383 白狼獣人族との手合せ




 楽しみの前には少々面倒なことが待っている。

 市場めぐりの翌日は、学校で戦術戦士科の授業があった。

 シルトと手合せをしないといけないのだ。

 人と争うのが苦手なシウとしては、やりたくないなーという気持ちしかない。しかし、相手はやる気満々で、目をギラギラと輝かせてすでに体育館へ来ていた。

 並んでみなくとも体格がまるで違うと分かるのに、本気でやるようだ。

 レイナルドが焚き付けるからだが、その本人はどこ吹く風といった態度で、シウの背中をバンバン叩いている。

「頑張れよ!」

「はあ」

「なんだその気の抜けた返事は! 死ぬぞ!」

「死にませんよ」

「そうだな、お前は死なんな!」

 わはは、と何が嬉しいのか大笑いだ。

「おっと、そうだ。お前は大丈夫だろうが、手加減してやれよ? 殺すのはまずいからな」

「殺しませんよ。ええと、たぶん」

「そうなんだよなあ。手加減が難しいんだ」

「お2人とも、相手を挑発しておりますわよ」

 物騒な台詞を口にしている自覚はお互いになくて、クラリーサに注意されて口を噤んだ。

 おそるおそるシルトを見ると、眉間に皺を寄せていた。

 そんなつもりはなかったのだが、よろしくなかったようだ。謝ったのだが、余計に機嫌が悪くなってしまった。


 とりあえずは、体を温めるために全員でいつものストレッチを行った。

 その間もシルトは馬鹿にしたように皆を見下ろしており、態度を変えない。

 準備が終わると、レイナルドがルールを説明した。

「室内だとやり辛いだろうが、ここには魔法を掛けているので我慢しろ。その代わり、ほぼ何をやっても構わん」

「殺すかもしれんが」

「まあ、そりゃないだろうが、お前の巻き添えで他の生徒が傷ついてもいかんからな」

 そう言ってシウを見た。

「はいはい。持ってきましたよ」

 防御結界用の魔道具を渡した。ピンチタイプで、レイナルドに相談されて新たに作ったものだ。ちゃんと学校への納品として書類も提出している。

「各人これを装備しておけ。あと、お前たちもだ」

「俺は要らん」

「これは、命令だ」

 命令だと言った瞬間に威圧を掛けたようだ。シルトが目を泳がせた。獣人族なら耐性はあるだろうが、レイナルドのものは強かったらしい。

 シウには通じないので理解できないが、あの偉そうなシルトが戸惑うのだから相当だろう。

 不意に視線を感じてそちらを見ると、コイレがシウを観察するように見ていた。

「……強い」

 ぼそりと呟かれた。威圧に耐えたことで、思うところがあったようだ。クライゼンは気付いていないので、案外コイレの方が強いのかもしれない。シルトとクライゼンは全く気付いていないようだったが。

 というのも、コイレは犬系の獣人族なのだ。シルトとクライゼンは狼系なので立場が違うらしく、コイレへの態度が少々きつい。犬系ということで、弱いと思われがちなのか、完全に上から目線の態度だ。

 鑑定してみたが、元々の素養は確かに狼系の獣人族が上だが、鍛えているのかコイレの方が体力敏捷知力は高かった。さすがに筋力は負けていたが。

 ちなみにシルトの知力は驚異の12である。

 一般市民の平均値が20と言うが、これは成人した者のことで、大抵は17~23あたりだ。

 つまり、シルトの12が如何に低いかが分かるというものだ。

 よくシーカーに入れたと思う。

 ついでにクライゼンの知力は15で、コイレは30だった。たぶん、コイレの助けがあって、今まではなんとかなっていたのだろう。

「さあ、付けたな?」

 円を描いた外側に生徒達を出し、フェレスにも待機を命じてから中央に3人で立つ。

「俺は中立だ。勝ち負けを決めるのも俺だ。俺の言うことが全てだ、分かったな?」

「はい」

「……分かった」

「じゃあ、始めろ!!」

 号令を掛けるとレイナルドがパッと飛び退いた。その彼を気にもせず、シルトが物凄い勢いで剣を抜きながら向かってきた。

 魔力量が98もあるので、風属性を使って敏捷さに拍車を掛けているようだ。

 それを、旋棍の柄の部分で受けた。

 勢いよく降りかかってきた剣を、柄で押さえて耐えたということにシルトは驚いたようだった。が、実践慣れしているらしくすぐに剣を戻して引いた。

「小賢しい奴だ、真正面から勝負もできないのか!」

 吠えてきたが威圧など一切感じないので、気にせず、旋棍から警棒を取り出した。

「……それが武器か。ふん、お前らしい卑怯な武器のようだな」

 何をどう思ったのか、そんなことを口にした。そして、剣を構え直すと、またシウに向かってきた。

 振り下ろしてくるのを、右へ左へ、下にと躱しながら彼の腕を確認する。

 全体的に大ぶりで、力任せなのが分かった。

 魔獣相手だとこれでも良さそうだ。特に大型になる魔獣なら、こんな風にもなるだろう。人間相手だと、少々大雑把に過ぎる。隙が多いのだ。

 階位の低い魔獣だとさほど気にしなくて済むが、リーダーになってくると知恵を使うのでこうした戦い方はできなくなる。

 シルトはまだハイオークなどとは戦ったことがないのかもしれない。

「逃げ回ってばかりか! 腰抜けがっ」

 フェイントを仕掛けてくることもあるのだが、小刀の使い方が間違っている。感覚転移でクライゼン達を見ていたが、彼はハラハラしているだけだが、コイレは苦々しく見ていた。彼はシルトの戦い方が気に入らないのだ。

 少しだけ、シルトの動きを修正するよう、彼の動きに合わせてみた。ギリギリのところで躱すため生徒達からすれば際どくて怖いようだが、レイナルドやコイレ、ヴェネリオなどはシウの試みに気付いたようだった。

 シルトは自分が攻めやすくなったことには気付いたものの、それがシウの誘導だとは思わなかったらしく、嬉しそうだ。

「はっ、体力もないのか? それとも俺の剣捌きについてこれなくなったか!」

 魔法を使う様子もなく、剣だけで行こうと思ったのか分からないが、単純だ。

 何度かシルトに隙を見せつつ、フェイントなどを打たせる方向へ持っていく。

 三度に一度は気付くようになり、足を引いたり、ステップを変えたりと覚えたであろう知識を披露してくれた。

 その都度、危なっかしく躱していく。

 こんな時だが、フェレスはシウのやっていることが分かるのか、遊んでいるように見えるのかもしれないが欠伸をして見ていた。


 15分ほど経つと、さすがにおかしいと思ったようだ。

「お、おい、お前! 逃げてばかりだろうがっ、攻撃しろ!」

 少し息が上がっていた。全力というわけでもないだろうに、体力の配分も良くない。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 警棒を真横に振った。しゃがんだ状態だったので、まともに足へぶつかったが、防御結界のおかげで怪我はしていないだろう。しかし、その場に留めてくれるものではないため、あっさりと転んでしまった。

 追い打ちをかける隙は充分にあるが、シルトが急いで飛び上がって起きるのを待った。

「くそっ、不意打ちか!」

 コメントのしようがなくて、シウは曖昧に笑った。

「真正面から来いよ!」

 その時、レイナルドから声がかかった。

「そろそろ片を付けてくれ。時間が勿体ない」

 シウに言ったことは分かった。が、シルトは自分への発奮だと思ったようだ。

「分かってる。そろそろ遊びは終わりだ。行くぞ!」

 今度は魔法を使ってきた。雷撃を剣に纏わせて撃つつもりだ。先生指導の下だからと思う存分高いレベルで発動させた。

「どうだっ」

 びりびりと震える剣を振り下ろす。

 が、完全に軌道が見えているのでスッと横に躱した。躱しながら、雷撃の効果を闇属性魔法で解除し、旋棍警棒を使ってがら空きとなったシルトの脇を薙ぎ倒した。

「ぐあっっ!!」

 シルトが呻いたまま飛んで行ってしまった。

 反動を付けたせいか、勢いがあったようだ。ついでに自分も吹っ飛んだが、空中でくるりと回転して着地した。

「おーし、上等だ。これでシウの勝ちだな。よしよし」

 呑気な声のレイナルドを無視して、クライゼン達が駆け寄る後を追った。


 防御結界があっても衝撃は受けるが、呻くほどではない。

 見てみるとピンチが見当たらなかった。

「あれ? ピンチがない」

 ついでに呻いたまま亀になっているシルトを鑑定したら、肋骨が折れていた。

「あ、折れてる。転んだ拍子に怪我もしてるし、治しとこうか」

「えっ」

 ポーチから取り出したポーションを見て、クライゼンが驚いた。

「大丈夫だよ、変な物じゃないから」

「シウ、ほっとけ。それも勉強代だ」

「レイナルド先生、教師としてそれはどうかと思うけど。はい、飲んで、あ、こら、暴れないで、拘束するよ?」

 脅かすとコイレが慌ててシルトに抱き着いた。抑え込みにかかったようだ。クライゼンがムッとしたようだが、シウの視線を受けて、渋々自分も抑えにかかった。

 そのままポーションを流し込むと、暫くしてシルトがようやく亀から人間に進化した。

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