006 闇属性と隠蔽魔法




 全状態低下という能力が欲しいシウは、闇属性をレベル五まで上げたかった。

 が、状態低下の方法がよく理解できない。ジャミングがいいのか、インビジブルでいいのか。透明になるのは無属性だろうかと、夜の森の中で胡坐をかいて思案する。

 周囲にはいつの間にか獣が集まっていたが「人間なにしてるの」という感じなのか、遠巻きにしている。野生の獣は魔獣と違うなあと、頬杖をついて眺めた。

 他人の状態を低下させるのは、なんとなく分かる。少し試してみようと、

(《感覚移動》)(《転移》)

 探知に引っかかっていた魔獣のところまで移動してみた。

 またしても岩猪だった。

「ええと」

(《鑑定》)

 岩猪(ボス)、魔力 三六、体力 五一、筋力 二五、敏捷 一八、知力 五

 と出た。

「あ、この間の岩猪の群れのボスか」

 仲間を守るためか、鼻息荒くシウを睨んでいる。体長は五メートル以上あるようだ。

 魔力三十六とはレベルのようなもので、基本的には魔力量のことを指す。量が多ければレベルも上という認識になっている。人の成人男性の平均が二十ぐらいなので、目の前の岩猪はかなり高い。シウも表向き、二十しかない。

「じゃあ、やってみよう」

 後ろ足を何度も蹴って、こちらに向かって来ようとする気配を感じたので、先に魔法を使うことにした。

(《空間壁》)(《魔素消去》)

 ボスは突然現れた「透明の壁」に囲まれ、身動きが取れなくなったことに慌てたようだ。そして周囲から魔素が消えたことで、しきりに辺りの匂いを嗅いでいる。

「魔素って匂いはしないと思うけど……」

 その状態で《鑑定》してみてるが、魔力は三十六のままだ。

「そうか。これだと補充ができないだけで、使わなければ魔力は減らないのか」

 じゃあどうするか。少し考えて、

(《魔力吸引》)

 と唱えてみたが、シウのイメージが弱すぎた。

「うーん」

 状態低下の反対はなんだろう。回復? と考え、回復だったら、光と水属性の複合魔法「治癒」となる。となると、状態低下は闇属性になるのか。なんとなく、闇と風と無属性に近い気がして、それらを使いながらイメージを強める。

(《魔力奪取》)(《体内異常》)(《認識阻害》)

 最後の阻害は特に、これだという気がした。相手の体の中の魔素を断裂してしまうイメージだ。魔素が使えなくなるように阻害をイメージしてみたのだが。

「あ、効いた、かも」

 と、感じた。

(《鑑定》)

 岩猪(ボス)、魔力 四、体力 十二、筋力 二十、敏捷 十五、知力 五

 体力や筋力・敏捷さなどを変えることは難しいが、魔力は目に見えて減った。

 「魔力奪取」は奪った分を空間壁の外に出したが、シウ自身に還元することもできそうだった。「体内異常」は体の気脈に風を通したようなイメージだったが、これも影響を与えているようだ。もう少し試してみる必要はあるが、おおむね、状態低下はできた。

 あとは、自分自身の状態を隠蔽するだけなのだが、先は長いだろうと諦めて岩猪の始末に取りかかった。もちろん、残りの群れを倒す前に魔法の練習はさせてもらった。


 ただ、練習の成果はなかった。空間転移の魔法は簡単にできたのに、状態の隠蔽は難しい。妨害でも阻害でも、それを使っていることがバレる気がするのだ。

 あくまでも隠蔽でいかねばならない。

「フェレス、いい方法ないかな?」

 ベッドの上で遊びまわる子猫を相手に、革で作った紐を動かす。

「みゃ、みゃ、みゃ」

 シウの言うことなど全く聞いていないフェレスは、一生懸命に紐を追っていた。

「やっぱり、もっと魔法のこと勉強しないと分からないなあ」

 神殿にあった本は少なかった。

 イメージ優先の魔法とはいえ、理論も必要だ。

 大抵のことは前世の知識でなんとかなったが、魔法そのものについてはシウも詳しくない。

「壁だよね」

「にゃ!」

「お前、分かってないくせに返事してるだろ」

 笑いながらデコピンをする。もちろん、手を抜いた可愛いものだ。

 フェレスも撫でられたと思ったぐらいで、もっと撫でてとお腹を見せる。

「はいはい。ほら、かゆいところはありませんかー」

 お腹を撫でながら、少し考えて、決めた。

「フェレスももう乳飲み子ってわけじゃないし、そろそろ王都に向かって出発しようか」

 騎獣は育つのが早いので、一年で成獣となる。

 コレルの街に滞在して二ヶ月近くになるので、フェレスも幼児期に入った。旅に出ても大丈夫だろう。

「そうと決まれば、旅の準備だね」

 おねむになってきたフェレスをそっとベッドの真ん中に寝かせ、シウは部屋の片隅のリュックを見てから部屋を出た。

 便利な空間庫だけに頼らず、万が一に備えて準備をするために。



 コレルの街は今までで一番長く滞在したが、今までで一番観光らしきものをしてないのもこの街だった。最後だから、ゆっくり買い物しようと見て回るが、とても楽しい。

 前世では想像できなかったことだ。今のシウの体は健康で、ちょっとやそっとじゃビクともしないから、あちこち歩き回れる。幼い頃から山歩きをして足腰は丈夫だし、元気な体は怪我も病気もしない。自分の足で自由に品物を見て回れるのが、これほど楽しいとは思わなかった。市場では他の人を真似て値切ったりもしてみた。

 そうして歩き回る中、パン屋を見つけた。田舎だとパンは各家で作るものだから、これまでの街道沿いの店にはなかった専門店だ。

 扉を開けるとカランコロンと音が鳴る。店の中には小麦のいい匂いが充満していた。

 パンは自分で作れるため、買うというのは初めてだった。

「いらっしゃいませー」

「こんにちは」

 挨拶をしてから、店内を見てみると普通の丸パン以外にもいろいろある。

「これはなんですか」

 四角い棒のようなものを指差すと、店員が出てきて笑顔で答えてくれた。

「蜜棒パンです。冒険者が長旅の時に堅焼パンを食糧にするんですけど、それだけだと飽きちゃうでしょう? なので蜂蜜を練りこんで味を変えてるんですよ」

「へー、いいですね」

「味見してみます? どうぞ」

 切り分けたものを食べさせてくれた。

「あ、美味しい」

「ありがとうございます。うち、蜂蜜にはこだわってるんです。大熊蜂を調教できる人が街の近くで育てていて、花も香りと味がいいものばかりわざわざ植えてるんですよ」

 大熊蜂は蜂のような魔獣で、調教魔法がないと飼い馴らせない。

「すごいですね」

「でしょう? やっぱり、普通の蜂より、大熊蜂の方がたくさん集めてくれるし、雑味もなくて美味しいんですよ」

 褒められて嬉しかったのか、その後もいろいろ教えてくれた。

 シウは蜜棒パンをまとめて買った。他にもたくさん買ったので、店員さんがオマケとして蜂蜜の入った小さな瓶をくれた。こういうやり取りも、なんだか嬉しいのだった。

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