083 後ろ盾




 その場でキリクが昨日の説明をしてくれた。

 ソフィアにはインキュバスが付いており、やはり自ら望んで契約したようだ。

 インキュバスは魔獣というよりは魔人に近く、人の姿を真似て取り入るので「悪魔」とも呼ばれている。

 彼等に魅了された者は悪魔憑きと呼ばれ忌み嫌われる。特に魔法使いが自ら受け入れた場合はより許されないこととして裁判に掛けられることもあるそうだ。

 それほど厳しいのには訳があり、過去に何度か国を揺るがす大事件に発展したことがあるかららしい。

 魔人と呼ばれる存在の中には人と同じ生活を営む者もいるそうだが、大抵は考え方の違いや住む場所の違いで、繋がりがほとんどない。

 ロワイエ大陸に来る者の多くは、戦闘的で大陸を支配しようとする考えの持ち主だそうだ。

 過去に何度かあった魔人との戦いでも、強大な力を持って攻め込んできた彼等のトップは、人間からは魔王と呼ばれていた。

 彼等は自由に魔獣を操れるので脅威だし、戦うことが好きな種族が大多数なので人族からは忌避されている。

 その相手と取引するということは、推して知るべし、だ。

 ソフィアは秘密裡に国の魔法省管轄下に入れられた。尋問などを行うそうだ。

 必然的に、彼女が取引するに至った原因であるところのシウとの確執についても調べられるそうで、一度ぐらいは取り調べに付き合わなくてはならないようだ。


 そこまで聞いてつい溜息を洩らしたら、キリクに苦笑で肩を叩かれた。

「面倒事に巻き込まれちまったな」

「……はい。いえ、でも、助けていただいてありがとうございました」

「押しつけがましいことになったんじゃなければいいけどな」

 肩を竦めて、それから真剣な顔付きになった。

「後ろ盾になるぐらいは、できるぞ。これは押し付けてるわけだが」

 あくどい顔をしようとして、失敗した、そんな顔をしている。

 ふっ、と思わず笑ってしまったら、ばつが悪かったようで頭を掻いて視線を背ける。

「キリク様も形無しでございますね」

「馬鹿言え」

 イェルドが、親しい者だけが許された口調で話を続ける。

「シウ様。ですが、貴族の後ろ盾は必要です。魔法省は、いえ、組織は強いものに靡きます。オベリオ家は大商人ですし、貴族への出資も多いと聞いております。いくらでも逃げ道は作れると、思っているでしょう」

「僕はただ、静かに暮らしたかっただけなんですけどね」

 こうなったら逃げようかな。チラッと甘い勧誘が頭を過ぎる。

 それに気付いたのかどうか。

「シウ、将来俺のところへ来いとか言わんからさ。自由にしていい。だからもうちっと頑張れよ。助けてやるから」

 でもなあと、思案する。

 フェレスの頭を撫でながら、自由に生きる生活を思い浮かべる。王都にこだわる必要があるかな? 友人がいて、人間らしい暮らしをして楽しいのは確かだ。だけど面倒なことも多い。

「お前、悪い顔してるぞ。俺はお前みたいなのをよく知っている。厭世家め。そうやって隠遁して自分だけ気楽に生きるつもりだろうが、そういうのは引きこもりというんだ」

 シウはびっくりしてキリクを見上げた。

「人間はなあ、人と付き合って生きるから、人なんだぞ。一人寂しく森の中で暮らしていたら、人ではなくなるんだ」

「……そう、ですね」

「友達、いるんだろ? 世話になったやつとか、世話をしてるやつとか。好きな女の子はいないのか。いなければ作ればいい。もっと人と関わりを持てよ。お前に鈴を付けたりはしないから」

「紐付きにならなくてもいいってことですか」

「元よりそのつもりだ。俺は、自分から来るやつしか懐には入れん」

 でもじゃあ何故そこまでしてくれるのだと、視線を向けたら。

「……政争に巻き込まれて困った時に助けてもらったことがあるんだ。その時に、礼は要らないけど、同じような目に遭ってる奴がいたら今度はお前が助けろと、言われたんだ」

 もしかして、と思った。

「厭世家の人?」

「……そうだ」

 気恥ずかしそうに、ふんとそっぽを向く。

 子供のような人だった。

 そして嘘はついていないようだった。

 万が一、嘘をつかれていても、シウには逃げる手段がある。

「では、後ろ盾になってください。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げたら、よしよしと満足そうに頭を撫でられた。

 気恥ずかしさを隠すためにか、少し乱暴な仕草だった。


 そうは言っても相手は貴族なので、シウはそもそもの勧誘について話を振ってみた。

「どうして僕に声を掛けてきたんですか」

「そりゃあ、面白い子がいるって話を聞いたからだ。シトロエなんて絶賛してたしな」

「絶賛ですか? でも僕はシトロエさんとは一度しかお会いしてなかったかと」

「一度だろうと何回会おうと、最初の印象は変わんねえよ。シトロエは特に人を視る目はある」

 鑑定魔法のレベル四あるから、という意味ではなさそうだった。

 シトロエは王都でも指折りの魔道具を扱う商人であり、スタン爺さんと共に高い鑑定魔法能力を持っていた。

「特許料があまりに安いが条件もついている。それが、利益率を三割以内にしろだなんて、聞いたこともない話だと言うじゃないか。経費で三割、人件費で三割。残り一割が商人ギルドと特許申請者の折半なんて配分、有り得ない。考えた奴はどんなだろうと思ったよ。シトロエも面白がっていた」

 最初に材料費などの経費を決めて、そこから人件費を割り出し、残りを利益としてもらった。利益から一部を差し引いて、三:三:三:一という形に落ち着いたのだ。

「結果、どうしたって高くなりようもない魔道具となったわけだ。あれはすごい」

「元々の発想が、節約して使う、ですから」

「魔術式の簡略化ってのも面白かった。それを還元しようとする考え方もな。普通なら、その分儲かるって話になる。で、ギルド長も、通信魔法の魔道具もシウが考えたものだと言うから」

「え?」

「あ、本人隠してるから内緒って言われてたんだっけ。すまんすまん」

 サニウがたまに意味深な目でシウを見ていたのはそういうことだったのか。

 結局キアヒがバラしたのか、お互いに「分かっていて目を瞑った」のか。

「他にも新しい手法を教えられたり、面白いことを考える奴がいるからと言うんで、会ってみたいと思ったわけだ。それがまさかこんなチビだとは思わなかったが」

「チビは余計です」

「でも、とても魔法学校の生徒とは思えないぐらいだぜ。本当に十二歳か?」

 シウは肩を竦めた。

 小さいとは言われ過ぎていてもう慣れた。

 キリクは苦笑しながら、飛竜の獣舎に入って行った。

「孤児だって聞いたんだが、苦労したのか? 食い物に困っていたとか」

「どうしてですか?」

 意味が分からずに首を傾げていると、イェルドが教えてくれた。

「幼いうちに満足に食べられないと成長期にも影響があるのです」

 ああ、そういう意味か。

 シウは少し冷めた目をしてキリクを見上げた。

「体質です。僕はかなりの大食いですので、ご安心を」

「あ、そう。って、睨むなよ! 悪かった。いや、気になったんだ」

「この国にだって孤児はいるでしょうに。孤児ひとりひとりを気にしてるんですか?」

「……冷静な奴だな。お前本当に十二歳か?」

 今度は逆の意味で問うたようだ。

「十二歳です。産まれた時からお腹いっぱい食べさせてもらいました。山育ちなので自給自足でしたけど」

「山育ちか」

「岩猪に飛兎に火鶏、三目熊も自分で狩って捌いてました。肉は食べ放題です。鱒に岩魚も釣れたし、野草は採り放題。野菜も育ててましたよ。メープルだって村に売るほど採取できたし、山桃、苔桃、蔓苺、桜桃に通草と、森にある果物はジャムにしたり乾果にしたりで一年中食べてました。小麦ぐらいかな、買っていたのは」

「……もしかしてかなり贅沢な生活?」

「王都に来て、学校の友人にも言われました。山育ちなのに貴族よりも贅沢だったんじゃないかって」

 呆れた顔をしているので、話はそこまでにした。

 それに到着していた。

 キリクが足を止めて、見上げる。

 そこにはルーナよりもふた回りほど大きい飛竜が鼻息荒く立っていた。


 ルーナの番にしようと調教中らしい雄の飛竜は、ソールと名付けたそうだが一向に懐かないのだという。

 今も傍に幾人かの調教師や魔法使いが見張りとして付いているそうだ。

「ルーナは卵を温めるところから始めたし、可愛がって育てたから、好き嫌いはあっても人間に危害を加えたりはしないんだが」

 こいつはなあ、と溜息を吐いてソールを見上げている。

「山で狩ったからな。獰猛すぎて困ってるんだ」

「……何故、僕に?」

「いや、少年ってのは竜が好きだろ?」

「別に好きとか嫌いってないです。食べていいなら食べますが」

「……お前、目の前にいるのに、そういうこと言うなよな」

 竜人族のガルエラドのことを思い出した。彼は、竜人族とワイバーンを一緒にするなと言っていた。そして彼等の話す言葉はギャーギャーうるさいのだと。

 思い出してつい笑ってしまった。

 そして、笑顔のままで、ソールを見つめた。瞳をジッと見つめる。ガルエラドに教えてもらった通りの方法で。

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