384 試合の内容と公爵令嬢の騒動顛末




 起き上がったシルトが、何か言おうとして口を閉ざし、もぐもぐと言い淀んでいる間にレイナルドが生徒達を中央に呼んだ。

 その為シウも、そしてシルト達は渋々と、中央に駆け寄った。

「さて、茶番も終わったことだ。これから授業を始めるぞ。ああ、シルト、お前はどうするんだ? 授業を真面目に受ける気があるのか?」

「……さっきの手合せ」

「気に入らないのか? それとも解説を聞きたいのか? 自分が負けたことぐらいは理解しているんだろうな」

「……負けは負けだ」

「どんな勝負でも、たとえどれほど卑怯な手を使っても、最後に勝たなきゃ意味はない。そしてさっきのシウは、正々堂々としていた。もっとえげつない戦い方ができるのにな」

「え?」

 クライゼンが首を傾げたが、コイレは小さく頷いていた。

「よし、じゃあ、皆にも説明しよう。車座になれ」

 そう言うと自分は中央に胡坐をかいた。

 いつものパターンだ。

 シウはいたたまれない思いで、フェレスの影に隠れるように座った。

 ところで、フェレスは自分も生徒の一員だと思い込んでいるようだ。何故か堂々と車座の輪に加わっていた。


 レイナルドは最初にシルトの剣捌きを褒めた。

「お前は年齢の割りに実戦経験が豊富なようだ。騎士のような剣捌きではないし、粗削りだが良いものを持っている」

 シルトが少し嬉しそうな顔をした。鼻がぴくぴくして、耳が忙しなく前後に振られた。

「しかし、魔獣の相手ばかりだったようだ。乱取りの相手は同じ獣人族、それも大人だろう?」

「あ、ああ。そうだが」

 何故分かるのかとその顔が言う。感情が全て顔に出るタイプで、レイナルドも微笑ましく思うのか、苦笑した。

「全て、自分より大きな相手を想定した剣捌きだったからだ。体術も大人相手に慣れているのだろう」

 シルトがハッとしたように顔を引き締めた。そしてシウを振り返る。

「そうだ。相手が小さいと、お前の剣は扱いづらい。小さい魔獣は弱いと思い込んで、練習を怠ってきた付けだ。しかし、世の中には小さくても強い魔獣は数多くいる。そして相手が人間ならばどうだ? お前たちは体格が良いから、大抵の人族は小さいぞ? 現にシウは小さかったろう。小さいが、非常に強い能力を持っている」

 魔法の使い方も粗削りだし魔力も使い過ぎだ、とレイナルドは続けた。

「体力の配分も良くない。今回はシウ1人を相手にというルールがあったが、余力を残さない勢いで相手をするのは馬鹿のすることだ」

「くっ」

「お前は最初から、シウを舐めてかかっていた。それがこの結果だ。小さいから勝てる? 小さいと体力もなく一気に攻められるとでも思ったか? 相手が稀代の魔法使いだったらどうしていた。戦術戦士科というのはな、戦士であることを学ぶ前に、戦術も習うんだ」

「……はい」

「よし、素直に認めるな?」

「はい」

「最後に、これだけはしっかりと胸に刻んでおけ。お前は手合わせの間、シウに勉強させてもらっていた。それをちゃんと身に付けろ。それと、シウに感謝しておけ」

「え」

「意味はコイレに聞くと良い。この場で理解できたのは、お前の従者のコイレと、生徒ではヴェネリオぐらいだろうからな。あと、ピンチを勝手に外したのはルール違反だ。罰を与える。学校の敷地内いっぱいをこの授業が終わるまでの間に50周してこい。魔法は使うな。それができたら来週からの授業への参加を認める」

「……はい!」

 じゃあ行けと、手を振った。しっしという態度にも見えるが、今度はシルトも噛み付かずに素直に受け止めて体育館を出て行った。彼の後ろにはクライゼンとコイレがおり、3人で走るのだろう。

「大変だなあ」

 ラニエロが憐れむように言った。

「先生、罰がひどすぎません?」

 ウベルトもレイナルドに抗議していたが、どこ吹く風だ。

「いいんだよ。ああいうやつには丁度良い頭の冷やし方だ。そら、お前たちも授業を始めるぞ」

「先生、ですけれどさっきのことが気になりますわ」

 クラリーサが手を挙げて、発言した。他にも数人が頷いている。

「何がだ?」

「ですから、コイレという従者と、ヴェネリオさんだけが気付いたという件です」

 彼女の質問にレイナルドは、ああ、と頷いた。

「そりゃあれだ。シウが俺と同じように、相手を生徒と思って接していたことだ。相手に戦い方を自然と覚えさせたり、悪い点を気付かせてやる指導を、していたんだよ」

「え、そうだったのですか?」

「相手に分からせないようにするのが肝心だ。周りにもな。その点、シウはまだまだだ」

「はあ」

 頭を掻いたら、レイナルドに笑いながら背中をバンバン叩かれた。

「そこは返事が違うだろうが。お前はシルトと正反対だな! 謙虚過ぎるのも嫌味だぞ」

 はっはっは、と大笑いして、自慢しとけと付け加えた。

 レイナルドなりのお褒めの言葉らしい。


 それからは体術の訓練を行ったり、乱取りをするなどいつもの授業に戻った。

 授業の間シルトは戻って来ず、感覚転移で見てみると広大な敷地を延々走っている姿が見えた。

 舌を出しているところが獣人族らしいが、体力的に大丈夫なんだろうか。

 心配になりつつ、レイナルドも心底は優しさから行動しているので、任せておこうと視覚を切った。

 まさか、夕方まで走ることになるとは知らなかったが。



 昼ご飯はいつものように食堂で、大勢で囲んで食べた。

 エドガールがディーノ達に授業での出来事を面白おかしく話すものだから、シウとしては大いに困った。

 ところで、クレールが元気になってきたので、彼が大変だった頃の話を聞いてみた。

 彼も聞いてほしかったらしく、ポツポツと話し始めた。

「ヒルデガルド嬢は公爵家の第一子で、後継ぎでもあるから元々権勢欲があったようなんだけど、ここに来てから周りがラトリシア貴族ばかりでちやほやしたせいか、こう、言葉は悪いんだけど――」

「調子に乗ったんだ?」

「まあ、有り体に言えば、そうなるね」

 クレールは苦笑しつつ、幾つかのエピソードも話してくれた。たとえば、相手が他国の高位貴族相手だから気を遣ったことが、やがてそれを当然のことのように受け入れていく様などは、怖いぐらいだった。

 人をダメにするのは、言葉や態度で簡単に出来るのだなあと思ってしまう。

 同じことをディーノやエドガールも感じたようだ。

「僕達も気を付けよう。お世辞に気を良くしていたら、とんだ道化者だね」

「本当に。しかし、ラトリシアの中央貴族は割とそういう人が多いんだよ。相手を褒めて褒めて、陰で叩くという、ね」

 エドガールが肩を竦める。経験を語ったらしい。

「陰湿なんだな」

「そう。そのせいで、ラトリシアの国民性まで疑われるんだ。こちらは良いとばっちりだと思ってるんだけどね」

 そういえば、当初、家令のロランドがラトリシア人のことを良く言っていなかったが、あれは役所の担当官や貴族を相手にしていたから出たのだろう。

 街の人々は概ね、気さくな感じがする。

「褒め殺しかあ」

「面白い言い回しをするね、シウは」

「昔、聞いたことがあるんだ。嫌味かと思えるほど褒めちぎって、陰では馬鹿にするんだって。陰湿だよね」

「今回の事にそっくりだね。褒め殺しか」

 エドガールが感心している間に、クレールが苦笑しつつ話を続けた。

「そんなことが続いて、彼女は有頂天になっていたんだ。そうしたら、ある日、治癒科の授業で一緒になったカロリーナ=エメリヒという伯爵家の方と話す機会があったそうでね。婚約していることや、心配事を聞かされたみたいなんだ。でも、後から思うのだけど、たぶん話の接ぎ穂というのか、ついで話だったのだと思う。心底からの心配事を、他国の高位貴族の娘に話したりはしないだろうから」

「ラトリシアの貴族なら、話さないだろうね」

 エドガールがクレールの意見を後押しした。クレールも頷いて、続きを話す。

「たまたま相手の婚約者の性格がまた、その、ようするによろしくない人でね」

「え、もしかして同じ学校の生徒?」

 その通りと、クレールが頷いた。

「ベニグド=ニーバリという伯爵家の後継ぎなんだ。ニーバリ家は立地条件の良い領地持ちだから伯爵と言えども侯爵に匹敵する力を持っている。それでもヒルデガルド嬢からしたら下位に当たるわけで、当然のように上の立場から物を言えると思ったのだろうね」

「……まさか、文句を言ったのかい?」

 ディーノの顔が引きつっている。

「そう。そのまさかだよ」

「うわあ、ニーバリ家は領地自体はさほど大きい方じゃないけど、王都に近いということから権勢をふるっているのに」

 エメリヒのことは知らなかったディーノも、ニーバリの名はすぐに分かったようだ。

 エドガールも引きつった顔になった。

「怖いことをする人だね」

 クレールはそれを聞いて、自分の苦労を分かってもらえたと何度も深く頷いた。

「女性に対する扱いがなっていないと、まあ抗議したんだよね。戦略指揮科で同じだったことから、その授業の間、ずっと居心地が悪くてね」

 そして、それ以降、ラトリシア貴族の派閥の争いにも巻き込まれたそうだ。しかもニーバリ家と対立する派閥からも締め出された。ヒルデガルドのやりようがスマートではなかったからだそうだ。

 とはいえ、他国の公爵家の娘だ。ついている騎士も強気の者ばかりだから相手にならない。そのため、お鉢がクレールに回ってきたと言うわけだった。


 かくして苛めのような目に遭い、高位貴族の子弟として過ごしたクレールは早々にダウンした。

 ヒルデガルドの扱いにも耐えられなかったようだ。

 今は彼女と離れて、貴族としての付き合いはなくなったものの心に平穏が戻ってきた。結果的に良かったと、しみじみ語っていた。

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