると、依頼書に完了印が押され、お金を渡された。

 ギルドではお金を預けることも可能だが、薬草採取などの依頼料は微々たるものなので「預かりますか」の一言もなかった。

 そのままギルドを出て、森の小道亭に戻る。

「ああ、おかえり。遅いじゃないか」

 おかみさんには心配されていたようだ。有り難いことである。

「余分に採取してたから。自分でも使おうと思って」

 そう答えると、おかみさんは驚いていた。

「あんた、薬が作れるのかい?」

「簡単な傷薬や、熱冷ましぐらいだけど。育て親に教わったんだ」

「いい親御さんだね。子供のうちから仕込んでるなんて。おかげであんたも生きていけるわけだ」

「うん」

「さ、じゃあ一旦部屋で休んでおいで。もうすぐ晩ご飯だからね!」

 おかみさんは大きなお腹をパンと叩いて、豪快に笑いながら食堂の用意に戻った。冒険者が泊まるような宿のおかみさんは大抵似たようなもので、とても元気だ。

 子供らしくないとよく言われるシウには、その元気が眩しかった。もう少し賑やかしくなれたらいいなと、ちょっぴり思うほど。




 晩ご飯の後、宿の風呂を利用しサッパリして部屋へ戻ったところで、それは起こった。

 シウのお腹のところで、カリカリという音がしたのだ。

「あ、卵石!」

 拾ってから一ヶ月ほど経っていた。卵石が孵るのは早くて二週、どんなに遅くとも二ヶ月以内だから時期的には合っている。

 シウは慌ててお腹から卵石を取り出した。丁寧に包んでいた布を外すと、ベッドの上に置く。卵石がカリカリ音を立てるのと同時に、右へ左へと動いている。ハラハラしながら見ていると、少ししてピシリと殻の割れる音がした。

 カリカリ小さな音を立てて、中から小さな濡れた毛が出てくる。足だ! と思ったら、更にもうひとつの足が見えてきた。

 あれだけ石のように固かった殻が、簡単にパリパリと割れていく。

 中から現れたのは小さな小さな猫だった。

「騎獣?」

 生まれてみて、ようやく鑑定できた。

 それは『フェーレース』と呼ばれる猫型騎獣だった。

 希少獣の中でも人を乗せて飛ぶ生き物なので、かなり幸運な拾い物と言えるだろう。

「みぁー、みぅ、みぅ!」

 目を瞑ったまま必死で鳴いている。

 シウは慌てて手に取り、胸に抱いた。片手で収まるほどの大きさで、子猫そのものだ。

「よしよし」

 しっとりと濡れた体を指でちょいちょいと拭き、背中を見てみるとやはり突起がある。羽の名残と言われている部分で、騎獣には必ずついている部位だ。もちろん、飛竜のような存在ならば翼もあるし、羽のついた希少獣も存在する。ただし、この子のように猫型だったり犬型の場合は退化していることが多い。

「ええと、猫型だったら、乳でいいのかな。ちょっと待ってね」

 体を拭いてやってから、別の新しい布で包むと部屋を出て一階に降りた。

 もうおかみさんは片付け終わるところだったようで、申し訳ない気持ちで声をかけた。

「すみません」

「おや、どうしたんだい」

 近付いてきてシウの抱いているものを見て首を傾げた。

「この辺に子猫なんて生まれていたかね」

「ううん。この子、拾った卵石から生まれたんだ。騎獣だと思う。猫型なんだけど、初乳はなんでもいいのかな?」

「そうだねえ。そういや、猫型の場合は山羊の乳がいいと聞いたね。でも今はないんだよ、明日の朝にならないと」

「あ、だったらいいよ」

「いいって、あんた、困るだろうに。大体、お腹が空いて、ずっと鳴かれたら隣りの部屋に迷惑だよ」

 すこーし、眉を顰められたので、シウは慌てて言い添えた。

「山羊のなら持ってるんです」

「……持ってる?」

「えっと、今朝、買ったばかりのが。魔道具で保管してるから大丈夫」

 言い訳のように取り繕うと、ふうんと納得したかどうか分からない返事だったので、シウは更に続けた。

「防音も大丈夫だから、あの、遮音の魔法も使えるし」

「……そんな慌てなくても追い出したりしないよ。ただまあ、周りの安眠を妨害しない努力をしてくれたらそれでいいよ。なにしろ、騎獣だからね」

 貴重な騎獣は人気があるので、そうそう酷い目に遭うことはない。持ち主も犯罪者でない限りは優遇してくれると聞いていた。案の定、おかみさんの優しい対応にホッとして、シウはおやすみなさいと挨拶して部屋へと戻った。



 小さな小さな声でお腹が空いたと訴える子に、シウは空間庫から山羊の乳を入れた瓶を取り出した。

「前の街でたくさん用意しておいて良かったー。ほら、飲みな」

 小皿に移して飲ませようとしたが、考えたら生まれたての子猫――正確には猫ではない――が飲めるはずもない。

 綺麗な綿布を細く折って先端に乳を含ませ、口に吸わせてやる。

「んっ、くぅ、ちゅっ」

 ようやく飲んでくれた。一生懸命、目も開かないのに口を動かし飲んでいる。それが可愛くて可愛くて、知らぬ間に笑顔になった。

 何度も吸わせて、ようやくお腹いっぱいになったのか顔を背けて、あくびをし出した。お腹もぽこんと膨らんでいる。

「みゅぅー」

 もう寝たい。そう言っているようだった。

「おやすみ」

 頭を撫でて、そのままベッドの上に置く。早く大きくなるといい。そうしたら相棒だ。その時が楽しみだと思いながら、シウは優しく微笑んだ。


 ペットを飼うことはシウの前世からの夢だった。育ての親のヴァスタから希少獣の話を聞いて以来、ずっと飼いたいと願っていた。特に希少獣ならば、普通種と違って強い個体となるのだ。それなら、冒険者稼業でも連れて歩ける。

 しかも、騎獣なら移動にも気を遣わなくていい。もし亀だったら移動に工夫がいるので、その点は良かったかなと思う。どちらにしても動物は好きなので嬉しい。

「名前、なにがいいかな」

 やはりタマがいいだろうか。奇を衒ってポチだとか。

 結局一晩悩んだ末に考えたのは、

「お前の名前は『フェレス』だよ」

 そのまま、猫という意味の言葉だった。

 朝になって、おかみさんに名前を告げたら微妙な顔をされてしまったけれど、シウは満足していた。

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