331 ククールスの訪問




 家令のロランドは忙しいだろうと、リコにククールスを紹介して屋敷内へ招き入れた。

 友人として連れてきたしリュカ達と昼ご飯を摂るつもりだからと、表の客間は遠慮した。ククールス自身もそうした場は嫌だと言っていたので、裏玄関近くの応接室へ案内する。

 こうした応接室は幾つかあって、家令や使用人、シウのような身分の低い客人が使うのでそれぞれに趣が違う。業者との打ち合わせに使う部屋はシンプルだけれど質の良い家具を置いているし、使用人の家族などが訪ねてきた際に通す部屋は明るく清潔に、しかし落ち着けるようにと庶民風に整えられていた。表の客間に近い応接室などでは貴族のお供達が待機する部屋となるので、それなりの高価な家具を配置している。従者や騎士などには貴族出身者も多いので、そうした体裁が必要なのだ。

 ククールスを案内したのは、シウの部屋にも近い一番おとなしめの部屋だった。

 ソロルなどを面接したのもこの部屋らしい。庶民を委縮させない造りとなっている。

 通されたククールスも、特に気負うことはなかった。屋敷前に立った時の驚いた顔とは違って随分と落ち着いていた。


 スサが昼食の準備をしてくれる間に、ソロルがリュカを連れて来てくれた。

「おう、お前か。元気になったようだな」

 ソロルを見て手を上げ、それからリュカの頭に手を置いた。

「坊主も元気そうで良かったよ。早くに見付けてあげられなくてごめんな」

「……おにいちゃん、あそこにいたの?」

「そうだぞ。冒険者として探索に行ったんだ。情けないことに見付けてあげられなくてな。シウには頭が上がらないよ」

「ククールス」

 彼がそんなことを思っていたとは知らなかった。

 気にしていたのだろうか。

「ばーか、そんな顔するなよ。まあ、俺もまだまだだなって分かっただけ、良かったよ。もっと索敵スキル上げないとな!」

 それから、リュカに名前を告げて、ソロルとも挨拶を交わした。

 スサが様子を見計らって食事を出してくれたので、皆で和やかに昼ご飯を摂った。


 午後はリュカも含めて庭で飛行板に乗ったりして遊んだ。

 ソロルはリコについて仕事へ戻ったので、リュカの相手は主にフェレスだったが、精神年齢が一緒なのか楽しそうに遊んでいた。

「そんなに気に入ったなら、飛行板あげようか?」

「え、ほんとかよ」

「あー、実費はもらうけど」

 ただというのもお互いによろしくないだろうから、そうした風に言うと、

「実費どころか、売値で買うけどさ」

 真面目に返ってきた。

 他人の騎獣を金貨1枚で奪おうとした貴族とはえらい違いである。

「でも、いいのか? 俺だけ得してないか?」

「ククールスにはお世話になったし」

「えー、してねえぞ? むしろ俺達の方が世話になったものなー」

「索敵の仕方とか教えてくれたよ。森の中の歩き方とか、あれ、面白かったな」

 索敵がかなり的確だったので聞いてみたことがあるのだ。

 ラエティティアのように精霊の力を借りているのかと思ったが、雪が深い場所ではあまり見かけないと答えが返ってきて驚いたものだ。

「あんなことぐらいでか? まあ、良かったらまた教えてやるけどさ」

「うん」

「お前も相当、森歩きには詳しいよな」

「生まれも育ちも奥深い山だったからね」

「……どこだ?」

「イオタ山脈だよ。小屋が中腹にあってね。樵の爺様に拾われて育ててもらったんだ。たまに麓の村に木とか薬草なんかを届けに行ってね」

「へえ」

 森はどれも同じではないから、イオタ山脈ならシウの右に出る者はいないかもしれないが、ミセリコルディアではククールスの独壇場というわけで、幾つか地形のことだったり木々について教わった。

「エルフより、すごい暮らししてんだな」

「ククールスのところの村はもう少し拓けてる感じなんだ?」

「イオタ山脈よりはな。よくもまああんなところに住んでたもんだ。俺も一度、狩人の里に用があって行ったことがあるが、あれよりも奥深いと聞いて驚いたんだが」

「そこの狩人さん達がたまに遊びに来ていたよ。薬草をあげたり、情報を教えてもらったり。メープルが好きで必ず取りに来てたね」

「……メープルって、蜂蜜みたいなののメープル?」

「うん」

 ククールスの顔がパッと輝いた。

「俺、メープル大好き!」

 そうなんだろうなと思えるほどの笑顔だ。

 シウは笑って、ククールスに分けてあげるよと言った。

「え、いや、でもさ。……いいのか?」

「いいよ。狩人さん達にも、勝手に持ってってもらってるから。今は留守にしてるからメモ貼って残してるけど。あ、そういえば今年もそろそろ準備しとかないと」

「え、山に戻るのか?」

「うん。定期的に見回りしておかないとね。それにあそこでないと作ってない薬草もあって。狩人さん達の必需品らしいから」

 それってなによ、と聞かれたので、ハイケノのことを教えた。

「塩を吸収する特殊な植物なんだ。元々あるケノポディウムっていうのを爺様と改良して作ったんだけど、意外と役立つんだよ」

「へえ。面白いことやってたんだなあ」

「狩人さん的にはハイケノの価値が高いらしくって、いつも変わった魔核とか、面白い本や古い魔道具なんか置いていってくれてるんだ。里に遊びにおいでって、手紙もそういえばあったなあ」

「……それ、すごいことなんだぞ?」

「あ、そうなの?」

「狩人の里に入るのに、どれだけの誓約が要るか。俺だってエルフの長の代理で、何度も幻惑を掛けられて連れて行ってもらったんだからな」

「ふうん」

 すっかり話にのめり込んで、立ち話してしまった。

 子供達は雪の上をはしゃぎまわっていたが、そろそろ中に入れた方がいいだろう。

「おやつ、食べる? メープルのお菓子にするよ」

「マジか!」

 子供のように目を輝かせるので、シウは苦笑した。

「フェレス、戻っておいで。リュカ、おやつ食べよう」

「にゃ!!」

「わーい」

 フェレスが変な歩き方をして戻ってきた。さっきからリュカと、お馬さんごっこをしていたらしい。よく分からないが、フェレスには馬がそんな風に見えるのだろう。

「フェレス、馬はそんなに気取って歩かないと思うよ?」

「にゃ?」

「別にいいけどさ」

 尻尾を立てて、お尻をふりふりして歩く姿も可愛かったので、まあいいかと言葉を飲み込んだ。


 おやつは、朝作っておいたふわふわのパンケーキ生地に、生クリームとたっぷりのメープルソースをかけて出した。

 リュカもククールスも同じような顔をして喜んでおり、賄い室では交替で休んでいるメイド達がそれを見て笑った。

「わたし達、このお屋敷に来てから太ったかも」

「でも、いいの。幸せだから」

 嬉しそうにパンケーキを頬張って、女の子達はわいわい騒いでいる。

 ソロルもリコに連れられてやってきて、先に食べていた護衛の人と交替して椅子に座った。

「……俺も、幸せです。こんなおやつまでいただけるなんて」

「ねー? 元々こちらのお宅ではお腹いっぱい食べさせてくれていたし、おやつもあったけれど、こんな美味しいのはなかったよねえ」

「厨房の失敗作とかお下がりがあって、あれでも頬が落ちちゃうと思ったものだけど」

「今じゃ、厨房がシウ様のデザートを真似たりしてるもの。すごいわ」

 食べ終わったククールスが、不思議そうにメイド達を見た。

「……貴族の家って、もっと堅苦しくて大変なんだと思ってた」

 話しかけられたメイドはポッと赤くなりつつ、ククールスに返した。

「そういうお宅もありますよ。でも、やっぱり長く続かないわ。このお宅は、本家の方々も長く勤めてらっしゃる方ばかりよ」

「今回は若様が他国へ行かれるというので、別荘を管理していた家令のロランドさんや、わたし達のような若手が抜擢されたの」

「わたしも今回の事で雇ってもらえたの。このまま長くお勤めできたら嬉しいわ」

「厨房の人もいい人ばかりだし、良い職場で良かったわね」

 ねー、と小首を傾げて可愛く語り合っていた。

「……そっか。貴族でも、いろいろあるんだな」

「ククールスも、貴族嫌いなんだっけ」

「まあな。大体エルフは貴族嫌いだけどさ」

「あー、それは分かる」

 護衛の1人が答えた。彼は物足りなかったらしくて、ガラス瓶から飴を取り出してボリボリ噛みながら話を続けた。

「貴族は見目麗しい者を傍に置きたがるからな。エルフ族も大変だろうなと思うよ」

 そのまま、物欲しそうにしていたククールスに飴を取って渡してあげると、ククールスは白い肌を紅潮させて受け取った。

「好きでこんな形してんじゃないんだけどな。って、これ、うま。いちご?」

「シウ様が作ってくださるの。それはいちごミルク味ね。喉飴を効能ごとに分けて作り置きしてくださるから有り難いの。喉の弱い子もいるから。こうしてね、小瓶もいただいたから、彩りに幾つか混ぜて私室に置いたりするのよ。見てるだけでも可愛いでしょう?」

 ククールスがまた欲しそうな顔をしたので、彼女は少し迷いながら、小さなピンクのガラス瓶を渡そうとした。さすがにククールスは悪いからと断っており、シウは苦笑しつつポーチに手を突っ込んで空間庫からガラス瓶を取り出した。

「ピンクしかないけど、これでいいならどうぞ。飴も取っていっていいよ。売るほどあるし」

 メイド達の間では減らない謎の飴と呼ばれている大きなガラス瓶を指差して、言った。

 もちろん、減らないのではなく、様子を見て足しているだけなのだが。

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