086 転移門
貴族は何でも持っているとは思っていたが、辺境伯ともなるとすごいものを自前で持つようだ。
空間魔法の持ち主は強制的に国の管轄下に入ると、本には書いてあったのだが。
「内緒ですよ。取り引きしてもぎ取ったんです」
「なんとなく想像が付きそうで怖いです。でもすごいですね」
素直に驚いていると、キリクが嬉しそうに笑う。そして後から続いて入ってきた人たちを順番に説明していく。
「シリル=ランゲ男爵、第一秘書官だ。その妻のアマンダは礼儀作法などからあらゆる宮廷事情に詳しい。オスカリウス家の歩く典礼事典だ。次にこの二人の息子、デジレだ。秘書見習いをしている」
それぞれが軽く会釈をしていく。
「それからスヴェン、こいつが空間魔法の持ち主だ。建前上、第二秘書官を名乗らせている。で、こっちがサラだ。彼女は俺の護衛のようなものだな。その後ろにいるのがサラの娘でレベッカ、第三秘書官だ。最後にナフ。俺の従者で身の回りの世話をしている。大体こんなものか。俺の周りにいるのは」
「家令のリベルトとメイド長のアンナもです。今後こちらのお屋敷に出入りすることも多くなるでしょうから、お見知りおきください」
「はい。……皆さん、シウ=アクィラと申します。よろしくお願いします」
頭を下げると、好意的な視線を向けられた。
「キリク様のご友人にしては珍しいタイプですね」
「そうか? リベルトは似たようなのを連れてきたと思ったみたいだが」
「あら、そうですか。ふふ」
サラがにこりと笑ってシウを見ている。
ぞわりとしたものを感じて、魔法を掛けられているのだと知った。
そして拒絶したことも分かった。
ひょっとすると、と思って自分自身に鑑定を掛けてみた。
長々と脳内に表示される内容を次々と読み飛ばしていき、あるところで止まった。
無害化魔法というのが増えていた。ギフトのようである。
自身に了解なく掛けられる魔法は全てキャンセルするようになっていた。自動化されているので、もしかすると問題があるかもしれない。鑑定魔法から派生したのだろうか。
そして、サラが表情は変えずに、瞳孔を僅かに揺らめかせてシウを見ていた。
彼女は影身魔法というのを持っていた。本で読んだことがあるのでどんなものかは知っている。シウはこれをストーカー魔法と呼んでいた。
相手の影に潜み、どこまでもついていくのだ。そこで見聞きしたものを調べることができる。
キリクは彼女を護衛だと言ったが、それよりはむしろスパイとして使っているのだろう。
闇属性も持っているので、スパイ向きだと思われる。
同じく娘のレベッカも闇属性がレベル三もある。精神攻撃を受けづらいので秘書にはもってこいだ。
肝心のスヴェンは、空間魔法しか持っていない。ただしレベル四もある。転移門を稼働できるレベルだ。もちろん、個人の転移ならばどこからでも使えるだろう。
キリクは身内にこれでもかと魔法使いを集めているようだった。
一瞬の間にそこまで考えて、それから何食わぬ顔をして、
「転移門をくぐれるのが楽しみです」
にっこり笑ったのだった。
次の日は午前が空いていたので冒険者ギルドで簡単な仕事を受けてから、学校に行った。授業を終えるとすぐさま獣舎に行って調教の個人授業を受けた。
トマスには二日も休んだことを謝ったが、厄介ごとに巻き込まれて大変だったねと慰められた。
オスカリウス辺境伯が後ろ盾になってくれたことを話すと、大層驚いていた。貴族が庶民の後ろ盾につくことも珍しければ、辺境伯がそういったことをするのはかなり珍しいことらしい。
それが終わると、急いで家に戻り、スタン爺さんに出かけることを告げる。
昨日のうちに連絡していたが心配していたので顔を合わせて安心させたかった。
着替えて、ダミー用の荷物も用意し、エミナに挨拶してから家を出る。
貴族街に入る時は緊張したが、以前フェドリック侯爵家からもらった通行証が殊の外威力を発揮した。
ただ、フェドリック侯爵家の裏書きがある通行証で、オスカリウス辺境伯の邸宅に入るのはおかしいよなとは自分でも思った。
入る時にそんなことは申告しなかったけれど。
屋敷に着くと、出迎えてくれたのはデジレだった。秘書見習いはなんでもやらされるようだ。
「こちらです」
少し緊張しているようだった。この春から秘書見習いになったそうなので、もしかすると初めての一人で受ける仕事なのかもしれない。
案内されたのは屋敷とは別棟の簡素な建物だった。
従業員用の建物とは別のようで、どちらかと言えば田舎にあるギルドの建物に似ている。ようするに古くて汚い感じだ。
早足で建物の中に入り、小さな部屋へと進む。先ほどからずっと《探索強化》に何度も妨害がかかっているので、このあたりで諦めて外すことにした。
かなり強い魔術阻害がかけられているようだ。
ところが自動で行う《全方位探索》は弾かれていない。ということは網の目が粗いのだろう。大物魔法や魔力量で弾いているのかもしれなかった。
地下への通路があることは分かっていたが、そのまま知らないフリをしてついていく。
デジレは地下数階分を下りたところで、ようやく振り返った。
「ここから先のことは、ご内密にお願いいたします」
「はい」
「みゃ!」
フェレスも何故だか返事をしていた。
踊り場の先に扉があり、そこへ手を当てて何事か唱えていた。
人を鍵として誓言を用いる承認扉のようだ。確か第一秘書官のシリルが誓言魔法の持ち主だった。面白い使い方をするのだなと興味津々だったが、デジレが待っているので情報を読み取るだけで解析は後回しにした。
中には昨日紹介された人たちがいて、別の入り口からキリクが現れるところだった。
「お、ちょうどだな」
予定時間よりは早かったのだが、デジレが慌てていたのはキリクのせいだと気付いた。彼はせっかちな性分のようだ。
シリルは王都での仕事を受け持っており、妻と共に留まるとかで見送り側だった。
領地に行くのはキリクとイェルドとナフ、サラにレベッカ、デジレと五人と転移門を開けるスヴェンだ。そこに、今回はシウとフェレスが参加する。
部屋は体育館ほどもあった。中央には陸橋のような形のものがある。
それは中央までのゆるくアーチ状となった階段だった。
王立図書館で知った転移門の形は立体的で、それこそ扉の形をしていたものだ。
空想の物語でも、前世で読んだ有名な本の挿絵でも扉だった。
大きさこそ違えども、天国の門のようなイメージでいたので、床に描かれた緻密な円形の魔術式には思わずがっかりしてしまった。
するとスヴェンが拗ねたように小声で愚痴を零した。
「……キリク様、やっぱり三大がっかりなんですよ。だから言ったんだ。もうちょっと派手にしましょうって」
「いいじゃないか、これで。建てたらもっと大変なんだろ? 生産魔法のレベル五を持つ職人を何人だっけ? 必要だって言ってたじゃないか。これなら簡単だし、何より誰かに見られる心配もない」
「ですけどー」
「子供の夢を折るのは大人の特権だぜ」
「意味の分からないことを仰って誤魔化すのはお止め下さい。まったく。さあ、シウ様、中央までどうぞ」
イェルドに手で示されて、アーチ状の階段を進んだ。皆も荷物を持って歩いていく。スヴェンはぶつぶつと呟きながら皆の後を追うように歩いてきた。
送り出す側のシリルたちは外側で待機だ。
そうなると、この大きさからして結構な量を運べそうだなと目算を付けた。
こっそりと魔術式も記録庫へコピーした。
独特の魔術式だなあと思っていたら、キリクが腕を取った。
「初めてだと酔うぞ。掴まっていろよ」
「あ、はい」
素直に言うことを聞いて、フェレスを手元に引っ張った。念のためリードを付けているので大丈夫だろうが、フェレスのことだけが心配だった。
撫でていると、キリクがふと小さく笑ったような気がした。
「では、いきますよー」
「相変わらず緊張感のないやつだな!」
皆が同時に笑った時、転移の瞬間が訪れた。
どこかを潜ったような感覚だった。
不思議で、ちょっと引っかかりの感じる、奇妙な感覚。
誰かに肌を撫でられたようなと言えばいいのだろうか。
他人の転移魔法だからだろうか。
しかも数秒とはいえ時間がかかったような気がした。
ところが、
「相変わらず、あっという間だな!」
到着には時間がかかっていないらしい。
空間魔法の持ち手によっては感覚が違うのだろうか。
フェレスを見ると、こちらはあからさまに不思議そうな顔をしている。そしてシウを見て、にゃ? と首を傾げていた。
ただそれが何なのかまでは分からないようで、歩きはじめると途端に周辺のことが気になり始めたのか、変な感覚のことは忘れたようだ。
知りたいことは山のようにあるな、とシウは内心で算段した。
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