005 基礎魔法のレベル上げ




 フェレスは元気いっぱいで、毎日あちこち汚してくれる。

 本人ならぬ、本獣だけが汚れるのならいい。しかし、宿のシーツやシウの服、床にも乳を零す。なので、しょっちゅう《浄化》の魔法を使っていた。すると、あっという間にレベルが上がってしまった。

 《浄化》は、基本的には基礎魔法の水属性だけでも使える。ただし、お風呂に入っただけとか顔を洗った程度の浄化でしかない。汚れなどを落とす場合は光属性を混ぜる。面白いことに、火と風を複合させると《乾燥》まで可能だ。

 シウの場合は《洗濯乾燥》と呼んでいて、全てまとめてやっている。服でも体でも同じだ。もう一歩進んで、剥いだ獣の皮などを処理する場合などは《洗浄消臭》と唱えているが、ほんの少し消臭に力を入れただけで魔法の使用方法に変わりはない。

 複合魔法は扱いが難しいらしいので、これも人の目のないところで行っていた。

「フェレス~、喜んでるんじゃないよ」

 一瞬で終わる魔法を別のやり方でできないか試していると、空間に浮かぶ球形の中で躍るシーツに興味を持ったらしい。

「にゃ、みゃ!」

 必死に前足でシーツを掴もうとジャンプしている。当然ながら少しもジャンプしきれていないのだが、本獣は飛んでるつもりらしい。

「にゃ、にゃ、みゅ!」

 最後はバランスを崩して床に転んでしまった。

「ほら、危ないよ」

 抱き上げて胸に抱える頃には、シーツも綺麗になってベッドの上に落ち着いた。そこにフェレスを下ろす。

「みぁー」

 とても気持ち良さげに寝転ぶ。猫というのは温かいものが好きだし、猫型騎獣と言えど同じようなものなのかもしれない。

 シウは笑顔でフェレスの頭を撫で、眠るまで待ってから部屋を出た。



 フェレスが生まれてからは、彼がまだ小さすぎて連れ歩くわけにもいかないので、ほとんどを宿の部屋で過ごしていた。

 たまに、出歩いてないと不審に思われるので、宿のおかみさんに挨拶をしてから急いで買い物へ行く。

 空間庫にはたくさんの山羊乳も食材もあるが、どうせだから街の店でも見て回ろうと買い出しをする。これも田舎の町ではできなかったことだ。田舎ではほとんどが物々交換に近く、商店もひとつしかなかった。コレルの街は東西南北に大通りがあって、それぞれに商店が並んでいる。裏通りにも小さな店があるから、見ているだけでも楽しい。

 フェレスが心配なので長く外出はできないが、速足であちこち寄って買い物を済ませて帰る。それがこの数日のシウの日課となっていた。


 部屋に戻るとフェレスが目を覚ましており、みゃぅみゃぅ鳴いている。

「よしよし」

 抱き上げて宥めるように撫でてやると、途端に機嫌が良くなった。

 フェレスは真っ白な体毛で、耳の先や足先に行くにつれ薄茶色をしており、尻尾が更に濃い茶色で三毛猫のように見える。雄のようなので日本にいれば珍しがられただろうが、この世界では意味はない。最初「ミケメン」と名付けようか悩んだのは内緒だ。

「ふわふわだね、フェレス」

 眠たそうに欠伸をするフェレスを撫でていると、毛が若干長いような気がしてきた。ペットなど飼ったことがないので分からないが、長毛種タイプなら櫛が必要なのではないだろうかと心配になった。

「馬なら分かるんだけどなあ」

 神殿で世話になっていた頃、神官の乗っていた馬の世話はシウが行っていた。

 騎獣も馬型が一番多いのでそのつもりでいて、お世話道具もしっかり揃っている。

「猫用の櫛って、売ってるのかな? 作ってもいいんだけど、最初は専門のものがいいよね?」

 フェレスに聞いたところで赤ちゃんだからまだ応えられないのだが、ついつい喋りかけてしまう。ペットに甘い言葉で話しかける行為を不思議に思っていたものだが、今ではシウもその仲間入りとなっていた。



 そうして、しばらく宿に引きこもっていたシウだが、フェレスも完全に目が開いてしっかりしてきたので冒険者ギルドへ行くことにした。

 冒険者にはランクが付けられており、十級が一番下だ。シウは見習いだが実績もあるので九級ランクの依頼までは受けられる。

 それらを管理するのがギルドカードだ。

 最初にギルドカードを作るときは、シウのスキルがバレるのではないかと心配だった。なにしろヴァスタからは「特別な能力は隠しておかないと危険だ」と言われていたし、神様にはチートだなんだと言われていたので、目立つことは避けたかった。

 ところが心配は杞憂に終わった。

 見習いということは子供ということだ。子供のうちはスキルも固定しないし不安定だから、いちいち調べるのは無駄だという不文律があったようだ。

 あっさりギルドカードが出来上がり、受けた仕事の実績だけが書き込まれる。単純なシステムなので可能なことだった。

 成人の十五歳になれば改めて作り直すそうなので、それまでに隠蔽の魔法を覚えようと思っている。というのも、本カードを作る時、水晶を使った鑑定で《状態確認》をされてしまうのだ。スキルなどは個人情報だから、守秘義務はあるだろう。しかし、シウとしては、できれば隠しておきたいことなので頑張るつもりだった。

 というわけで、レベルアップに必要な仕事を探した。


 一つ目は鍛冶場の手伝いだ。

 田舎町での補助とはいえ、シウには経験がある。風属性魔法が使えるので荷運びも楽にでき、初日から重宝がられた。

 更に火属性魔法が扱える上、温度を自在に操れると知ると手伝いの域を超えて、本職並に仕事を回してもらえた。生前の知識から理論も分かっているので、覚えやすいこともある。一度覚えてしまえば、能力補正のギフトでレベルアップも進む。その為、三日程で鍛冶スキルは覚えてしまった。

 二つ目は錬金工房だ。

 工房の見習いが突然辞めたとかで、その代わりに行ったのだが、補助仕事だけでなく錬金も教えてくれた。

 真面目にやっていると大抵の職人は教えたくなるものらしい。シウの見習い仕事ぶりを見て、職人たちは大層可愛がってくれ、指輪や腕輪などの作り方を教えてくれた。

 元々、裁縫などはできたので、似たような感覚であっさりと覚えてしまい職人を驚かせた。これも能力補正が効いているのだろうなと、ズルをしてるような気持ちで申し訳なくなるシウだった。

 どちらにもフェレスを連れていったが、騎獣の子だと知ると誰も邪険にすることなく受け入れてくれた。

 ただ、危ないのでシウから離れさせないよう、注意を受けただけだった。


 そんなこんなで、十日で生産魔法のレベルアップが叶った。

 生産魔法はレベル一から、田舎町での暮らしで三まで上がっていた。

 今回、ギルドの依頼を生産寄りにしたせいか、あっという間にレベル四である。

 ここまでくると、あとは隠蔽に必要だと思われる基礎魔法のひとつ、闇属性をレベルアップさせるだけだ。

 闇属性魔法は覚えるのがちょっと面倒なので、仕事を受けてという形は取れなかった。



 というわけで、シウは夜中にこそこそと部屋を出た。

 フェレスは心配なので寝かせていく。念のため、空間魔法で部屋に《防御》をかけた。

(《感覚移動》)(《転移》)

 続けて唱えると、一瞬で森の中に立つ。旅の間に覚えた、空間魔法では二番目に便利な魔法かもしれない「空間移動」を行ったのだ。

 いきなり転移するのは何やら怖い。だから視覚と聴覚など、感覚の一部を先に転移させ、空間内を一掃してから本体の転移を行う。自然に行えるよう、これらはセットだ。

 ちなみに空間魔法で一番目に便利なのは空間庫である。空間壁による防御も捨てがたいが、なんでも入る「ぽっけ」は夢の魔法だとシウは思っていた。

 夜の森では闇属性魔法を使って見えるようにしているが、無意識に発動させているため唱える必要はない。敢えて唱えるのは、レベルアップしたいからだ。

(《暗視》)

 意識して行うと、自然と発動する《夜目》よりも《暗視》の方が強固になる。そして、《暗視》を使用したことで真っ暗でもよく見えた。


 こうした魔法の使い方の基礎は、育て親にも軽く教わっていた。が、彼が晩年お世話になった神殿で、より知ることになった。ボロボロの古い本ばかりとはいえ、辺境の地の子供が学べるようなものは揃っていたのだ。また、神官にも幾つかは教わった。それを、思い出しながら旅の間に覚えていった。

 魔法はイメージ重視のところがある。できることが楽しくて、シウは各属性魔法を複合させたり、実験を繰り返した。だからか、闇属性魔法も怖れることなく覚えられた。

 なんといってもレベルが上がれば、アストラル体――シウは幽霊だと勝手に認識している――が見えるのだ。本ばかり読んで、実践したことのない前世からすれば夢のような世界である。シウはアストラル体を見たことがないので今日こそはと思っていた。


 しかし。闇属性は毒薬作成だったり、解毒薬が作れると案外あっさりレベルアップされるものらしい。生産魔法の薬草作成補助が効いているのか、シウは幽霊を見ないまま闇属性を上げてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る