084 飛竜と会話をしてみたい




 飛竜の瞳を見てはならないというのは、冒険者の話でも有名だった。

 爺様からもそう聞いていたし、王都で読んだ書物の中にも書いてあった。

 しかし、ガルエラドは、話をしたいならまずは目を見ることだと言った。

 そうするうちに相手は興奮してギャーギャー鳴くが、目を逸らさずにいると瞳孔が丸く大きくなる。

 これが他の動物だと警戒心を抱かせたのかと心配になるところだが、竜の場合は話をできるのではないかと考える合図なのだそうだ。

 はたして、ソールはギャーギャー鳴いた後に、顔をそろりとシウの方へ寄せ始めた。

 調教師や下働きの男たちが慌てていたが、キリクは面白そうな顔をして手で止めていた。

 念のため、魔法使いが後ろで構えている。

「ギャーギャッギャッギャギャギャ」

 本当にギャーギャーと煩いのだなと思いながら、シウはガルエラドから教えてもらった簡単な竜語を風属性の魔法に乗せて彼の耳元へと届けた。

 ただの挨拶だったのだが、ソールは思いの外驚いて、更には嬉しかったようだ。

 口調が柔らかくなり、更に頭を寄せてきた。

「ギャゥ!」

 お前何者だよ、という感じで舌で突かれた。どちらかというと嬉しくて突いたような格好だったが、その後で、唇で挟むようにして髪の毛を食べようとした。さすがにそれはと思って、睨むと、冗談だよという顔になる。

「あのね、今度むしろうとしたら、僕も君の角をむしり取るからね」

「ギャッ」

「できないと思ってるんだろうけど、できるからね」

「……ギャ……」

「ちょっとこっちに顔を寄せて」

「……ギャァ……」

 恐々寄せてきたソールの耳元で(耳だと思える感覚器がある場所で)小声で伝える。

「僕、君のふた回り以上ある水竜を解体したことあるんだ。十数体分」

「キャッ!?」

「角ぐらい、どうでもできるんだよ」

「ギャギャギャギャギャ……」

 嘘だ、そんなの嘘だ、と言ってる気がしたので、背負っていた鞄を下ろして中に手を入れる。もちろん、最初からそこには入っていないが、キリクたちにバレないためのパフォーマンスだ。

 シウは空間庫から水竜の尾の先を取り出した。ついでに鱗もだ。

「角は大きいから持ってきてないけど、ほら、これ」

「ギ……ギ……ギャ……」

 ぷるぷると震え出したので、シウは苦笑してソールの耳元を撫でた。

「大丈夫だって。解体したりしないから。ちゃんと言うこと聞いてね?」

「ギャァ……」

「あと、大繁殖期の兆候が出る前に、お嫁さんと番になってね」

「ギャ? ギャァ、ギャギャギャ」

 よく分からなかったようだが、お嫁さんというところには反応していた。

 ルーナのことは満更でもないようだ。

 ただ、野生の飛竜だったために、人間に飼われてなるものか! という気分なのだろう。

 最近は動物の言いたいことがなんとなく分かるような気がしてきて、神様のギフトが効いているのかなと思うことがある。

 ただまあ、フェレスと同じで、はっきりと言葉にして分からないところがミソだ。

 彼等と通じ合えるハイエルフや竜人族が羨ましい。

 シウが動物と言葉を交わすには程遠い道のりのようである。



 ソールに手を振って振り返ると、調教師やイェルドが驚き顔で、キリクはにやにやと面白そうに笑っていた。

「お前、調教魔法も持ってるのか?」

「持ってません」

「……じゃあ動物と話せるユニーク魔法とか?」

「そんなものあるわけ、って、あるんですか? そんな便利なものが」

 だったら欲しい。

 しかし、答えはノーだった。

「聞いたことないな。じゃ、どうやってあのソールと話したんだ?」

「話してませんよ。あ、最初に挨拶はしました。でもあれは前に竜人族の人から教わったただの挨拶です。内緒なので教えられませんけど」

「竜人族? また珍しいのと知り合ったんだな」

「冒険者ですから」

 少し自慢げに、胸を反らして言ってみたのだが笑われただけだった。

 でも確かに冒険者として出会ったのに。

「だけど、挨拶の後も会話してるように見えたけどな」

「なんとなーく、そんな気がするって程度で、ただの思い込みかもしれませんが」

「ふーん。まあ、そういうの、俺もルーナとならあるが」

「フェレスの言葉も同じようなものです。はっきりとは分かりません。竜人族の人は分かるみたいでしたね」

「ああ、あれらは言語能力に長けているからな」

「僕は元々、獣には好かれやすいみたいで」

 神様のおかげだろう。子供と獣に嫌われたことはほとんどない。

 ただし、魔獣は違う。あれらは人を襲い、意思の疎通ができない。

 魔人が彼等を支配して動かせるのは洗脳あるいは魅了などで従わせているのだと言われていた。

「狩りをするにはもってこいだな」

「逆です。懐かれるとやっぱりどうしても狩れないので、心を鬼にするしかない」

「……そうか」

「僕の住んでいたアガタ村の山奥は資源は豊富だったので、狩りはもっぱら遠くで行ってましたけどね。仲良くなる前に。あとはできるだけ魔獣を狩るようにしてましたし。魔獣は決して懐かないし、心を開いたりはしませんから」

「それが魔獣たる所以だな」

 大昔から研究されているが、いまだにその生態が分かっていないものも多い。

 ただ、人間と同じだという研究者もいる。

 人にだって悪辣でどうしようもない者がいる。それらと、魔獣は同じだと。

 魔獣側からすれば、人間は敵で餌だ。その性質が悪辣だからといって、間違っているわけではない。彼等にとってはそれが彼等の根源だから。

 それでもシウは人間に産まれて、無駄な殺生はしたくないと思う。

 だから、人の側に立っている。

「さて、ここで長話もなんだから、そろそろ邸内へ入るか」

 話を切り上げて、キリクたちと共に飛竜の獣舎から出た。

 後ろでソールがギャーギャーと鳴いていた。早くルーナと番になればいいのにと思った。


 邸内は質実剛健といった様子で、唯一知る貴族のフェドリック侯爵邸とは全く違っていた。

 まず、飾り物が本当に少ない。

 大きな入口には立派な鎧が飾られていたが、派手なものはこれぐらいだろうか。

 鑑定してみると意外と「見た目」だけの鎧だった。

 ついそういった目で見てしまったのかもしれない。イェルドがこそっと耳元で囁いてくれた。

「断れない筋からの贈り物でして。飾っておかないと、ばれますから仕方ありません」

「キリク様には似合わない鎧ですもんね」

 軽い口調で言うと、イェルドが苦笑していた。

 役立たずの鎧など無駄でしかないのだが、貴族はこういうものにこそお金を掛けるのかもしれない。

 防御能力もなければ魔術式も付与されていない。シウの持つ旋棍警棒で軽く叩いただけでもへこみそうだ。強く叩けばばらばらに弾け飛ぶだろう。

「そういや、お前たちの授業でもくだらない鎧を付けている馬鹿がいたな」

 キリクがせかせか歩きながら振り返りもせずに大声で話す。

 彼の周りには家令やメイド長などが来て、手袋を受け取ったりコートを預かったりしていた。流れ作業のようで面白い。

「勿体無いなとは思うけど、誰にも教わらずに来たのならしようがないです」

「道具屋なら『使えない』と言えそうだがな」

「貴族の指定するものに否定の言葉を口にできる道具屋がいたら、ですね。この国はそれが許されていますか?」

 むっとしたようで、キリクは立ち止まってシウを振り返った。

「……確かに、言えないだろうな」

 だが、と顎を撫でながらシウを見下ろす。

「お前なら言いそうだ」

「言いません。僕は無駄なことはしないし、逃げるが勝ちだと思っているし、好きでもない人のために命は賭けません」

「言いたい放題なのに、俺には」

「キリク様だからです」

 にっこり微笑んで見上げると、キリクは数歩後退った。

 胸に手をあて、よろめくふりをして隣に立つ家令の肩を持つ。

「子供なのにあざとい。なんか、俺の周り、こういうのが多くないか?」

「旦那様が好んでお集めになられているのだとばかり思っておりましたが」

 止めを刺したのは、こちらも親しい仲らしい家令だった。


 案内されたのは主人の執務室から繋がった応接室のようだった。

 客間でも困るが、ここまで深い場所も困る。

 まるで大事な客人扱いだ。しかもフェレスまで一緒に連れてきている。本来ならばフェレスは獣舎に預けなければならないというのに。

「まだ子猫だろ」

 とキリクは許してくれたが、当の本獣は、むっとして尻尾を震わせていた。

 もうおとなだもん! と怒っているようだった。

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