113 森での合宿初日の夜




 野営地に戻ると、早速獣の解体を行う。

 周囲には火事にならないよう気を付けながら獣避けの火を焚く。時折、魔獣避けの薬草を投げ込むのを忘れないようして。

 水属性がレベル三もあるアントニーに手伝ってもらい、その場で水を出しながらの解体を行った。

 料理経験のあるレオンも小さな食用鳥しか捌いたことがないとかで、真剣になって見ていた。

「血抜きの作業は必ず現場で行うこと。絶対に血の匂いを残したまま野営地まで戻らない。獣のみならず、魔獣も引き寄せてしまうからね」

「もし、現場でできないようなら?」

「捨てるしかないね。潔く諦めるのも、大事だよ」

「そうか」

「余裕があれば、魔核だけは取りたいけどね。あと、できれば火で燃やしておくことだね。残しておくと呼び寄せることになるし、そこにいた人間の匂いを辿ってくる可能性もある。あと、土地によってはアンデッド化するし」

 言いながら、ゆっくりと分かるように、兎を解体していく。

「レオンは残りの兎を解体してみてね。皮を剥ぐ時はここだけ気を付けていれば、大丈夫だと思う。手際いいし。パーウォーは同じ鳥だから今回は他の人に任せて」

「分かった。やってみる」

 腕まくりをして、レオンがその場に膝をつけて兎を解体していった。

 その横で、今度はパーウォーの解体を行う。

「先に羽を毟っておくね。これは売れるから丁寧に、だけど慣れたら手早くね。はい、一人一羽ずつやろう」

 見よう見まねでレオン以外が羽を毟っていく。色とりどりの羽が綺麗に並べられていった。

 その後も解体して、内臓を取り出して洗ったり、捨てる部位を説明してから火属性で燃やしてみたりとわいわい騒いで過ごした。

 今回は内臓を料理に使用しないので、それらは全て騎獣たちの餌となった。彼等は彼等で勝手に周辺の獣を狩って食べていたようだが、そんなことはおくびにも出さず嬉しそうに食べていた。


 そうしていると日はあっという間に落ちてきた。

「あ、もう夕方か! だから早めに帰ってきたんだな」

 リグドールが納得した顔をして、何度も頷いていた。

 皆、暗くなると危険だということは分かっているし、火を焚いているとはいえ無防備になる料理や食事の時間を想像したようだ。一斉に慌てだして、用意を始めた。

「スープは、昼の残りの茸とか、食べられる果物や葉を入れてみたからね。今回は兎の骨を入れて出汁にしてるから、また違った味になると思うよ」

「おおー」

「兎を焼くのはレオンとリグドールに任せようかな」

「ああ、任せておけ。焼くのは得意だ」

「俺にも教えてくれよー」

 と、網のところへ二人が向かった。

「こっちは果物を切っておこうか。パンは軽く炙って食べよう。さっき見付けた野草をサラダにするのはアントニー。ドレッシングは持参の油をベースに、夏蜜柑をもいできたから少しだけ果汁を足してハーブを混ぜてみて。味見しながら作ってね! アレストロはこの牛蒡の処理ね」

「ご、牛蒡? これは木の根かい?」

 おそるおそる手に取るのでシウは笑った。

「根のようなものだけど、木じゃないよ。ちゃんと食べられるし、栄養もあるんだよ。じゃあ、皮むきを教えるね。水を出してくれる? あくが強いからすぐ黒くなるんだ。本当は水にさらす人も多いんだけど、このあくが栄養の素でもあるから今回は簡単にね。そうそう、背の方でしごいて、水に入れて。それから細く切って」

 ヴィクトルが横でハラハラしているので、用事を言いつけた。

「木苺を見付けたでしょう? あれを全部茎から取って、軽く水洗いして」

「あ、そうか、分かった、その――」

「ちゃんと見ておくし、万が一ナイフで切っても、僕が治せるから。ほら」

 分かった、と言って名残惜しそうにその場を離れた。

「油を少量かけて、混ぜて。本当は油で揚げるのがいいんだけど、大きな団でもない限り荷物は少な目にしないといけないからね。今回はこの少量の油で」

「混ぜたけど、これを鉄板で焼くの?」

「ううん、ここで魔法を使おう」

「え?」

「火が使えるよね? 火を出して、炙るんだ。本当は風属性もあれば複合魔法で良いんだけど、アレストロは確か」

「うん、風は持ってないんだ。ヴィクトルはあるんだけどねえ」

「なかったらないで、いいんだよ。生産魔法を使おう」

 今度こそ、アレストロは唖然としてシウを見た。

「ガラス瓶を作るような感覚でね、火属性で出した火を更に高温にさせよう。煽ればいい感じに高温になるから。直接火を当てると焦げて消し炭になるから、火耐性の石に鉄板を置いてから牛蒡を乗せて、はい、石自体に集中して!」

「う、うん」

 無事、石が高温になった。鉄板がじゅわじゅわっと音を立てる。

 その上でシウが牛蒡をささっと混ぜて、

「はい、終わり! もういいよー」

 と、共同作業を終えた。

 牛蒡はこんがりといい色になって、匂いも辺りに広がった。



 晩ご飯は簡単なものだったが、出来上がったものをみて皆が満足そうだった。

 サラダには揚げ焼き牛蒡を入れて混ぜたら、サクサクして香ばしく、とても美味しかった。アントニーはドレッシングの味付けを皆に賞賛された。

 兎の味付けも絶妙で、レオンは庶民街の食堂での経験を生かせたようだ。

 スープも好評で全部飲み干された。

「じゃ、明日の予定を話し合ってから、交替で寝ようか」

「二人一組が基本なんだよね?」

 アントニーが学校で習ったことを話す。シウは頷いてから、

「初心者は特にね。じゃ、今回は僕が勝手に決めるね。アレストロはレオンと」

 えっ、とお互いに声を上げていたが、嫌だとは言わなかった。

「ヴィクトルとアントニー、リグは僕とね」

「え、俺だけ、仲良し同士でいいの?」

 素直なリグドールは空気を読まずにそんなことを言う。シウは苦笑して、答えた。

「リグは誰とでも話しちゃうからね。問題ないの」

「ああ、そういう意味だったんだね。なるほど」

「分かった。それなら俺も納得だ」

 アレストロとレオンは聞き分けよく了解してくれた。ヴィクトルとアントニーは妙に畏まっていたが、お互いに嫌だとは言わなかった。


 順番はアレストロとレオンが最初、次にシウとリグドール組、最後にヴィクトルとアントニーとした。

 これには訳があって、途中で眠そうに起きたリグドールにだけ話していた。

「一番、慣れた人が一番大変な場所に就くものなんだよ」

「あ、そっか。前と後のやつは細切れじゃなくてまとまって眠れるから?」

「そう。ごめんね、付き合わせて。その代わり後でポーションあげるからね」

「いや、いいよ。そういうことなら、俺も頑張る。……いざって時は頼るけどさあ」

 えへへと照れ笑いをして、リグドールは椅子に座りなおした。

 寝ずの番は大変な作業だ。時折眠気に負けそうになるのを、必死で我慢している。

「シウはどうやって眠気を我慢してるんだ?」

「うーん。僕、元々睡眠時間は短い方だし。深く眠るからか、寝不足ってこともないなあ。細切れでも眠れるし。リグ、眠いなら、これ噛んでいたら?」

「何これ。草?」

「そう。野草の茎。食べられるし、口を動かしていたら眠気を我慢できるそうだよ。爺様が言ってた」

「……煙草とかの方が格好良くない?」

 茎を受け取りながら、リグドールがにまにま笑う。シウは途端に目を細めた。

「子供が何言ってんだよ。ダメだよ。第一、匂いで獣が寄ってきたらどうするんだよ」

「ちぇ。あ、でもさあ、獣避けの煙草ってないの?」

「……え?」

 びっくりしてリグドールを見て、お互いぽかんとしている間にもシウは急いで脳内の記録庫を漁った。

 なかった。

「……リグ、すごい! それ、いいね!」

「え、え、え?」

「それ、考えてみようよ。それでさ、子供でも害のない煙草を作ればさ、森に入る時の必需品として売り出せる! そうしたら子供の被害も少なくなる」

 嬉しくてつい声を上げそうになって、リグドールに慌てて口を塞がれた。

「みんな起きちゃうよ……てか、シウって時々ガキっぽくなるよなあ」

 呆れたような声に、シウは真っ赤になってごめんと謝った。

「いや、まあ、そういうところも可愛いんだけどさあ。で、その煙草、どういう風に作るかもう考えはじめてるんだろ?」

「あ、うん、ええとねえ」

 記憶を頼りに、魔獣避けや獣避けの薬草一覧を引っ張り出す。

 その中から、煙草に向いたものや、吸っても害のなさそうなものを吟味して幾つか絞ってみた。

「……理論上は、できるね。あとはこれを組み合わせて本当に効くのかどうか。それと、吸っても美味しくないと誰も必要としないだろうから、うーん」

「俺、実験台になるぜ?」

「……ありがと。リグはそういうとこ、すごいよね。でも、安全のこと考えたら――」

「大丈夫だよ。だって、何かあってもすぐ治癒できるんだろ? そもそも、害のない薬草で作るんだからさ」

「組み合わせによっては、変なものになる可能性だってあるんだよ」

「でも実験しなきゃ意味ないじゃん。シウだけだと無理がある。俺も手伝うよ。なんたって俺が言い出したんだし」

 にかっと笑ったリグドールには、もう眠気の兆しは見えなかった。

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