304 改良に次ぐ改良と情報交換
シウ自身が飛び降りて試す実験は、上手くいかなかった。
フェレスが慌てて助けに来るからだ。
来てはいけないと命じてもダメだった。
とにかく、あまりに必死になって飛んできて、体当たりするように咥えたり、風属性魔法を使ってくるので、お互いに疲れてしまった。
「有り難いんだけどね……」
フェレスからすれば、何をやってるんだ! ということらしく、にゃーにゃー鳴いて怒られてしまった。
仕方なく、やる気はなかったがまた魔獣を探して、今度は生きているのを捕えて使ってみた。
自分がものすごく非道な、マッドサイエンティストになったようで気分が悪かった。
実験に利用した岩猪もカニスアウレスもルプスも、どれも助かりはしたものの、その場で一撃で殺した。
嫌な実験だった。
アラーム音が鳴ってから解除する実験でも、問題はなかった。
ただ、さすがに音がずっと鳴っているのもおかしく、一定時間で止めるようにした。でないと高高度から落ちている最中に万が一魔道具の魔力が切れたら怖いからだ。
こうしたことをけちりたくないが、魔核にだって限りはあるのだし、極力最低限で使いたい。
本来の意図は凡ミスを防ぐためのものだから、十秒もあればいいだろう。
気になるのは結界が衝撃を感じてから衝撃吸収材を出すまでの間が、高高度になればなるほど早めなくてはならないことだ。
射出時間はこれ以上早められないので、結界を広げて対応することになる。しかし、今度は逆に高度が低いとその差が開くので、タイミングが悪い。どうかするとぼよんぼよんと跳ねそうだ。
速度計を付けるべきか、思案する。
あるいは一定の速度に達したら結界を広げるか、だ。
高高度用と通常用に分けてもいいのだが、極力種類は増やしたくない。
どちらも利用する人だっているだろう。
やはり一定の速度、という術式を足すべきだと思った。
その場で、土属性を使った四阿を作り、空間壁で囲う。中を火属性魔法で温めると、術式の変更を行って、書き込みをやり直す。
それらをまた幾つも作って、実験をやり直した。
昼ご飯を即席の四阿で食べ終わると、午後も実験三昧となった。
ついでに冒険者仕様の飛行板も試運転した。
最初は自分に乗らないシウに対して、フェレスがいろいろ文句を言っていたが、
「競争しよう」
と持ちかけたら単純に喜んだ。
スピードを上げるために、羽が飛び出る仕組みも作っており、フェレスとは良い勝負になった。
その代わり、こちらは推進用の風属性魔法も魔道具側で行う。そのため、燃料としての魔核があっという間に使えなくなった。
小さな物だと一日持たない。
かなり高い商品なのに、燃料まで高いなんて、誰も買わないような気がしてきた。
燃費について、もう少し考える必要があると、反省だ。
夕方より前に王都へ戻り、冒険者ギルドでゴブリンの群れについて報告してから、屋敷へと戻る。戻ってからも術式の改変を行った。
まずは、基本の動力部分とは別に、推進用の部分を燃料として魔核をセットする形にする。
これだと、風属性持ちの冒険者でスピードが欲しい人はこちらを購入し、かつ魔核は保険として置いておくことができる。
風属性持ちでなければ、魔核を燃料に飛ぶことが可能だ。
更に完全に、浮遊と推進を分けた。
風を読んでもらうことになるが、自然の力も利用すると、かなりの魔力の節約ができる。一番小さい魔核で、二日持つかどうかといったところだろうか。
実験したいが、晩ご飯近くになったので、中止した。
この日はちゃんと賄い室でリュカたちと一緒に晩ご飯を食べた。
リュカをお風呂にも入れてあげ、寝るまでベッドで付き添いもした。
リュカが寝るのを確認すると、遊戯室へ行ってルフィノたちにゴブリンのことなどを報告する。冒険者ギルドで仕入れた情報も伝えた。
ルフィノたちからも貴族の情報を聞いた。
休みの日に他所の護衛たちと情報を交換し合うこともあるそうで、意外と役に立っているとか。
「もしかして、宮廷魔術師について知ってたりします?」
「それそれ、聞いて来たよ」
モイセスが身を乗り出して教えてくれた。
「今、シアーナ街道の前線基地に乗り出しているのがチコ=フェルマー伯爵で、第二級宮廷魔術師だそうだ。炎撃を使うそうだが、高いプライドの持ち主らしい」
「えー、そうなんだ」
「この間、シウ君が荷運びに行って嫌な思いをしたって言ってたろう? 調べてみたんだよ。結構、有名らしくてあちこちから悪評をもらってきた」
「護衛仲間の誰もが知ってるってことは、よっぽどなんだ」
今週末も行くかもしれないので、教えてもらうと助かる。嫌だなあと思いつつ、モイセスの話を聞いた。
「次にシルヴァーノ=カマルク男爵だが、こちらは第三級宮廷魔術師で雷撃スキルを持っているそうだ。級数が低いのは貴族位のせいだって話だ。チコの手下とも呼ばれているらしく、今回も連れ出されたらしい」
「攻撃能力の持ち主ばかりなんだ……」
「後から、ルドヴィコ=クレーデル子爵が行ったらしいよ。こちらは第二級で、岩石魔法の確かレベル五持ちだとか。たぶん、整備の方だろうね」
「へえ、レベル五なんてすごいね」
「街道を復旧させるのが、一番最初の目的でもあるんだからそれぐらい出してもらわないとなあ」
「いつになったら復旧するのかな、ほんと」
「シアンとの条約もあるから、速やかに復旧させて荷を運ばないとならないのにね」
「条約?」
「そうだよ。あそこは冬は雪と氷に閉ざされるから、食糧は輸入に頼っているんだ。だから死活問題だと思うよ。その代わり魔石の鉱山を数多く所有しているから、輸出しているね。ラトリシアは魔法国家とも呼ばれていて魔道具がどこよりも多いから、魔核や魔石はどうしても他国より需要があるそうだ」
「あ、それは聞きました。市場で魔核を売ろうとしたらあちこちから声を掛けられましたし」
「君なら大量に仕入れられるだろうしね」
ウインクされた。
先ほど、ゴブリンの群れを見付けたと報告したので、その流れで言っているのだ。
「確かに、ゴブリンみたいな小さいのでも買い取ってくれるね」
「冒険者にとっては良い国なのかな」
それはどうだろう、と思って首を傾げた。
「騎獣は持てないし、厳しい冬の狩りは辛いし、その分の経費もかかりそう。痛し痒しだよ」
「そうか。冒険者が言うんだから、そうなんだろうな」
「それにしても、シウ君は本当に子供なんだか。経費だとか君の口から聞くと、年齢を疑ってしまうよ」
話を聞いていたルフィノが笑った。
そこに珍しくカスパルが会話に交ざってきた。
「背伸びした子供って感じじゃないから、余計にね。でもシウは、結構子供っぽいところがあるよ」
「そうなんですか?」
「そうだとも。なにしろ、偉い人を相手にしても全く動じない。それって子供ならではの鈍感さも原因だと思うね。大体、ファビアンに対して変態と言ってのけるんだよ。あれはすごい」
「……もしかして遠まわしに怒ってます?」
「あはは、まさか。僕はそういう嫌味なことはしないよ」
まあ、そうだろうとは思ったが。
カスパルは飄々としているが、叱る時はちゃんと叱ってくれる。
腹に一物というタイプではないので、そのへんは安心なのだ。
「僕もファビアンは変態だと思うし、そんなことで怒ったりはしないよ。君も多少は場を読んでいるものね。言ってはいけない相手には、ちゃんと警戒しているからすごいなと思うよ。僕らでも難しい対応を、自然とやれているのは持って生まれた資質なのかな」
「どうかなあ。この間も商人ギルドの特許係の女性に叱られたところだし」
「そうなの? 何やらかしたんだい」
笑うので、シウがシェイラに言ったことを教えた。
聞いていたダンやルフィノたちも、苦笑いだ。
カスパルはやや呆れたように笑った。
「そりゃあ、叱られるなあ。女性を相手に、便秘に良いって説明したの? すごいなあ」
「そんな話を聞くと、子供だなあと思いますね」
「うん、そうだね」
皆に納得されてしまった。
「……女性って難しいです。ヒルデガルド先輩の扱いも大変だったけど、この学校にもいろいろ気を遣う人がいて」
「へえ、誰だい?」
「複数属性術式開発のクラスだと、アロンドラ=ファルンヴァリさんとか。いつも本を侍女に抱えさせて、突っかかって? くるし。誰かしらが間に入って守ってくれるんだけど」
ぼやいたら、皆が微笑ましそうに笑った。
意味が分からないまま、他にも気になる人のことを話した。
「クラリーサ=ヴァーデンフェさんは貴族の出なのに剣を使っててね。戦術戦士科で柔軟体操を取り入れてもらったんだけど、女性にはさせられないからと外されてる。そういうのも気を遣うかな。女性の側も大変だろうと思うけど、男性の側も気を回さないとダメだからちょっと大変」
それを聞いてカスパルは「それが紳士になるための条件なのだから」と言った。貴族でなくとも紳士であれ、とシウはカスパルから諭されたわけだ。はあい、と答えたら、皆に笑われてしまった。今のところここにいる人間で紳士はいないのだと、そう教えられて。
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