330 飛行板から落ちるオジサン




 エルフの森について興味はあったが、話題は別のものへと変わった。

「コールが交渉した結果、ほぼ言い値で支払ってもらうことになったよ。特に君の分にはかなりの上乗せをしたのだが、こちらは値切られることもなくて、逆に不気味なものだ」

 そう言われるとシウも気になる。思わず声を潜めて、返した。

「王宮から呼び出しもないんです。フェルマー伯爵だったら絶対にやらかしそうだと思ったのに。早く終わってくれないと、うちにいる後見人が暴れ出しそうで」

「……辺境伯が?」

 アドラルがチラッとシウを見る。彼はキリクと会っていないので気になるのだろう。

「招待したいんですけど、今、ブラード家の屋敷がすごいことになってて。代理人で弁護士の貴族の方がこれ幸いと協力してくれる貴族家からの挨拶を断らないものだから、ぜひお近付きにとか言って挨拶詣でになってるんです。そのせいでルシエラ観光できなくて機嫌が悪いんですよね」

「あー、あの、豪快な人な」

「あんな戦い方、初めて見たよ、俺も」

 ククールスとリエトは思い出したように興奮して話し始めた。

「ところで、この国に飛竜は? 移動用の飛竜しかまだ見てないんだけど」

「厳冬期は南の保養地へ行かせているんだ。今いる飛竜は、移動用のために残している分だけで、大抵は引退竜ばかりだ。だから戦闘に向かない。そもそも、夏場でも他国ほど飛竜を戦闘用には使わないな」

「そうなると、本当に機動力が少ないんですね」

「そういうこと。だから、シウの乗っていたアレ、俺としてはとっても興味があるんだけど」

「例のアレのことかね」

「アレか」

 3人とも、アレとしか言わないが、ようするに飛行板のことだ。

 今後のラトリシアの対応次第では、シウがルシエラで登録しない場合もあるので遠回しに言っているらしい。

 シウは笑って応じた。

「……乗ってみる?」

「まじか!」

「あ、だけど、風属性持ってる?」

「俺は持っていないな」

 リエトが残念そうに肩を落とした。

「冒険者仕様のもあるけど、それだと風属性なくても乗れるよ。ただ、燃料に魔核使うから」

「おおう、結構な額になるのか。うーん、でも、今懐が暖かいしなあ」

 悩みだしてしまった。

 シウは笑って、手を振った。

「練習で乗るぐらいなら別に要求しないよ。それほど消費する訳でもないし。そうじゃなくて、もし購入する気があるならって話」

「ああ、そういう意味か。あ、いや、たとえ練習でも実費ぐらいはちゃんと払うぞ。子供にそんな集るような真似はしない」

「リエトさん、立派だなー」

「ククールス、お前ねえ」

 2人とも、立ちあがって何か言い合いになりそうだったので間に入った。

「まあまあ。とにかく、どこか、移動しようよ」

 3人で本部長室を出て行こうとしたのだが、アドラルが少しだけ寂しそうにしていたので一緒に行くかと声を掛けたらパッと笑顔になってついてきた。

 ずっと大変だったから息抜きしたいのだろうなと、年上の人にだが、同情してしまった。


 アドラルが連れて行ってくれたのはギルドに併設されている訓練場だった。

 昼前だからか誰もいなかったので、隠すこともなく魔法袋から飛行板を取り出した。

 キリク達に渡したので新たに作ったものだ。試作品は全て作り直して最新式にしている。

 乗り方を説明して、ククールスには普通のものを、リエトには冒険者仕様のものを渡した。

 アドラルにはシウが使っていた分を貸した。

 現役の冒険者2人はすぐに使えるようになって子供みたいにはしゃいでいたが、アドラルは乗れるようになるまで少し時間がかかっていた。

 練習用に、突貫で平行棒を作ってあげたぐらいだ。

 ククールスに笑われながらも、アドラルは空を飛びたい! と頑張って何度も練習を繰り返し、1時間ほどでようやく補助なしで飛べるようになっていた。

「そうか、速度を出した方が安定するんだな」

「そうです」

「それにしても、飛ぶのがこれほど楽しいとは!!」

 年齢や立場を忘れて、本気で喜んでいた。

「あんまり高いところまで飛んだらだめですよー。まだ安全対策用の、使ってないんだから」

 言っているうちに急旋回し過ぎたようで足元が不安定になった。アッと思う間もなく飛行板から足を滑らせて落ちた。紐は付けているが、高さがなく、咄嗟にもう一度乗ることもできずそのまま落下してきた。

「そのまま動かないで!」

 叫んで、特殊ゲルを床面に投げた。当たったところでバッと広がる。そこにアドラルが背中から落ちた。

「うわっ」

「おい、大丈夫か!」

 ククールスとリエトが駆け寄ってきた。

「いたた、ああ、なんとか大丈夫」

 起き上がって体のあちこちを確認しながら、アドラルが苦笑した。

「いやあ、助かった。この、なんだろう? これがクッションの役割をしたんだな」

「これ、なんだ?」

「特殊ゲル。ゼリー状で、配合を変えることで柔軟性も変えられるんだ。個人的に使ってるものだから、内緒ね」

「……これも自分で作ったのか。すごいな、シウは」

「特許申請しないのか?」

 アドラルを助け起こしながら、リエトが聞く。

 シウは肩を竦めて首を振った。

「今のところ申請する気ないよ。余計な使い方されたら嫌だし」

「ははあ、成る程。さて、本部長、どうですか? 大丈夫そうかな?」

「ああ、そうだね。どこも怪我はないようだ。弾力があって助かったよ」

「でも、落ちた時のことを考えると結構危険だな」

「本部長は現役じゃないからだろ。俺達なら問題ないと思うけどな」

 3人が語り始めたので、似たようなやり取りだなあと思いつつ魔法袋から魔道具を取り出した。

「≪落下用安全球材≫と言って、安全対策に作ったものがあるから」

 簡単に使い方などを説明すると3人とも真剣に頷いていた。

「……至れり尽くせりだな」

「スキルによっては要らない人もいるだろうから、別にしたんだ。あと、飛竜とか騎獣乗りにもあれば便利じゃないかって提案があって。これもまあ今のところ申請は保留なんだけどね」

 そう言うと3人が同時に溜息を吐いた。

「早く片を付けてくれないと、俺達マジで怒るからな」

「そろそろ1級の冒険者も戻ってくる頃だろうから、本部長も本腰入れて頑張ってくれないと。彼等にそっぽを向かれたら困るのは俺達じゃなくてルシエラの人だからな」

「分かってるよ。わたしだって、あちこちに掛け合っているんだ。まったく、くだらない貴族同士の駆け引きばかりに時間をかけて、全然下の事を考えていない。また午後から伺候することになっているから、せっついておくよ」

「お願いしますよ、ほんと」

 やいやい言われて、アドラルは逃げるように訓練場を出て行った。


 リエトとも分かれて、シウはククールスと連れだってギルドの受付に顔を出し、報酬を受け取った。臨時分でかつ大金だったから、手渡ししてもらった。普段の仕事の報酬はそのまま預かってもらっている。

「すっごい金額だなあ」

 隣りでククールスが覗いてきて、目を剥いていた。

「そだね」

「あんまり驚かないな」

「うーん、特許の報酬とか、意外と溜まるんだ」

「お前、10級の冒険者なのに金持ちなんだな!」

「あはは」

 言いはしないが、相当な金持ちである。

 ククールスは冒険者らしく、宵越しの金は持たない主義なのか、窓口でもしきりに貯金をしなさいと言われていた。


 昼ご飯を一緒に食べに行こうと誘われたので、シウは良かったら屋敷に来ないかと誘った。

「リュカ、覚えてる? あの子もいるし、一緒に救助されたソロルって元奴隷の人も下男として働いてるんだよ」

「へえ。お前さんの下宿先、いいとこなんだなあ」

「うん。今回の騒動でも面倒掛けちゃってるのに、率先して動いてくれて。申し訳ないぐらいなんだけどね」

「貴族でもいいやつっているんだなあ」

「ほんと」

 屋敷には裏門から入った。ククールスもその方が気楽でいいと言ったが、別段冒険者だからそうしたのではない。

 表門には貴族の列が並んでいたからだ。

「すげえな!」

「早く、王宮から何か行動起こしてくれないかなあ。このままだとどっちつかずなんだけど」

「案外それ目当てかもな。貴族のよくやる手だよ。なあなあ主義ってやつ」

 うわー、それは嫌かも。などと話し合いながら使用人用の玄関から屋敷に入った。

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