112 森での合宿初日の昼




 青茸と笑い茸を採取し、次に食用の椎茸や平茸を見付けたので多めに採っていく。

 ヘルバも見付けてレオンがせっせと採取していた。

 それから一度野営地に戻る。

 時間はかかったようだがアレストロが竈を作り上げており、枯れ木も揃っていた。

「じゃあ、昼ご飯にしようか」

 そう言うと皆が一斉に喜んだ。お腹が空きすぎて我慢の限界だったようだ。


 料理はシウがメインで作りつつ、皆にも手伝ってもらう。

「塩漬け肉は薄い塩を入れた水に漬けていたから、これを使います。あらかじめハイケノを入れてたので塩の吸収も済んでると思う」

「ハイケノって、この葉っぱか?」

 鍋に入った肉と葉を見て、リグドールが問うてきたから、そうだよと答える。

「元々はケノポディウムという種類の植物なんだけど、塩分を含んだ土地でもよく育つ、雑草扱いの植物なんだ。でも薬草にもなるし、何より強いんだよねー。で、それを改良して、更に塩分を吸収して排出させるようにしたのがこれなんだ。そういえば勝手に名前付けてたのを忘れてた」

 シウはリュックの中から乾燥させた葉を取り出した。

「生でも乾燥させても使えるから優れものだよ。元のケノポディウムでも吸収するから覚えておくと便利かも。って、冒険者にならない限りは必要ないか。塩漬け肉って、冒険者の必須アイテムだもんね」

 日持ちするので冒険者の旅の友となるが、ものすごく塩辛い。

 普通に食べるには塩分過多でとても食べられたものではなく、一晩水に漬けて塩抜きするのが一般的だ。と言っても、冒険者がそんな手間をかけるわけもなく、大量の水と一緒に煮込んだ塩辛いスープを飲むことになる。

 で、爺様はかつての教訓を生かすべく、塩抜きの方法を日夜考え続け、シウと共に実験を繰り返した。

 冒険者を辞めた爺様に塩漬け肉はもう関係ないのだが、たまに訪れる冒険者仲間に渡すため作っていたこともあり、試行錯誤を繰り返したのだった。

 今でも爺様の昔の知り合いの幾人かは、ハイケノを持ち歩いているはずだ。


 塩漬け肉は鍋から取り出して水分を拭き取り、適当な大きさに切って火で炙る。

 持ってきたパンとチーズも軽く炙ってから肉を挟み、更にそのへんで採ってきたハーブの葉を入れたら完成だ。

「レオンが採ってくれた茸のスープもできたよ」

 味付けはシンプルに塩コショウだけれど、これも森で採取したハーブ類を入れている。

「あ、美味しいね!」

「ほんとだ。意外だけど、美味しい」

 アレストロとアントニーが嬉しそうにスープを飲んで、サンドイッチにかぶりついた。

「これもすごく美味しい!」

「塩がちょうどいい加減だね」

 他のメンバーも涎を垂らさんばかりに見ているので、次々と出来上がりを渡していく。

「冒険者って意外と美味しいもの食べてる?」

 むぐむぐ言いながらリグドールが羨ましげに言うので、

「大抵は調理しないって。塩辛い干し肉を噛み千切って、固すぎるパンを喉につっかえさせながら飲み込むらしいよ。大きな団になると、料理専門の人を仲間に引き入れるそうだけど」

 と、爺様から聞いた話をした。

「あまり手間をかけてる時間がないんじゃないかなあ。僕は料理に手を抜きたくないから旅の間もちゃんとしてたけど、普通はもっと簡素だし美味しくないみたいだよ」

「そうかあ」

「明日になったら堅焼パンだから、今日のうちに堪能しておくといいよ」

 今回はシウの作った栄養のある蜜入りパンではなく、市販のものを用意してもらっている。できるだけ冒険者になりきってみようという目的に沿っているのだ。


 午後からは皆で狩りだ。

 ヴィクトルが無属性魔法レベル一なので気配探知が覚えられるはずだから、一緒に斥候役をする。特に風属性も持つヴィクトルは複合で使うと便利なはずだ。

 レオンも今後狩りを覚えたいということなので、後ろについてもらった。

 しんがりにはフェレスを置いた。天然マイペースな子だが、気配探知は騎獣ならではの能力を持っているからだ。

 他の騎獣たちには野営地周辺を守っておくようお願いした。

「複合魔法は難しいかもしれないけれど、とにかくイメージしながら集中してみて。辺りの音、匂い、空気の振動、魔素の揺れ、分からなくてもいいんだ。何かが感じ取れたらいいんだから。今から黙るからね、皆も話してはだめだよ。それと、皆もきょろきょろしないで空気を感じ取って」

 唇に人差し指を立てる。この仕草はどの世界でも共通らしく、皆がお喋りをやめてシンとなった。

 天気が良く、小鳥たちがチチチと鳴いている。風が吹くと頭上の木々の葉がザーッと揺れる。人間の子供の足音。葉と土を踏む音。土の匂い。時折、獣の糞の匂いも漂ってくる。川が近い場所では水の匂い。どこかかなり遠くで獣の遠吠え。大型の鳥の仲間を呼ぶ声。

 それらが段々と身に沁みて広がっていく。

 あちこちに視線を移すなとは何度も話していた。

 視線は前を向きながら、気配をとにかく感じ取れるようになれと合宿前からしつこいほどに告げていた。

 最初は音でいい。それから目の端に写る景色。後ろからソッと近付く執事の足音。貴族や大商人の子供である彼等には訓練のお手本になるものがたくさんあったから、それを学ぶようにと言っていた。

 そうすると自然、自分たちの足音が気になりだす。音を立てずに、動きもスマートになっていった。

 森の中では、小さな虫の素早い動きを感じながら、羽音を感じ始める。

 やがて、獣の気配を感じたようで、ヴィクトルが黙ったまま指をソッと動かした。

 これは冒険者がよくやる無言での合図方法だ。覚えておくと便利なので、皆にも教えた。

 まず、方向を示す。今回ならば南西だ。

 人差し指を元に戻し、すぐさま二本の指を立てる。感じ取れたのは二匹ということだ。

 それから小さく人差し指を回した。これはただの獣だと判断した、という意味である。

 シウが頷くと、ヴィクトルはホッとしたようだった。

 そのまま進むことにしたようで指二本を二回、進行方向に向ける。逃げる場合は親指で後方に向かって二回振るなど、いろいろあるが今は前進だ。

 少し歩くと、森の中にぽっかりと空いた場所が見えてきた。木々が倒れて数年以上経ったような景色だ。コケに覆われた木々が小動物のねぐら代わりにされていた。

 ヴィクトルたちにはまだそこまで見えていないようだが、目が良くて、探知も使えるシウにははっきりと見えていた。

 ヴィクトルが、風下を選んでゆっくりと歩いていく。皆には手のひらを広げて横に振り、立ち止まるよう合図した。

 相手を見付けたのだ。

 兎だったのでやれると思ったらしく、杖代わりにもしていた長筒を向ける。

 ジッと息をひそめて、兎がねぐらから完全に顔を出したところで空気砲を撃った。

「キッ!」

 残念ながら耳に掠っただけで、慌てて逃げられてしまった。番にも気付かれてねぐらの反対側にある穴から逃げられた。

「あーっ」

 リグドールが思わず残念そうな声を出した。

 皆が一斉に息を吐き出す。息を止めていたわけでもないのに、相当緊張していたようだ。

 シウが苦笑しつつ、ヴィクトルの肩を叩いた。ちなみに彼はシウよりもずっと背が高いので、手を上げなければ届かない。

「惜しかったね。でも、すごく良かったよ」

 ヴィクトルもようやく肩から力を抜いて、ふうっと大きな息を吐くと、恥ずかしげに肩を竦めた。


 その後、交代で斥候役を代わりながら森を歩いた。

 途中、パーウォーを見付けたのでその時だけシウは声を出して説明した。

「あ、ストップ、一時休憩! あれがパーウォーだよ」

 飛べないし、さほど早くもない愚鈍な鳥なので、シウは指を差して教えてあげた。

 レオンは初めて実物を見たようで唖然としていたし、リグドールは大笑いでアレストロの肩を叩いていた。

「すげー! あれがパーウォーかよ!」

「痛いよ、リグ」

「だってさあ、まるでマナーのなってない下級貴族の格好みたいで、ケルビルそのものじゃん!」

 見るからに色とりどりの羽を付けたセンスの悪い貴族のようで、リグドールの言うとおり、人を馬鹿にしたケルビル教師そのものだった。彼は騎士位だったがとにかく派手な格好をしていたのだ。

「あれ、狩ってみようか。練習にはいいよ」

「お、やろうやろう!」

 俄然やる気になったリグドールに、我に返ったレオンも加わってその場が狩場になった。

 一応、パーウォーは魔獣か獣か判然としない生き物だが、羽は矢に使えるので狩りの対象となる。また、あまり頭が良くないので初心者の狩りにも向いている。ただし、身が相当にまずく、餓死寸前でなければ誰も食べないと言われているほどだ。

 ちなみに、『魔獣魔物をおいしく食べる』の作者ウルバン=ロドリゲスは、パーウォーを三日三晩酒に浸してから塩漬けにし、更に塩抜きした後にハーブ類をたくさん付けて高温で焼くと、食べられないこともないと書いていた。

 シウも試行錯誤の末にあれこれ下処理した後に燻製してみたのだが、食べられないことはないという程度にまでしかできなかったので、パーウォーは挫折の象徴だった。

 それを、レオンが二羽、リグドールとアレストロが共闘して一羽、ヴィクトルが一羽と成果を上げた。アントニーは風属性を作って皆のフォローをしており、後衛向きの性質を如何なく発揮していた。


 ここで一日目の狩りは終了だ。

 森では早めに対処しないといけないので、まだ日が高いという皆を押し留めて、野営地まで戻った。

 途中、午前中のうちに仕掛けていた罠に兎がかかっていたのでそれも回収して戻る。もちろん、また新たな罠を仕掛けていくのも忘れなかった。

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