111 森での合宿初日




 森に入ってからも、皆ちゃんとシウの言いつけを守ってうるさく騒いだり、離れたりということはなかった。

 リグドールも以前のことを覚えていて、小声でアントニーに毒草を説明したり、気を付ける事柄を復習するかのように話していた。

 声が届かない前方を歩くレオンたちにはシウが話す。

 そうして、慣れた道を進んで、奥の拓けた場所に出た。

「ここはリグとも使った場所なんだけど、便利だからよく来るんだ。奥深い場所へ行くための中継地にちょうどいいんじゃないかな。レオンはこれから採取や狩りをするなら、ここを覚えておくと便利だよ」

「分かった。じゃあ、早速ここにテントを張るか?」

「そうだね。分担して張っていこうか」

 テントを張るのは彼等に任せて、シウは辺りを確認する。

 皆にも分かるよう、声に出した。

「右、南東に十メートル、川。北西四メートル地点に、縦四メートル横六メートルの岩場あり。周囲に魔獣避けの薬玉を円状に二十個設置。罠はなし。獣の気配はなし。小鳥のみ、警戒しつつ五メートルまで接近。天気良好、地面は乾いた状態で、問題なし。以上」

「おおー、さすが!」

「最初は声出しでやるといいよ。爺様がそう言ってた」

「先生は指差しで行うって言ってたな。でも声に出す方が間違えなさそう」

「だよね」

 テントを張る際にもアントニーはぶつぶつと小声で確認していたので、納得したようだ。

「騎獣はどうしよう。先生は慣れないうちは繋いでおく方がいいって言ってたけど」

「カッサの店の子たちはみんな賢いからね。大丈夫だと思う。むしろ繋いじゃうと何かあった時が怖いから、自由にさせておこう」

「そうか。じゃあ、そうしようかな」

 フェレスのように卵石から育てていたり、調教が上手くいっていれば騎獣は放し飼いにしていても逃げたりしない。

 怖いのは、盗賊や魔獣に襲われた時に逃げられないことだ。火災が発生して逃げられずに死んだ子の話など、魔物魔獣学のトマスから聞いている生徒たちだから繋がないことには全員が了解した。


 とりあえず、円座になって休憩を取ることにした。

「忘れ物はないよね?」

「うん。準備段階で、何度もやったから。魔獣避けの薬玉、煙幕、ポーション、食事は絶対に疎かにしないこと、だろ?」

「そう。荷物が重くても最低限必要だからね。最悪、水や食事は後回しでもなんとかなるけどさ、それは逃げる時の捨てる順番ってことで、今回は軍の練習じゃないし」

「軍隊の訓練だともっとすごいの?」

 アントニーが聞いてきたので、シウは頷いた。

「僕も爺様に聞いただけで、実際には入隊してないから偉そうに言えないんだけど」

「……でも、シウなら山で何日でも手ぶらで過ごせるよな?」

「まあね。それは爺様に感謝しないと。水も食糧も武器もなんでも作れるよ。あ、もちろん魔法なしで」

 男子たちが尊敬の眼差しで見てくるので、シウは苦笑した。

「今回はなるべく、森にあるもので頑張ろう。魔法は使ってね」

「おー!」

 皆、楽しそうに拳を振り上げていた。



 まず、それぞれで役割分担を行った。

 リグドールは木々を運んで簡単な砦造りと枯れ木集め。アントニーは水を運ぶ。水属性のレベルが高いのでその場でもちろん出せるのだが、近くに川があるので、魔力を温存した運び方を練習する。魔力の節約を考えるというのが今回の合宿の目的でもあった。

 アレストロは土属性魔法を主体にして竈造りに挑戦する。彼は、生産魔法がレベル一、火と水と金と土属性がそれぞれレベル一あって、自分の魔法の使い道を模索中だった。だからか、率先して手を挙げてやってみたいと言い出した。

 ヴィクトルは野営地周辺の見張りを請け負うことになった。騎士学校に入るため、私塾にいた経験もあり、気配の察知には慣れている。また少ない魔力量を補うために空気砲を編み出したので、細長い筒状の金属棒を手にしていた。杖代わりにもなるし、硬い鉄を使っているので剣で襲われても対応できる。

 レオンは狩りと採取をやってみたいということなので、シウが引率して森の中へ入ることになった。

 もちろん、野営地周辺にいる皆に危険がないよう探知をかけつつ行くのだが、そんなことは誰も知らないので緊張しているようだった。

「大丈夫だよ。何かあったら、この通信魔道具を使って呼んで。飛んでくるから。いいね、すぐに呼ぶんだよ? 大丈夫、煙幕を常に用意して、少しでも時間を稼いでくれたら、間に合うから。ヴィクトルも見張ってくれてるし、騎獣たちも賢い子ばかりだから」

 離れた場所にも行かないと約束して、騎獣たちにはくれぐれもよろしく頼むとお願いし、その場を後にした。


 森歩きを覚えてもらうため、シウもフェレスには乗らずに歩いた。

 フェレスはつまらなさそうだったが、シウが、

「かくれんぼしようか。僕から逃げ切ったら勝ちね。その代わり、見付かったら負けだよ? あと、百メートル以上離れないこと。分かった?」

「にゃ!」

 やる気になってくれたので、尻を叩いて走らせた。

 レオンがそれを見ていて、ぽつりと呟いた。

「お前、それ、負ける気ないだろ?」

「いいんだよ。それにこれだって訓練になるんだから」

「そうなのか?」

「うん。フェレスは特に隠密行動が苦手だからね。まず、ジッとしてるのが嫌いだし、気配もダダ漏れだし。すぐに尻尾を振るから周囲にばればれなんだよね。それでなくても長毛種だから目立つのに、隠れようって気がまるでないんだから」

 そう答えると、レオンがちょっと振り返って、苦笑した。

「お前が甘やかすからだろ? なんだよ、その清々しいほどの笑顔は」

 はは、と笑って、レオンが肩を竦めた。

「ま、俺たちもフェレスと同じようなものか」

「何が?」

「手のひらの上で転がされてる感。でもそれが、不思議と嫌に思わないんだよなあ。焼きが回ったなあ、俺も」

 肩ひじ張っていたレオンが珍しくも穏やかに話す。

 不思議なものだと思いながら、シウはあっちへ行けこっちへ向かえと指示を出した。

 その合間にもフェレスに、見付けたよー、と声を掛ける。残念そうな鳴き声で返事をし、もう一回やる! と、フェレスは何度もかくれんぼをしていた。


 レオンには確実に獲物を得られない狩りは後回しだと宣言して、先に兎などを捕まえる罠を設置させた。

 それから、採取を始める。

「薬草学では今どのあたりを習ってるの?」

「初級者用の魔獣避け薬玉、ヘルバを使った組み合わせのポーション作りだ」

「軽い怪我や熱冷まし、気付け薬は?」

「……まだだ」

 だめなのか? と少し不安そうな顔付きをする。彼らしくもない態度に、シウは少し笑った。

「演習が近いのに、万が一のことを考えてないんだなあと思ってさ」

「万が一?」

「何があるか分からないのに、一人でも対処できるよう最低限のことを教えないまま演習に参加させるのはどうかなと。まあ、それぞれに用意させるのか、配給するのかもしれないけど、そうすると荷物も多くなるからね。現地採取できたら楽でしょ?」

「……そうだな。いつ何時、荷物を置いていくことになるかも分からない。できるだけの対策は必要だ」

 レオンは孤児なので、他の生徒よりもずっと「いざという時」のことを真剣に考えられるようだ。

 シウは、とっておきの採取場へ連れて行って、説明を始めた。

「出血を止める薬草は、これ、キルシウム。このあたりの土地には大抵自生してる。効能は解毒止血下血と利尿作用。飲んで使うけど、軽い怪我の場合は磨り潰して塗っていい。ただし、すぐに取り換えて、できれば水洗いして清潔な布で巻くこと。ハイドランジアは風邪や熱冷まし、軽い解毒に使える。こちらも同じ、煎じて飲む。フィークスは喉の炎症に効くし整腸作用があるから便秘や下痢にもいいね。ただ、効果はゆっくりだから街の薬屋に卸すのに向いてるかも。実は秋頃になって、食べられるよ。体にも良くて栄養があるからおやつ代わりにいいかな。ベラムカンダは風邪や気管支など咽頭関係の炎症に効く。これも薬屋に卸すのに向いてる。ヘルバだけじゃなくてこういったものも採取するといいんじゃないかな」

「……勉強になる。採り方は普通でいいのか?」

「うん。根も使えるけどね。卸したり、その場で使うなら葉や茎でいいよ。花はほとんど使わない。咲いてる時期が少ないせいもあるし、効能に差があるものも多いんだ。花を使うのは大抵は精油としてだね」

「精油?」

「そう、芳香油とも言うね。揮発性があって、効能も高くて素晴らしいんだけど大量の花を使うものだから高いんだよ。高位貴族の女性に人気があって、石鹸や化粧品に使われてるけど、本来は薬に近い使い方をしていたんだ」

「よく、知っているな」

「爺様が、あ、僕を拾って育ててくれた人なんだけど、彼が山で暮らす狩人から教わったんだって。狩人と言ってるけど、ようするに森で暮らす人々のことだね。彼等は森で得られるものから何でも作ってしまうんだ。その知識を僕も受け継いだから、いろいろ知ってるんだよ」

 半分は前世の知識も混じっていたが、嘘ではないので黙っておく。

「森には何でも揃ってるから、森さえあれば暮らしていけるね。さてと、次は茸を探そうか!」

 振り向くと、レオンがちょっとだけ引き気味にシウを見ていた。

 シウの引きこもり発言に引いていたようだった。

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