085 防具の話と見返りと




 飲み物を用意すると言われて待っている間に、キリクが授業の話をまた持ち出してきた。

「お前の持つ旋棍、変わっているな」

「目がいいですね」

 ふと思い立って「目」について話を振ってみたのだが、彼は苦笑しただけだった。

「片目だから、いいってことはないな」

 魔眼のことは秘密なのだろうか。貴族大全にはそこまで載っていないので分からない。

 魔法使いは自身のとっておきを持っているので、現代の英雄だとしても知られていないのかもしれなかった。

「防御にはこれが一番いいと言って、爺様が遺してくれました」

「……爺さんに育てられたのか」

 ニュアンスに気付いたようで、もう死んだということは伝わったようだ。申し訳ないといった態度で、目礼された。

 その時にメイド長らしき女性が入ってきて、お茶を供された。

 そしておやつを見て、少し驚いた。

「ご存知ですかしら。最近ロワルで流行っております、ステルラというお店のクルミの入ったパウンドケーキですのよ」

「ああ、はい」

「まあ。やはりご存知なのね。こちらのお店は中央地区にありますから、ひょっとして近いのかしら。本当はパンケーキも美味しいのだけれど、それはお店でしかいただけないの。こうして焼き菓子などを販売してくれるので持ち帰ることができて本当に有り難いわ。わたくしはね、ベリーなどの果実がたくさん入ったタルトがお勧めなんですけれど、男性陣は好みませんのよ。このクルミの入ったカボチャのパウンドケーキは男性でも美味しいそうですわ。他にも面白いものがございましてね、こちらが塩クッキーなの――」

「アンナ」

「あら、まあ、旦那様。失礼しました。さあさ、お食べください。いっぱいありますからね。お腹いっぱい食べてちょうだいね」

「はい。ありがとうございます」

「まあぁぁ、礼儀正しい少年ですわね。キリク様のお客様とは思えないわ!」

「アンナ」

 大柄で人の良さそうなメイド長は、キリクにもおやつの用意をして、それから出て行った。

 部屋の戸が閉まってから、どこからともなく溜息の声が聞こえた。

 キリクだけではなかったので、イェルドにも思うところがあったのだろう。

「あれは、人は良いんだが話が長くてな」

「説教も長いですしね」

「悪いな、シウ。アンナは俺の母親のようなものなんだ。幾つになっても子供扱いされる。さあ、食べてくれ。アンナじゃないが、子供はたくさん食べるもんだ」

 勧められて、親しんだ味のケーキを口にした。


 旋棍の良さは、クラスの誰も分かってくれなかった。教師でさえも。

 だが、キリクには伝わったようで、ケーキを食べながら興奮して話し出した。

「俺の知り合いにも防御にこだわる男がいてな。あらゆるものを使っていた。旋棍も持っていたな」

「武器を扱いなれていましたね、彼は」

 しみじみと懐かしそうにイェルドが言う。それからケーキには手を付けずに塩クッキーを口にした。

「おや。これ、意外と美味しい」

「そうか? どんなだ、どれ」

 人の皿から取ってポリポリと食べている。

「ナッツが入っているのか。甘くないし、塩っけがあって美味いな。酒の肴になりそうだ」

「こっちはチーズが入ってるみたいですね」

「完全に酒のツマミだな。考えた奴は呑兵衛だぞ」

 笑いながらポリポリと摘まんでいた。

「ところで、お前の旋棍は特殊な形をしていたな。あれはどういうものなんだ?」

 聞かれるだろうと思ったので、鞄の中から取り出した。

「警棒を仕込んでます」

 手を出されたので、彼の手に浄化を掛けてから旋棍警棒を渡した。

「持ち手を二ヶ所にして、防御の時はこちらで、警棒を扱う場合はここを持つようにと分けました。振ってください」

「む、こうか」

 ジャキンと音を立てて仕込んでいた警棒が飛び出す。

「おお。こりゃ面白い。で、そうか、戻らないように返しがついているのか」

 矯めつ眇めつ眺めて、ブンと音が鳴るほど振り回した。

「安定してる。重みもあって、ただの棒なのによくしなる」

「ウーツ鋼を使ってます」

「ああ、そうか。折れにくいし、よくしなる良い素材だな。考えたもんだ、この武器には一番合いそうだ」

「はい」

「これ、考えたの爺さんか?」

「旋棍は爺様ですね」

「……警棒はお前?」

「はい」

「……ウーツ鋼なんて高いだろうに」

「それは爺様が持っていたので。爺様はお金はもうあまり残っていなかったけど、面白い素材は結構持っていたので」

「だからって、子供にウーツ鋼か。信じられん爺さんだな」

 呆れたような口調ながらも、目は楽しそうだ。

 その後も何度か振り回す。

 トンファーを使ったことがあるのか、意外と様になっていた。

 ただ、警棒を仕込んでいるので重量の配分が慣れないのだろう、動く際には戸惑いもあった。

 それでもキリクが歴戦の強者だという噂は本物だと思えた。それぐらい動きにキレがあった。

 手慰みで試している武具でこれなのだから、本来の実力を発揮したらもっと凄いのだろう。

「あー、満足した。実はこれも触ってみたかったんだ」

「それが呼ばれた理由ですか」

「いや、勧誘が一番の目当てだったけどな。ただ、あの女子生徒のことで、後ろ盾になるって約束したし、勧誘はおいおいな」

 まだ諦めてはいないのか。

 シウは苦笑しつつ、パウンドケーキを食べ終わった。


 その後、裁判になった時の呼び出しについてや事情聴取では絶対に後見人を付けてから行くことなど、注意事項をイェルドから聞いた。

 キリクは時折呼びに来た部下と話をしたり、部屋を出入りしたりと忙しそうだった。

 彼のいない隙を狙って、シウは直に聞いてみることにした。

「後ろ盾として、見返りが必要ですよね」

 イェルドは苦笑しつつ、頷いた。

「そうでございますねえ。本来は何か面白い魔道具でも作ってもらおうと考えていたようですが」

 長年の付き合いだからか、キリクの意見を聞くまでもなく理解しているということだろうか。イェルドはその場で答えをくれた。

「ご友人でいらしたら、後ろ盾になるのも吝かではございませんでしょう」

「友人!」

「はい。領地の発展には多くの人が必要です。中でも若者に人気がなければならない。その為には、優秀な人材が必要となります。今回の王都滞在も、見込みある若者を勧誘するのが目的でした。手応えはございましたが、これからも大変でしょう。領地経営とは孤独なものです。対等に付き合えるご友人がいらっしゃれば、癒されると思います」

「友人だからって、助けに行ったりしませんよ?」

「むしろ呼びません。まして、対等な友人関係なのですから」

「ご本人に確認しました?」

「大丈夫でしょう。あの顔だと」

「……イェルドさんだって友人でしょうに。あ、親友でしょうか」

「まさか! とんでもない。わたしはあくまでも補佐官であり、幼馴染みではありますがお仕えする立場です」

 アリスに付き従っているマルティナもそうだが、幼い頃から主従関係があるというのは面倒くさそうだ。

 本当は友達という関係なのに、壁を越えられない。

 やはり王侯貴族というのは嫌なものだ。

「とりあえず、首に鈴を付けられたわけじゃない、ってことでいいんですね?」

「もちろんでございます」

「魔道具も作りません。庶民のための安く仕上がるものしか世に出さないと決めているので」

「そういった意図があるのですね。了解しました」

 あっさりと承知されたので、まだ若干疑う気持ちもあったが、走って戻ってきたキリクに、

「良かった、まだいたか! どうだ、今度の休みに我が領へ来ないか! 安心しろ、日帰りは無理だが二日で行き来できる。俺のとっておきだ。転移で行くぞ!」

 で、ぶっ飛んでしまった。

 イェルドが言わせないよう窘めていた秘密兵器が、それだったのだろう。

 キリクは自前で転移門を持っているのだ。しかも自由に使っている。

 となると、空間魔法持ちがいるということだ。

 シウは自然と笑みを浮かべてしまっていた。

「よし! ようやく驚かせたぞ」

 子供のようにはしゃぐキリクを横目に、イェルドが溜息を吐いて肩を竦めていた。

「ね、申し上げたとおりでしたでしょう? あなたはすでにキリク様のご友人でいらっしゃいますよ」

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