332 先祖返り
嬉々としてピンク色の可愛らしい小瓶に飴を詰める実年齢135歳のエルフは置いといて、護衛の男がそういえばとシウに話しかけてきた。
「こんなにしてもらって、俺達は有り難いけれど、その、材料代とかかかってるんじゃないか?」
「ロランドさんからの材料費も断っているとお聞きしましたけど」
メイドも心配そうだ。しかし。
「ほとんどかからないんだよね。薬草は自分で取ってくるし。果実も大半は山にあるものを収穫しただけだし。さすがに小麦は買うけど、あれも魔核ひとつでものすごい量が買えるでしょ? 魔核なんて、ギルドの依頼を受けて狩りに行ったら山のように手に入るし。実費かからないんだよ」
「……すごいですね」
「自給自足? みたいなものだし、僕が好きでやってることで、食べてもらって笑顔になるのを見るのが好きなだけだから、そのことにお金を貰うのは違うなって思うんだよねー」
「……神様みたいな人ですね」
「えっ、違うよ!」
やめて、あの人とは違う! と慌てて全否定した。
「何、その嫌がりようは」
ククールスが幸せの世界から戻って来たようだ。ピンクのガラス瓶を持っていても違和感がないのはさすがである。
「えーと、とにかくそういうのじゃないから。大体、誰だって自分がしてほしかったことやしたかったことを、相手にしたくなるものじゃない?」
「……したかったこと」
スサがいつの間にか入ってきていて、小さく呟いた。
「それ、わたし分かります。わたし、長女で、しかも年子の弟妹がいたから可愛がってもらったことがないの。いつもお姉さんなんだからと言われていて寂しかったわ。だから、こんな風にしてほしかったって思ってたことを、リュカ君にしていたのね」
「抱っこしてご飯を食べさせてあげたり? スサ、あなたお母さんみたいだったわよ」
からかうように言われてスサは顔を赤くした。
「もう!」
「でも最近は抱っこしてないわよね」
「だって、リュカ君だって恥ずかしいだろうし、お勉強を始めて大人になってきたもの。ね?」
「うん! 僕、1人で食べられるよ!」
ほら、とスサが自慢げにメイド仲間に言うと、
「親離れされちゃったのね」
と返されていた。少しだけ寂しそうな笑顔になったものの、スサはそれでいいの、と胸を張った。
「いつか、自分の子を可愛がってあげなさいよ」
「それっていつ?」
すると女の子同士で、キャーキャーと恋話になってしまった。
護衛の男と、ソロル、それにククールスも慌てて部屋を出ることになり、シウもこそっと部屋を出て行った。
メイド長が廊下を歩いてくるのが分かっていたので、たぶん、休憩時間が長いと注意しに来たのだろうと思い、巻き込まれないうちに退散したのだ。
ちなみに、フェレスは巻き込まれて一緒に怒られたようだ。
しょんぼりしたリュカと一緒に項垂れてシウの部屋へ戻ってきていた。
私室へ招き入れると、物珍しそうにククールスが見て回っていた。
最終的にソファへ座ったが、近くにある家具を愛おしそうに撫でる。
「こういうの、俺好きだな」
「ありがと」
「年代物の、使い古されたものだけど、よく手入れしてあって感じが良い。懐かしい気がする」
「百年以上前の家具で、使われたのは大きな胡桃の木らしいよ。その息吹が残っているのかもね」
「息吹か。良いこと言うな。うん、気持ちの良い空間だ。このお屋敷自体も空気は良いが、ここはまた格別だ」
「そういうもの? それってエルフだから分かるの?」
「そうかも。精霊の匂いがするっていうのか。お前、精霊に好かれてるよ」
「……全然見えないんだけど」
不満そうに見えたらしく、ククールスは大笑いした。
「いるよな、超鈍感な奴。エルフでも全然、精霊が見えない奴いるよ!」
「あ、そうなんだ?」
「でも、意外とそういう奴ほど愛されてる。あれって不思議だな」
遠い目をして、窓から外を見た。故郷を思い出して懐かしんでいるのだろうか。
シウが、ソファでうとうとし始めたリュカを横に寝させて、毛布を掛けてあげていると、ククールスが立ちあがって覗き込みに来た。
「……可愛いもんだ」
「うん」
「……お前さ」
振り返ると、ククールスが少しだけ言い淀んで、目を閉じた。
次に開いた時には真剣な表情だった。
「……お前、もしかして、孤児?」
「え、うん。そうだけど」
「拾われたって言ったよな? イオタ山脈で」
「そうだよ。元冒険者の樵の爺様に拾われて、育ててもらった」
「……そうか」
そのまま考え込むようにしてから、またソファに戻って座った。
「どうしたの」
「……あー、確証ねえから。でももしかしたらって、思って」
「何が」
「……お前さ、親のこととか、どこまで分かってる?」
「孤児だからほとんど分からないよ。詳しく聞きたい?」
ククールスは何か知っているのだろう。シウから呼び水を提供したら、聞きたいと前のめりになった。
シウも、彼の向かいのソファに座って話をすることにした。
「森の中で魔獣に追われていた若い夫婦がいて、爺様が助けに入ったんだけどもう手遅れだったみたい。上級ポーションがあればもしかしたらって爺様が零していたことがあったけど、話を聞いた限りじゃ無理だったと思う。母親の方はもう死んでいて、父親が虫の息で赤子の僕に話しかけていたんだって。爺様は魔獣を倒すのに手がいっぱいで、ほとんど聞き取れなかったそうだけど、きっとこれが子供の名前だろうと思って、名付けたそうだよ」
「シウ=アクィラか。アクィラ、鷲のことだな」
「そうだね。若かったそうだから、学生だったのかもね」
「……ハイエルフ語だ」
「古代語だね」
ククールスがちょっとむっとした。それから苦い顔をした。
「エルフの血が入っているのは嫌なのかよ。人族なら、エルフの血が入っていると聞けば喜ぶものなのに」
「入っているように、見える?」
ハーフエルフなど、エルフの血を引くものは美麗な者が多い。
「見てよ、この顔」
「まあ、なんつうか。あー、可愛い顔だな」
「……ありがと」
肩を竦めて、溜息を吐いた。
「一応、言っておくけど、僕の鑑定結果では種族名は『人間』になってるよ?」
「ハーフでも、血が薄い場合はそうなる」
「あ、そうだったんだ?」
それは知らなかったので純粋に驚いた。
「そうなんだ。エルフでもそうだ。ハイエルフの血を引いていても、種族名はエルフだ。でもな、たまにいるんだ。先祖返りが」
シウは黙って聞いていた。
「さっき話していた鈍感な奴。そいつも先祖返りだった。ハイエルフの血が入っていたみたいで、いつの間にかいなくなってた。ふらーふらーっとした奴で」
悲しそうに笑う。
「どこ行ったんだか」
「その人のこと、心配なんだね」
「お前に似てるかもって思って、そしたら、お前もいつかふらっと消えるんじゃないかって思ってさ」
ククールスは自嘲気味に笑ったあと、また真剣な顔をしてシウを見た。
「ハイエルフの血を引いていると、いろいろなことに巻き込まれる。そいつも、争いごとを嫌ってどこかに行ったんじゃないかって故郷じゃ噂し合っていた。で、俺が言いたいのは、それもそうなんだが」
身を乗り出して、確信めいた調子で続けた。
「お前は、シャイターンの貴族の娘と駆け落ちした、ハイエルフの血を引く一族の男の、息子だと思う」
大体そんなところだろうなと思っていたので驚きはしなかった。
そして、そんなシウを見て、ククールスは訝しそうにしていた。
「知っていたのか?」
「うーん、いろいろなことを繋ぎ合わせると、そうかなと思ったから」
「その先を調べようとは思わなかったのか。たとえば自分のルーツとか、知りたくなかった?」
「両親が可哀想だなとは思ったけど。爺様も言っていたけど、駆け落ちしてくるってことは元には戻りたくないってことでしょ? だから赤子の僕も、彼等の骨さえも、返してしまったら恨まれるはずだって。死んだ両親に喜んでもらうには、僕が幸せに生きることで、彼等の血脈を探すことじゃないって判断したんだ」
ぽかんとするククールスに、シウは笑って話した。
「今のところ、僕は僕だし、エルフの血がどうとかってのは関係ないなって思ってる。人族でありたいわけでも、先祖返りが嫌なわけでもないよ。ただの、シウって生き物なんだ。それでいいや」
そう答えると、ククールスはソファの背もたれに全体重をかけるようにしてドッと座り込んだ。
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